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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第九幕『SPY×FAMILY』編
65/75

065.カーマはきまぐれ

 暗夜行路。暁の瞳はなんの光も捉えない。光子が暁の目に行き着くよりも速くブラックホールの中心に落ちているのだから当然である。ただ、暁は予想していた潮汐力を感じなかった。無重力状態のように、自分の体がぷかぷかと浮いている……そんな感覚だった。


 その感覚もおそらく数秒、いやコンマ以下の世界の話だったかもしれないが、ようやく暁の目にも光が返ってきた。


 そこは、見慣れた自分の部屋だった。


「……成功か?」


 部屋の中には誰もいない。ガチャリ、という音がして振り向くと部屋の中にエーコが入ってきていた。


「あら? てっきりもう警備のお仕事に向かわれたのかと思っていました!」

「ああ、今から行くところさ。いつも掃除をありがとう」

「これがお仕事ですので!」


 どうやらタイムトラベルは成功らしい。エーコの仕事に感謝して、暁は部屋を出た。目指すは防衛隊の重要施設。防衛隊を名乗る女にノアンが案内されていたという場所だ。


 今の時間帯、ここには2人の風早暁がいる。暁はドッペルゲンガーの都市伝説を信じているわけではないが、以前の自分が今の自分と出会った記憶はない。できるだけ会わないように慎重に進むことに決めた。幸い一日前の自分の行動だ。何をやっていたかは完璧に頭の中に入っていた。


 そしてついに例の重要施設――研究棟の裏側へとたどり着いた。暁がノアンと出会ったのは10:00過ぎ。それよりも前に、ここにノアンと例の女が来るはずなのだ。暁は《インターステラー》を利用して近くの木の上に登って身を潜めた。


 さて、それにしてもノアンたちが来るであろう時間までまだ一時間以上ある。暁はその時間を使って、自分の起こしたタイムトラベルが因果律の崩壊につながるかを考えていた。


「ここが研究棟です。フリークスに関する研究を主に行っているんです」

「へ~」


 下で聞こえてきた声に、暁は思考を中断して様子をうかがった。歩きながら研究棟の横を移動している人物が2人。1人はノアンで、もう1人は……知らない女だった。黒髪でショート、確かに防衛隊の制服を着ている。ノアンの言っていた「防衛隊の女」は確かに実在したのだ。


 姿は確かに見覚えがないが、その声を聴いた時点で暁には女の正体がわかった。《ミミック》のマーシャルだ。大人に化けている関係で少し大人びた声を出しているが間違いない。暁はポケットから携帯を取り出し、カメラを2人に向けてビデオ撮影モードにして録画を開始する。


「フリークスがなぜ生まれるのかを解明してこのコミューンを守るために、日々研究しているんですよ」

「私もときどき簡単な検査のために防衛隊に来ることがあるんです。その検査の結果もここで研究されてるんですか?」

「ああ、ノアンさんはアプリコットさんと双子ですものね。2人の差異からフリークスと普通の人間の違いを調査することは当然やっていると思いますよ」

「それが、このコミューンを……いえ、世界を救うことになるかもしれないんですよね」

「……ええ、そうですね。寄り道をしてしまいましたね。アプリコットさんはこちらです」


 マーシャルがノアンを促したその時、携帯の着信音がその場に響いた。どうやらマーシャルの携帯が鳴ったようだ。ノアンに少し待つように伝えると、彼女は建物の影へと早足で入っていった。そこはノアンにとっては死角になっているが、暁にとっては丸見えである。


「……!」


 思わず声が出そうになったのを暁は慌てて引っ込める。マーシャルの姿が消えた。忽然と。暁はすぐさま視覚頼みを捨て、重力波による検知に切り替える。


 重力波は質量と加速度を見る。消えたすぐ近くからノアンに向かっていく人間相当の質量があった。どうやらマーシャルは姿を偽るだけではなく姿を消すことまでできたらしい。すべての光を透過させてしまうと自分が瞳で受け取る光まで素通りするので目が見えなくなるはずであるが、マーシャルの能力はそのあたりをうまく処理しているようだ。さすがはフリークス、と暁は感心した。


 不可視の重力源はそのままノアンの背後にぴったりと張り付いた。暁はマーシャルにカメラを向けながら、少しわくわくしている自分に気が付いた。決定的スクープが目の前にあるこの感覚。もしかするとカメラマンというのはこの感覚の中毒者なのかもしれないな、と暁は知りもしない人間の性質を勝手に決めつけていた。


 そこからしばらく動きはなかった。何を考えているのかと暁が注視していたが、次に動きがあったのはノアンの方だった。その場に先ほどとは別の着信音が響く。ノアンの携帯である。ノアンはバッグの中に入っていたそれを慌てて取り出すと、電話に出た。


 その時、マーシャルが動いた。携帯に気をとられたノアンの隙をついて、バッグの中から何かを取り出す。バッグの外に一瞬だけ姿をさらしたそれはすぐさまマーシャルの能力で透明に変わった。


「もしもし? あの、聞こえてますか? どなたです?」


 ノアンは電話先の相手に覚えがないようだ。おそらくこの電話自体がマーシャルに手紙を奪わせるための仕込みなのだろう。マーシャルは速やかにその場からの離脱をはじめた。当然、暁は女を追いはじめる。ノアンの方は予定通り弾薬庫付近に迷い込んだところで以前の暁に保護されることだろう。


 暁はマーシャルからノアンが潔白である証拠を奪取しなければならない。そのためには今ノアンのバッグから盗んだあれが必要だ。


 ノアンが受け取ったという、カレーフェスへの招待状が。


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