061.キャンディキャンディ
カレーフェスの前日は防衛隊本部が浮き立った雰囲気になっていた。大量のイベント用テントの組み立てや長机と椅子の準備に多くの防衛隊員が精を出している。時折マイクのチェックで音声が流れていて、さながら文化祭の雰囲気だと暁は思った。物珍しいその空間を暁はリコたち5人で見回っていた。
「ん?」
そんな暁の目に留まったのは会場入り口付近に設置された4枚のキャラクターパネルであった。
「これは……?」
「これですか? 横須賀コミューンのゆるキャラですよ」
セシルの口から出てきた「ゆるキャラ」という言葉に暁は流石に度肝を抜かれた。100年経ってもゆるキャラの文化は死んでいなかったのである。そのうちの1体は青い雫のような顔をしているキャラクターだった。
「このキャラは『スカリン』です。横須賀のスカと海のマリンを組み合わせた命名らしいですよ」
「なるほどいかにもなゆるキャラだな」
次の1体は水兵の恰好をしたカモメであった。
「このキャラは『スカレー』。横須賀っていうよりカレーのゆるキャラらしいけど」
「……名前を決めたときに誰も何も言わなかったのか?」
「え? 何が?」
「いやなんでも」
次の1体は寸胴で鼻の下が伸びている奇妙なキャラだった。
「このキャラは『逸見えもん』ですね! 汐入にある逸見波止場衛門をモチーフにしたキャラクターです!」
「ああ、安心した。てっきり土左衛門からとったのかと思ったよ」
最後の1体はカモメなのかサルなのかよくわからない見た目のキャラだ。しかし、何より暁の目線はその頭に誘導されてしまっていた。
「このキャラクターは……頭に緑のうんこを乗せているようだが公共の場に出て大丈夫なのか」
「下品。このキャラは『スカベイ』で頭に乗せてるのは角なしさざえだよ。猿島に伝わる伝説からとられてるんだって」
個性的なキャラクターが立ち並ぶ入り口を抜けるとすぐにフリークスが販売するカレーのブースだ。
「ずいぶん入り口から近いな」
「人気店を奥にすると行列が他の店舗の邪魔になりますから」
「ああ、なるほど」
「それに入口付近に行列ができているとイベント全体が『成功してる~!』って感じで見られるしね」
「おお、なるほど」
「……まあ、そういった心理的な効果も否定はしません」
「ハハハ!」
暁はその日、好きな女の子と一緒に実に楽しいひと時を過ごした。
そして……カレーフェス当日。会場の喧騒が聞こえる侘しい林の中に暁はいた。
「対称性が破れている……」
「はい?」
死んだ目をした暁がボソッと呟いた言葉に、一緒に警備任務についていた防衛隊員が反応する。暁は2人一組になって、防衛隊の施設の前に立っている。そこが警備対象の施設なのだが、基本的には何も起きないので隣の男と会話するくらいしか暇つぶしの方法が無い。木の上でガサガサと音を立てているリスを眺めているのとどちらがいいか悩んだ末の苦渋の決断であった。
「なんですか、その対称性って」
「鏡写しにしても、180度回転させても性質が変わらないことさ……」
「それが破れていると?」
「そうだ……俺はフリークスなんだぞ。対称性を維持するために隣に居るべきなのはフリークスであって一般人じゃあないんだよ」
「はあ……」
「対称性が破れている状態は美しくない。美しさを取り戻すために俺は今からでもセシルさんたちの所に行くべきだと思わないか?」
「ダメですよ。霧羽さんにも止められてるでしょう」
「くそったれ……」
暁は憂鬱だった。カレーフェス当日はセシルたちに会えない。だからこそ理由をつけてその前にお互いの時間を持ったのだが、当日になってみるとやっぱりすべて反故にして彼女たちに会いたいという気持ちが強くなっていた。
「それに、男同士、女同士って意味だと今のほうが対称性が保たれているんじゃあ」
「俺はそんな屁理屈を聞きたいわけじゃないんだよ」
「まあそうでしょうけど」
結局のところ、警備任務は暇だった。暁が警備をしているのは弾薬庫だ。周辺が火気厳禁になっているこの場所において、暁の《インターステラー》はもしもの時の対応にもってこいである。
適材適所はお見事だが、そもそもカレーフェス会場側も必要なところには警備を置いているのだから侵入者など来るはずもなかった。
「以前に侵入者が出たことなんてあったのか?」
「意外とありますよ。まあ、スパイとかじゃあなくてミリタリーマニアとかですけど」
「愛する人と離れてミリオタの相手か……」
俄然やる気が湧いてこない。
あまりのやる気のなさに暁はその場に座り込む。そんな時、会場のほうが騒がしくなってきたことに気づく。
「あー、そろそろあの時間か。今年も見たかったなぁ」
「あの時間? 何の話だ?」
「あれ、セシルさんから聞いてないんですか? 今の時間は」
防衛隊員が説明しようとしたとき、それを遮るように無線通信が入った。通信を切ったあと、隊員はわずかに真剣な表情で暁に内容を報告する。
「どうやら侵入者らしき人物が居るようです。見つけたら拘束しろ、と」
「まだ捕まってないってことか。ミリオタの野郎もがんばるね」
「……それが、侵入者の足跡が見つかったらしいんですが、女ものの靴だったようです」
「へえ、女性のミリオタか。100年前だとあんまりいなかったな」
「今でもそんなにいないですよ」
そんな緊張感のない話をしている2人の耳に、足音が聞こえてきた。
「!」
話をやめ、耳を澄ます。弾薬庫の影からそれは近づいてきているように感じる。
「俺が見てきます」
「いや、俺が行く。いきなり銃撃されたって俺なら大丈夫だ」
暁の言葉に隊員は頷いた。暁は《インターステラー》を展開し、弾薬庫の角に張り付く。身をかがめ、支給品のスネイクカメラを使って様子をうかがう。
「……?」
スネイクカメラの映像をスマホで見た暁は一瞬思考が停止した。そこにいたのはリコだった。いや、と暁は自分の認識を改める。髪がリコより短いし、おどおどと周りを見回す様子はとても本人とは思えないものだった。
《インターステラー》の重力場は維持したまま、暁は弾薬庫の角から少女の前に出た。
「どうかしたのかな。お嬢さん」
「え!?」
突然話しかけられた少女は、驚いて暁に振り向いた。見れば見るほどリコに似ている。だが、まとった雰囲気はまったくの別物だった。一瞬だけ《ミミック》マーシャル・ニールの顔が浮かんだが、仮に変身しているとしたらリコに似せない理由がない。
「あ、あなた誰ですか……?」
それはこっちが聞きたい、と思いつつも暁はにこやかに対応する。
「俺は防衛隊の風早暁。ここはカレーフェスの開放エリア外なんだが、迷ったのかな?」
「風早……暁? あの男のフリークスの!?」
「その通り。教養のある人には俺の名前が知れ渡っているようだ。失礼だが、君の名前は?」
「あ、すみません。私、ノアン・キャンディと言います。お姉ちゃん……アプリコット・キャンディの妹です」
目の前の少女――ノアン――の自己紹介に暁はわずかに目を見開く。リコの妹、暁はまったく知らなかった。
「まさかリコに妹がいたとは知らなかった」
「え……」
ノアンはきょとんとして暁を見つめる。そして自分の考えを振り払うかのように頭を横に振った。
「えーっと。私、防衛隊の女の人に案内してもらってたんですけど、はぐれてしまって」
「なるほど、そういうことか」
暁はノアンの発言に違和感を覚えながら、顔には出さずに会話を続けた。
「この辺りは一般参加者は入っちゃダメな場所なんだ。会場まで案内しよう。訳あってリコのところまでは連れて行ってやれないが」
「あ、ありがとうございます!」
暁はペアの隊員と会話し、会場までノアンを案内することにした。数分道なりに歩けば、会場からの喧騒が大きくなってくる。そして、会場に着いた時、暁とノアンを迎えたのは……。
「……なんであんたがノアンといるのよ」
驚いた顔をしている割烹着姿のリコだった。




