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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第一幕『いばらの王』編
4/24

004.ありがとう~

 無理やり引きずられてきた暁は、これまた無理やり装甲車の中に突っ込まれた。


「キャンディさん? 今回はランブランさんでは……」

「大丈夫、許可はもう取ってあるわ」

「許可って、んぐぅ」


 喋ろうとした暁の口を、リコは無理やり手でふさいだ。暁はほんの少しの間、彼女の手の柔らかさを堪能する。


「出発して」

「了解しました」


 装甲車は走り出した。もう後戻りはできない。


「おいおい」

「黙って」


 口元に人差し指をあてて、「静かにしろ」というジェスチャーをした。


「場所はどこ?」

「横須賀新港辺りになります」

「すぐね」


 助手席の防衛隊員とリコが短く会話する。運転席の隊員が何やらボタンを押すと、自動音声が流れはじめた。『緊急車両が通ります。道を開けてください』。まるで救急車の中だなと暁は思った。もっとも、彼は救急車に乗せられた経験などなかったが。


「許可なんて取ってるのか?」


 暁は小声でリコに話しかける。


「取ってるわけないでしょ」


 案の定な答えが返ってきた。自分の部屋から一直線に装甲車まで走ってきたのだから、許可を取る時間なんて当然ない。


「後で何か言われるんじゃないか?」

「言わせておけばいいのよ。あいつらだって相談もせずに同居人決めるんだから。当てつけよ当てつけ」

「まあ、それは……」


 暁の利益を無視して考えれば、年頃の女の子の部屋に本人に相談もなしに男を住まわせるのはいくら何でもひどすぎる。たとえ相応の理由があったとしても。


「魔甲虫一匹くらいだもの。さっと倒してさっと帰るわよ」

「時間の問題じゃあない気がするけどな」


 数分で装甲車は止まり、2人は外に出た。目の前には大海原と大きな島。その島の左側から、何か黒いものが迫ってきている。魔甲虫だ。


「上陸まであと10分ほどです」

「わかったわ。暁、あんたはちゃんとフリークスと魔甲虫の戦いがどんなものか観察しときなさい」

「ああ」


 リコは余裕を持って海岸線に向かって歩いていく。暁と数名の防衛隊員もそれに続いた。黒い点だった魔甲虫の姿が、しだいにはっきりとしてくる。その姿は、暁が目覚めたときに見たものと同じだった。


「記録、開始します」


 リコの隣の防衛隊員がそう言ってカメラを構えた。どうやら魔甲虫を倒すところは映像記録として残しておく規則らしい。


「さてと」


 魔甲虫がそろそろ上陸しようかというタイミングで、リコがつぶやく。右手を広げ、胸の近くにあげると、その指からボッと炎が迸る。そして、そのまま魔甲虫に向かって振りかぶった。


 ギィーーーーーー!


 決着、と言って良かったのだろうか。リコの手から放たれた炎が直撃した魔甲虫は全身火だるまになり断末魔を上げていた。暁にはそれが戦いではなく、単なる駆除作業に見えた。消し炭になった魔甲虫にカメラを持った防衛隊員が近づき、その死体をしっかりと撮影している。


「はい終わり。さっさと帰ろ」

「……なんだか戦いというより、害虫駆除みたいだな」

「まあ近いかも。遠距離で攻撃できる能力持ってたらあっという間よ。魔甲虫は飛ぶこともないし飛び道具も持ってない。おまけに真っ直ぐ進むことしかしないノータリンだもの。まあ、ときどき方向転換するらしいけど、それくらいね」

「その程度のヤツなのか……」

「その程度でも」


 リコは少し真面目な声色で、諭すように言った。


「フリークスがいなければあの一匹でこのコミューンは滅びるのよ……ってセシルが言ってた」


 魔甲虫はもはやピクリとも動いておらず、白い煙を上げている。目の前の生命体が一度人類を絶滅寸前にまで追い詰めたという事実を、暁はなかなか腹に落とし込むことができずにいた。


「あんたが戦うことになるかどうかは分かんないけど、普通の人間にはどうしようもできない敵だってことは理解しときなさいよね」

「わかったよ」


 まだ実感が湧かないまま、暁は装甲車に乗りこんだ。これから防衛隊本拠地に帰ることになる……のだが、車はしばらく動いた後、ピタリと止まってしまった。


「なに? どうしたの」

「道がふさがれています。市民団体の抗議活動のようで……迂回するルートで戻ります」

「ま~~~たあいつらなの!」

「俺も行こう」


 リコがいきなり車から飛び出し、おもしろそうだったので暁もそれを追う。そこには市民団体と思わしき人たちが巨大な横断幕を使って道を塞いでいる姿があった。

『魔甲虫なんて存在しない! 四十六室のウソを許すな!』

 横断幕にはそう書かれていた。


「これは……」

「そんな妄想しながら道塞いでるヒマがあったら仕事に戻りなさい!」


 市民団体はリコの罵声など気にも留めず、『魔甲虫なんて存在しない』『存在しない』『四十六室のウソを許すな』『ウソを許すな』と繰り返しスピーカーを使って叫ぶだけだった。


「あんたらも私たちが守ってあげてるのに、よくそんな態度取れるわね!」


 リコのその言葉に、スピーカーからの声に交じって「ふざけんな」「頼んでねーぞ」と返ってきた。いよいよ堪忍袋の緒が切れたか、リコが団体のほうにずんずんと進んでいく。その時、暁は視界の隅に人の影を捉えた。手を振りかぶって、リコに向かって何かを投げようとしている人の影を。


「あぶない!」


 暁はリコを庇うように前に出た。目の前が一瞬真っ暗になるほどの衝撃が頭に走る。頭部に石が直撃したのだ。手で押さえた部分がだんだんと湿ってくる。その感覚が、暁の怒髪天を衝いた。


「Fuuuuuuuuuuck! おいおいおいおいおい、お前たちの正気度を少しでも信じているから問いかけるが、まさかこんな可愛い女の子に向かって石を投げたのかお前たちは? 俺の時代なら市中引き回しの上打ち首獄門だぞ! なぜこんなことができる? バカだからか? よし、俺に向かって宣言していいぞ。私たちはバカですってな。……『私たちはバカです』と言えっ!」


 暁の顔は赤を超えて赤黒くなり、今にも血管がはちきれそうに見えた。相手に向けられたその罵声の音量は市民団体が発していたそれを遥かに超えており、いつもの光景と思って無視していた他の市民たちすら立ち止まって様子をうかがっている。突然目の前に現れた上に常軌を逸したキレ方をしている男を前に、さしもの団体もうろたえた。そんな双方を無視して、リコは暁を抱きかかえて装甲車まで一直線に舞い戻る。


「すぐ出して! 頭を怪我してる」

「はい!」


 装甲車はすぐさま迂回ルートに入る。


「……まだあのカス連中から『バカです宣言』を聞いてないんだが」

「どうでもいいでしょそんなの。それより頭大丈夫?」

「ああ、ちょっと血が出てるっぽいが、問題ない」

「頭のダメージをあんまり舐めちゃだめ。戻ったらすぐ病院棟に行くわよ」

「分かったよ」


 道すがら、暁は疑問に思ったことをリコに確認してみた。


「あの団体は一体何なんだ? 魔甲虫は存在しないとか言ってたが……」

「妄想よ。フリークスが現れてから一般人が魔甲虫を見る機会や被害が出る事態なんてほとんどなくなったから、実際には魔甲虫なんていないって言う奴らが出てきたのよ。自分たちには苦しい生活を強いて、四十六室なんかの支配層は潤沢な食料を確保してるんだ、とかね」

「そういうことか」

「ちゃんと仕事をしてるってのも、考えものよね」


 安全を守る仕事は、それが当たり前になると軽視されはじめるものである。それはどうやら100年経っても変わらないらしい。だが、今はそんな人類に対する嘆きよりも重要なことがある。暁は、リコに対して言わなければいけないことを思い出した。何しろ彼は、あの市民団体とは違うのだから。


「リコ」

「なに?」

「俺が目覚めたとき、助けてくれてありがとう」


 リコはきょとんとして暁の顔を見た後、暁がはじめて見る優しい微笑みを浮かべて、こう言った。


「どういたしまして」


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