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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第九幕『SPY×FAMILY』編
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067.SURE PROMISE

 リコはふてくされていた。

 ノアンが捕まったと聞いて霧羽のところに乗り込もうとしたが、取り込み中と言われて追い返され、ノアンの様子を見ようとしたら取り調べ中で追い返されたからだ。


 リコはノアンがスパイ行為に加担などしないと根拠もなく信じていた。とはいえ、彼女がノアンに会ったのは7年前、まだ7歳の時だ。その7年で大きく人が変わってしまうこともあるだろう。


 だが、リコはそれはないと確信していた。7年ぶりに実際に会うことができたからだ。数分だけだったが、ノアンが7年前と変わらず、可愛くて優しい自分の妹なのだと確信した。


 7年前を思い出すと色々な感情が逆巻いて寝付けなかったリコは、寮棟の中庭のベンチに座り星を見ていた。そこに近づく男が1人。


「……何よ」

「ノアンちゃんのこと聞いたよ。君のことが気になってね。隣、いいか?」


 リコは返事をしなかったが、暁が座れるように端に移動した。


「明日、もう一度霧羽さんのところに行って直談判してやるわ」

「そりゃいい。俺もお供しよう」

「別にあんたは来なくていいけど……」

「リコは、ノアンちゃんのことを信じているんだな」

「そりゃそうよ。私の妹だもん」

「仲はよさそうに見えるが、なんで7年間も会ってなかったんだ?」

「……」


 リコは「なんであんたにそんなこと教えなきゃいけないのよ」と言うために口を開いたが、途中で考えを改めた。暁に7年前に起こったことをしゃべりはじめる。


「私の家、観音崎の辺りにあるのよ。横須賀コミューンの端っこね」


 リコはその日のことを思い出す。


「7年前、あの日は嵐だった。確か台風が来てたんだったかな……とにかく視界が悪くて、土砂崩れとかも起こってたのよ。魔甲虫の検知システムは画像解析でやってるからその時は内陸に入り込まれるまで警報が鳴らなかった」

「まさか……」

「そう。街に魔甲虫が現れた。そんで、よりにもよって私の家の壁ぶち壊して侵入してきたのよ」


 リコは次の言葉を少しためらい、少しばつの悪そうな顔をした。


「その時の私は魔甲虫は見たことなかったけど、どんな生き物かは知ってた。だからそいつをそのままにしておくと家族が危ないって思ったの。だから、あんまり覚えてないけど必死だったんだと思う」


 その衝撃的な事件は新聞にも載ったという。当時フリークスではないと思われていた1人の少女が魔甲虫と真っ向から戦い勝利したのだから当然だろう。リコはその時自らをフリークスだと思っていないために炎も精霊(エレメンタル)魔装(ヴァッフェ)も使えなかった。いや、使えたかもしれないが使える認識がなかった。ゆえにその戦闘は徒手空拳で行われた。


 純粋な拳の殴打による魔甲虫の関節肢圧壊。厚さ3ミリメートルほどに潰された頭部。蹴りによって体内から爆発したように吹き飛んだ胴体。その魔甲虫は暴力の限りを尽くされ絶命していたという。


「気づいたら魔甲虫は動かなくなってた。倒すのに夢中になりすぎて家族が無事か確認してないことに気づいて慌てて振り向いたの」


 リコは遠い過去を見つめる。


「そこにはガタガタ震えて化け物を見るような視線を私に向けた家族がいた。その騒動の後にすぐフリークスとして防衛隊に引き取られたから、両親にもノアンにも会ってなかった。今日までね」


 リコは寂しそうな笑みを暁に向けた。


「だから嬉しかったの。ノアンが会いに来てくれて……もしかするとやり直せるかもって思ってね。それどころじゃないことになっちゃったけど」

「そういうことか」

「なんで双子なのに私はフリークスでノアンはそうじゃないんだろう。両方ともフリークスか、普通の人間だったら良かったのに。そしたら、今でも一緒にいられたのかも」

「対称性の破れだな」


 暁がつぶやいた言葉に、リコはジトッとした目を向けた。


「もしかしてまた物理学の話?」

「もしかしなくても物理学の話さ」


 はあ、とリコはため息をついて、しかし暁の話を遮ることはしなかった。


「どうぞ、続けて」

「お言葉に甘えて。対称性というのはある種の変換を行っても性質が変わらないことさ。たとえば十字架は鏡映しにしても姿が変わらない。つまり、鏡像対称性を持っている。対して卍は鏡像対称性は持っていない。だが、90度回転させた場合に姿は変わらないので回転対称性を持っていると言える」

「線対称や点対称の対称ってこと?」

「そう。その通り。前にも話したが、高いエネルギー状態では物質のもとになる陽子や中性子が生まれる。そしてこの時、その反粒子も生み出される」

「反粒子?」

「電荷などが反対の粒子さ。陽子はプラスの電荷をもっているが、その反粒子の反陽子はマイナスの電荷を持っている。プラスとマイナス、両方とも一緒に生成されて、結果イーブンってことさ」

「ふーん。その反陽子ってのも体を構成してんの?」

「いいや、反陽子は宇宙のはじまりの時にほとんど陽子と衝突して消えてしまったんだ。今では宇宙線の中や実験の中でしか観測はできない」

「そうなんだ……でも、それっておかしくない?」

「ああ、本来対で生成される陽子と反陽子がなぜか今の宇宙には片方しかない。対称性が破れていたんだ。理由は分からない。だが、対称性が破れていなければ太陽も、地球も、生命も生まれはしなかった」

「……」

「一卵性双生児は1つの受精卵が分裂して生まれる。だから、DNAもまったく一緒だ。だがリコとノアンちゃんは全然違う……フリークス云々を置いてもだ。その理由は分からないが……この対称性の破れが無ければ生まれない素敵なものが、きっとあるはずさ」

「……」


 リコはしばらく黙った後、暁に一枚の紙を差し出した。「何でもお願い暁券」だ。


「これは……」

「これ、まだ使える? なら、ノアンがスパイなんてやってないことを証明してよ。何でもお願いできるんでしょ」

「ああもちろん。まだ0時を回ってない。魔法が解ける前さ」


 暁は「何でもお願い暁券」を受け取る。


「もっとも、魔法なんて使わなくても君は美しいけどね、リコ」

「はいはい。それじゃあ私もう寝るから」

「ああ、お休み」


 自分の部屋に向かおうとするリコは、最後に振り返って口を開いた。


「あんたが男なのにフリークスなのも、対称性の破れなのかもね」


 リコは、再び部屋へと歩いていく。暁は先ほどのリコの言葉が妙に心に残り、頭の中で反芻させていた。


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