068.君は僕に似ている
「……行ったのよね?」
「風早さんの言葉を信じれば、そのはずです」
「ていうか、暁ってどうやって戻ってくるんだろう?」
ロジェの純粋な疑問に、リコとセシルは顔を見合わせた。
「こうやってさ」
「うわっ!?」
突然窓の外から姿を現した暁に3人は車のライトに驚いた狸のように硬直した。その様子を見て、『ドッキリ大成功』のパネルを用意しておくべきだったかと暁は内省した。
「あんた、一体どうやって……」
「単純さ。過去の俺が過去に向かうまで身を潜めて待ってただけだ」
「ややこしいわね」
ひととおり皆の反応を楽しんだあと、暁はそのまま窓から部屋の中に入り込んだ。そして、セシルに一枚の手紙とカード記憶媒体を渡した。
「もしかしてこれは……」
「ああ、ノアンちゃんが受け取ったっていう手紙だ。それから防衛隊の女がノアンちゃんのバッグから手紙を盗むところとその正体まで記録している映像。女の正体は見てからのお楽しみだ。彼女はベティちゃんがつれていってしまったが、これだけ証拠があれば十分だろう」
「ベティさんが……? とりあえずこの手紙と映像は鑑定に回します」
セシルはそういうと、足早に部屋を出ていった。それを合図に、今回の集まりはお開きになり、ロジェ、エーコも部屋を後にする。最後まで残っていたのはリコだけだった。
「ありがとね。ノアンのためにいろいろやってくれて」
「それは少し違う。ノアンちゃんのためじゃなく、リコのためさ」
「……まあ、どっちでもいいけど」
「昨日の君と話してきたよ。やっぱり俺が君との会話を忘れるはずがない。あれは俺にとっては未来の出来事だったんだ」
「そうみたいね。なんか悪いわね。勝手に怒ったりして……」
「いいさ。君の怒りはごもっともだったしね」
リコは改めて暁に礼を言うと、部屋を出ていった。しばらくして、手紙からかつて大きなテロ事件を起こした反フリークス団体員の指紋が見つかった。暁が撮影した映像記録もあり、ノアンへのスパイ容疑は晴れることになる。
「お姉ちゃん!」
「ノアン、よかった」
翌日、ノアンは単独室から解放された。防衛隊本部の一角でノアンがリコに抱き着いた。その姿を見て暁は心の中でうんうんと頷いていた。可愛い女の子が抱き合っている。なんと素晴らしいことか。いとをかし。
「ありがとうお姉ちゃん。私のために……」
「お礼ならこいつに言って。あんたのために体張って頑張ったんだから」
「え、あ。あの、ありがとうございました!」
「いや、気にする必要はないさ」
深々とお辞儀していたノアンは、顔を上げると暁の顔をじっと見つめてきた。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なに?」
「お姉ちゃんと暁さんって付き合ってるの?」
「Wow! ノアンちゃんもこう言っていることだし、そろそろ付き合ってみたほうがいいんじゃないか俺たち」
勝手なことをのたまう暁の顔面に、リコの優しい裏拳がヒットする。
「付き合ってないわよ。こいつはただの同僚」
「そうなんだ……」
ノアンはじっとリコの顔を見つめる。
「お姉ちゃん。今から少しお話しできる?」
「……もちろん!」
姉妹は揃って歩きはじめた。暁はその姿をただ眺めるだけだ。暁くらいのいい男になるといつ愛する人と一緒にいるべきか、いつ別々にいるべきかが自然と分かってしまう。風早暁はクールに去った。
そんな暁のことなどつゆ知らず、リコの部屋へ通されたノアンは早速話したかったことを切り出した。
「お姉ちゃんってさ、変わったよね」
「え? 私が?」
リコ本人にはノアンが何を言っているのかさっぱり分からなかった。ノアンが知っている自分も、今の自分も大して変わりない……そう認識していた。
「うん。変わったよ。カレーフェスで会った時びっくりしちゃった。その……ぜんぜん怖くなかったから」
「……やっぱり、私のこと怖かった?」
「そりゃ、怖かったよ……」
ノアンはリコの言葉をあっさりと肯定し、昔を思い出すように遠くを眺める。
「お姉ちゃん。8年前のこと、覚えてる?」
「……8年前? 7年前じゃなくて?」
「7年前? あ、あー。それも確かにそうなんだけど、8年前私が公園で遊んでたときのこと」
「……?」
リコはノアンの言う8年前のことについてさっぱり覚えていなかった。7年前魔甲虫を葬った出来事のほうが鮮烈に記憶に残っていて、それ以前のことが割とあいまいだったのだ。
「私が公園で遊んでたとき、男の子がふざけて私のスカートめくってきたの。それが嫌で私泣いちゃって」
そのエピソードを聞いても、リコはさっぱり当時のことを思い出せなかった。
「そしたらお姉ちゃんが来て、その男の子を殴ったの」
「ふーん。まあ自業自得じゃない?」
「限度ってものがあるよ! 首が変な方向に曲がってて死んじゃったかと思ったよ」
「え」
ノアンの口から語られる過去の自分の凶行を聞いても、リコはやっぱり思い出せない。
「一命はとりとめたけど、その後病院で相手の子の父親にお母さんとお父さんが責められて……」
「ま、まあそうなるわよね」
「そしたら、お姉ちゃんがその父親のほうに歩いていって」
「ちょっと待って、まさか」
「そのまさか。すごいボディブローだったよ。多分腎臓破裂した音聞くのはあれが最初で最後だと思う」
「……なんかちょっとずつ思い出してきたかも」
おぼろげながらリコの脳裏に悶絶する男の姿が浮かんできた。ついでに妹の悲鳴も。
「その事件があった後学校で」
「うわ。まだあるんだ」
「うん。まだあるよ。そのことで私いじめられちゃって、それをお姉ちゃんが聞きつけて……」
「あんまり先を聞きたくないわね」
「いまだに横須賀の学校中で語り草になってるよ血の八月の恐怖って。引っ越しした先の学校でも先生や先輩に敬語使われちゃうし……」
「え、引っ越ししたの?」
「うん。お姉ちゃんが防衛隊に行ってからすぐ、追浜に」
「そうだったんだ……でもノアンの話聞いてもはっきりと思い出せないわね……」
「あれ忘れられるなんてやっぱりすごいよお姉ちゃん」
「けなしてる……?」
「褒めてる!」
リコは少し遠くを見つめてノアンに語りかけた。
「それにしても、そんなことやってたらそりゃ怖がられるわよね」
「怖かったけど……お姉ちゃんが私のクラスに乗り込んできていじめっ子やっつけたときは『ざまあみろ!』って思ったよ。今思うと最低だけどさ」
「子供なんてそんなもんでしょ」
「えー、たぶん私は今でも同じこと起きたら『ざまあみろ!』って思うよ」
「まあ、私もノアンいじめるやつがいたら今でもぶん殴ると思うけど……」
2人は顔を見合わせて、それから笑った。
「私たち、最低だね」
「うん。双子だもん」
「私はあんまりお姉ちゃんと双子だって意識したことないなぁ」
「え?」
「見た目は確かに瓜二つかもしれないけど、それ以外は全然違うよ。昔も今も」
「どっちの私が好き?」
「今!」
ノアンの回答には一切の躊躇いがない。その様子にリコは少し笑ってしまった。
「昔のお姉ちゃん怖いけど、今のお姉ちゃん怖くないから! もしかしてあの暁って人と付き合いはじめて変わったのかなって思ったけど、なんか違うみたいだね」
「暁に性格変えられるほど浅い人生歩んでないわよ」
「あはは!」
7年の時間で空いてしまった2人の距離はすぐに縮んでいった。結局その日、ノアンはリコの部屋に泊まり話したいことをたくさん話してぐっすりと眠った。
翌朝ノアンと別れるとき、リコはちっとも寂しさを感じなかった。もう、いつでも家族に会いに行けるのだから。




