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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第九幕『SPY×FAMILY』編
60/75

060.らぶ!ライブラリー

 チャイムが鳴ったことに気づき、ロジェ・ランブランは部屋のドアを開いた。


「やあ、ロジェちゃん。愛しい君へ、俺をプレゼントだ」

「……暁って面の皮すごく厚いよね」

「ありがとう。チケットを拝見させてもらうよ」


 ロジェは暁に1枚の紙切れを渡した。「何でもお願い暁券」と書かれたそれは、暁が看病の感謝としてお世話になった人たちに渡したものだった。記載の通り、その1枚で暁になんでもお願いできるという夢のようなチケットである。期限はカレーフェスの当日まで。


 これが暁の考え出した女の子との時間を作る方法だった。


「これ、肩たたき券みたいでジジ臭いよ」

「そりゃしょうがない。一応御年115歳だからな」

「言われてみればそうだった」


 部屋に案内された暁はロジェの依頼内容に従い、ゲームのコントローラーを手に取った。ロジェの依頼は一緒にゲームをやってほしいというものだ。


「このゲーム、2人プレイしないと取れないトロフィーあるんだよね~。暁は適当に動き回ってればいいから」

「ロジェちゃんの仰せのままに」


 それは端的に言ってモンスターハンターのようなゲームだった。あまりゲームをしたことのない暁は言われた通り十字キーを使ってキャラクターを適当に動かすことしかできない。


「セシルさんやリコにお願いすればよかったんじゃないか?」

「セシルいつも忙しそうにしてるし、リコにはめんどくさいからって断られる」

「なるほど。だが、2人に感謝だな。こうして君と2人きりになれる時間が作れたんだから」

「暁ってさぁ。結局誰が好きなの?」

「誰が? みんなさ」

「同時に複数の人が好きになるなんてあるのかなぁ。嘘ついてない?」


 ロジェは軽快に敵を倒していき、右上にあるよくわからない謎のゲージがどんどんたまっていく。対する暁はロジェのキャラクターの後を追うことしかできていなかった。なんの役にも立っていなかったが、暁は隣に座ったロジェの体温が伝わってきていたのでそれだけで十分だった。


「100年後の世界はフェルミオン的恋愛がオーソドックスになっているのかな」

「フェル……なにそれ」

「この世に存在する粒子は二種類に分けることができる。フェルミオンとボソンだ」

「あー、物理学の話ね……」


 暁はいつもシームレスに物理学の話を話題に組み込んでくる。


「パウリの排他原理というものがあって、二種類のうちフェルミオンについては同じ状態に複数の粒子は存在できないようになっている。俺やロジェちゃんの体を作っているのはフェルミオンだから、俺たちはまったく同じ位置には存在できない」

「ボソンってのは存在できるってこと?」

「その通り。フェルミオン的恋愛は『好き』の状態に1人しか入れられないが、ボソン的恋愛は複数人入れられる。俺の恋愛に排他原理は通用しないのさ」


 ゲームはついにボス戦に突入したようだ。なんだか黒くて手が異常に長いグロテスクな怪物と戦うことになっている。敵が何か黒い靄のようなものを出して来たと思ったら暁のキャラが死んだ。コントローラーをいくら動かしても暁のキャラはピクリとも動かない。


「……何か死んだがこれは大丈夫なのか?」

「うん。暁はそのまま死んでていいよ。このゲーム、フェルミオン的報酬だから、生きてるとスキルポイントやアイテムが山分けされちゃうんだよね」

「ああなるほど。排他原理万歳」


 それから暁はコントローラーの操作という仕事から解放され、ゲームをしているロジェの楽しそうな横顔を存分に眺めていた。しばらくして戦闘が終わり敵から出た色とりどりのアイテムがすべてロジェのキャラに吸収されていくのが見えた。


「よーし! ちゃんとトロフィーも手に入った! このトロフィーは暁のキャラも取得してるよ。ボソン的トロフィーだから」

「それはありがたい。やはりボソンのほうが世の中から悲しみがなくなると思うな。俺はボソン的恋愛を行うことで世界平和に貢献していると言える」

「だといいね」

「さて、これから……」


『ロジェ・ランブラン。〇二番にて出動してください』


 ロジェに言葉をかけようとした暁を遮るように、魔甲虫が来たことを示すアラームと放送が響いた。


「……空気の読めない魔甲虫だ」

「そりゃ、魔甲虫には触覚がないもんね」

「確かに。魔甲虫は悪くない」


 ロジェはゲームを止め、玄関へと駆けていく。流石に1人で女の子の部屋に居座るほど暁も非常識ではないので一緒に部屋を出た。


「横やりが入ったからチケットは消費しなかったことにするよ」

「やった! もう1回遊べるドン!」


 笑顔で手を振りロジェは出動していった。1人残された暁は少し早いがセシルとの約束を果たすため、彼女の部屋へと向かう。チャイムを鳴らし、セシルが出てくるのを姿勢を正して待つ。扉が開いたと同時ににこやかに微笑み、決め台詞を言う。


「セシルさん。愛しいあなたへ、俺をプレゼントだ」

「はあ……」

「チケットを拝見させてもらえるかな」

「はい、どうぞ」


 セシルの依頼は至極単純。図書館から本を借りるのでそれを部屋まで運んで欲しいというものだった。


「お安い御用さ」

「お願いします。1人で運ぶにはかなり量が多いので……」


 セシルの言った通り、セシルが図書館で選んだ本は20冊ほどに達した。しかもハードカバーの本が多いため、その重さはかなりのものである。もちろん、暁にとってはどれだけ重かろうと同じことだが。


「ありがとうございます。助かりました」

「俺の《インターステラー》なら手ぶらと同じさ」


 バッグに入れた大量の本を暁は軽々と持ち歩いていた。《インターステラー》で本にかかる重力を減らしているからだ。


「しかしすごい量だ。なんの勉強を?」

「主に哲学と宗教、その歴史的背景ですね……前から興味はあったんですけど、本格的に勉強してみようかと」

「そちらの方面は門外漢だが、常に学び続ける姿勢は素晴らしい。ますますセシルさんのことが好きになりそうだ」

「素直にお褒めの言葉として受け取っておきます」


 当たり前だがセシルの反応はいまいちだった。もっとも、暁は気にしていなかったが。


「リコさんたちのお願いはもう聞いたんですか?」

「リコからはまだかな。ロジェちゃんの方はさっき行ってきたんだが、魔甲虫が来たから仕切り直しだ。安曇野さんからはフリークスの能力の精密検査をお願いされてる。たぶん邑輝先生の入れ知恵だな。エーコからは突き返された。私が居るのは雑用を頼まれるためで、頼むためではないってさ」

「ふふ。エーコさんらしいですね。ところで、どうしてこんなチケットを作ろうと?」

「霧羽の奴に言われたのさ。カレーフェス当日はお前たちに近づくなってね。去年、いろいろ面倒なことがあったらしい」

「確かに、あの面倒くささと癪に障る感じは筆舌に尽くしがたいものがありましたね。霧羽さんの判断は正しいと思いますよ。私にとっても都合がいいですし」

「ん?」

「こちらの話です。荷物運び、ありがとうございました」


 気づくと暁はセシルの部屋に居た。可愛い女の子と一緒にいると時間が早く過ぎてしまう。アインシュタイン博士の相対性理論はやはりこの世界を支配しているようだった。


 結局、カレーフェスの前日になってもリコからはなんのお願いも来ることはなかった。


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