066.Hide And Seek
「やあ、どうも。久しぶりだねマーシャルちゃん」
防衛隊本部から離脱している最中、突然目の前に落ちてきた男に話しかけられてマーシャルは度肝を抜かれた。何しろ今の彼女は何者にも感知されないはずだからだ。彼女は自分の能力は姿を変えるのみだと説明している。だからこそもう1つの能力、姿を消し去る《サイレント・ランニング》は誰にも感づかれることなく使用できる彼女の切り札だったのだ。
「驚いたかい? 俺の《インターステラー》の前では君のチャーミングな姿が丸見えさ。髪を下ろした今の姿も好きだよ」
しかもバレたのがよりにもよってこの男だったのがマーシャルの頭を痛くさせていた。《インターステラー》風早暁、この世界で唯一の男のフリークス。何かと女にちょっかいを出してくる節操のない男。だが、この男の能力は重力を操る能力だったはず。なぜ姿を消した自分を捉えることができたのか、彼女にはさっぱりと分からなかった。
暁はゆっくりと、姿の見えないマーシャルの方に近づいていく。
「ちっ」
舌打ちとともにマーシャルは《サイレント・ランニング》を解除した。逃げ切ることは不可能と理解し、観念したのだ。姿を見せたことで少しだけ暁も警戒心が薄くなった。その時、
ぴちゃ。
水が滴る音を聞いた2人が自分の腰の辺りに視線を落とすと、まるで縄のように自分たちを拘束している水が目にとまった。
「おろ?」
「何だこりゃ!?」
「やあやあ、どうもどうも」
気の抜けたような声とともに、その場にもう1人の少女が現れる。いわずもがな《アビス》ベティ・プライヤーであった。
「やあ、ベティちゃん。奇遇だね」
「いや、奇遇じゃないよ。私もマーシャルに用があってここで張り込んでたんだから」
「なるほど。今回はナンブーコがかかわっているというわけではないのか。ところでどうして俺も拘束されちゃってるのかな?」
「君もマーシャルに用があるんでしょ?」
「もちろん。俺が女の子に用がない時なんてないからな」
「はいはい。残念だけど渡せないよ。ナンブーコさんが必ず連れてこいって言ってたからね」
暁はほんの数秒だけ考えて、自分の身の振り方を自分本位に決めた。
「昨日の友は今日の敵、残念だな」
そのセリフと同時に、暁を拘束していた水が一瞬で氷になり、地面に落ちて砕け散った。予想外の光景にベティはすぐに距離を取る。
「まーた良くわからないことしてるね……」
「俺の《インターステラー》で水の周りの気圧を0にした。気圧が低いと水は常温で気化するんだ」
「気化? 凍ってるけど?」
「液体は気化する際に周りから熱を奪っていく。熱を奪われた水が凝固点以下の温度になって凍ってしまったってワケだ」
「ああ、気化熱とかいうヤツ?」
「その通り。暑い日に軒先に水をまくのもこの気化熱を使って周りを冷やすためなんだ」
「勉強になるなぁ」
「それは良かった。俺も君のことが知れて嬉しいよ」
「え? 何の話?」
「どうやら君が水蒸気や氷は操れないらしいってことを今しがた知ったよ」
「……」
ベティの顔から笑みが消えた。いまだに拘束されたままのマーシャルを放置して、2人の戦いがはじまる。
どこから引っ張ってきているのか、大量の水でとにかく攻め立てるベティ。そして、一度体から離れた水は操作できないことを知って、重力の潮汐力で水を引きちぎっていく暁。
「……」
暁は少し不可解に思っていた。遠距離からの攻撃はすべて重力によって遮られてしまうのだから、ベティの勝機は接近戦に持ち込んで暁の体内の水を操ってしまうことだろう。だが、今のベティは近づこうとするそぶりが一切見受けられなかった。
何かを企んでいる。その企みに、暁は乗ることにした。
「そろそろ決着を付けようか」
暁は《インターステラー》の出力を一気に高め、ベティのいるところまで無重力状態に、つまり気圧を0にした。先ほどと同様にベティのまわりの水が気化し、熱を奪われ氷となる。そして、水を操る《アビス》では水蒸気と氷は操れない――。
「さあ、どう……」
する、と言いかけた暁は、自分の敗北を悟った。暁の足を水の刃が貫いていた。
「……まいった。おかしいな、水は全部気化か凝固したと思ったんだが」
「圧力がないと水じゃなくなっちゃうのなら、君の重力操作でも圧力が無くならない所を通ればいいと思って」
ベティは地面を指さした。
「……なるほど、地面の奥深くに水を通して、土の圧力で気化を回避したのか。素敵だベティちゃん。君のことがもっと好きになったよ」
「そういうのいいから。私が勝ったんだからマーシャルは貰っていくからね」
「勝手に人様の所有権競い合ってんじゃねぇよ!」
自分を無視して勝手に条件を決めて勝手に戦われていてはマーシャルの気分が悪くなるのも仕方がない。もちろん、追われている原因は自分自身にあるのだが。
「ごめんよマーシャルちゃん。ゆっくり話す時間は取れそうにない。ベティちゃん、2つお願いがあるんだけどいいかな?」
「え、2つも? まあ、一応聞くけど」
「まず1つは俺が必要なのはマーシャルちゃんが持っている手紙なんだ。それは貰ってもいいかな?」
「いいよ~。ナンブーコさんには人の確保しか言われてないし……」
そこでベティはあることに気が付いた。
「最初からそれ言ってくれれば戦わずに済んだのに」
「最初にそれを言ってしまうと、君たちとの時間がすぐに終わっちゃうだろう?」
「もしかしてわざと?」
「まあね」
「はあ……」
深いため息をつくベティ。何はともあれ、2人は各々の目的を達成することができた。残念ながら達成できなかった者も1人いるが。
「もう1つのお願いの方だけど、マーシャルちゃんを捕まえてどうするかを教えてほしい」
「私もナンブーコさんに言われただけだからねぇ。なんでもカンナ同盟から依頼を受けてるらしいんだけど、そのあたりどうなの、マーシャル」
「雇い主の情報話すわけねーだろ」
「それもそうか」
「そのカンナ同盟というのは?」
その質問にベティは少し驚いたように見えた。
「そういえば、暁くんは私と同い年だけど別の時代の人間だったねぇ」
「有名な組織なのか?」
「カンナ同盟自体はたいして有名じゃないけど、その前身の組織がね。結構大きな事件起こしたんだよ。キサラ黎明教って言ってさ、フリークスの排斥を掲げていた組織だったんだよね」
ベティの瞳は暁ではなく少し遠くの景色を見ていた。
「……フリークス排斥を掲げてるのにフリークスを使ってるのか?」
「今はフリークス排斥なんて大っぴらに言ってはいないけどね。ま、そのところマーシャルにいろいろ聞かせてもらおうと思ってね」
「口は割らねぇって」
「俺もあまり手荒な真似はしてほしくないな」
「ま、私も知らない仲じゃないし、ナンブーコさんにも口添えしとくよ」
「そいつはよかった」
ベティの回答に満足した暁はそのまま2人を見送ることに決めた。
「それじゃあね」
「ああ、仕事が終わったら2人ともカレーフェスに来るといい。楽しいぞ」
「私たちが行っちゃあ大混乱だよ……」
「行けるわけねーだろ」
苦笑いをして、ベティとマーシャルは去っていった。手紙を手に入れた暁もタイムトラベルの目的の1つを達成した。そして後はもう1つ。リコとの約束を果たしに……いや、リコと約束を交わしに行かなければならない。




