059.YAH YAH YAH
暁は防衛隊施設の廊下に一枚のチラシが貼られているのを見つけた。それは、この横須賀コミューンで年に一度開催されるお祭りを告げていた。
「驚いた。今でもカレーフェスティバルってやってたのか」
食堂で会ったリコに暁は早速その話題を振る。
「今でも……ってあんたがいた時代からあったの?」
「ああ、子供の頃一度だけ横須賀に来たことがあって、そこでカレーを食べたことだけ覚えてる」
「意外、てっきりどっかの誰かが適当に考えた歴史のうっすい行事だと思ってた」
「リコさんが言っていることも間違ってはないですよ」
2人の会話の中にトレーを持ったセシルが入ってくる。
「今やっているカレーフェスティバルは8年ほど前から防衛隊がやりはじめたものですから。コミューン内の市民と防衛隊との交流を目的として、かつてこの地域で行われていたカレーフェスティバルを復活させたんです。なので、風早さんが知っているカレーフェスティバルとはだいぶ違ったものだと思いますよ」
「へえ、逆に楽しみだな。セシルさん、この日俺と一緒にカレーフェスを回って変わったところをレクチャーして欲しいな」
「やめておきます。それに、カレーフェスの日は風早さんも忙しいと思いますよ」
「……なぜ?」
「フリークスはカレーフェスで屋台を出すから。毎回好評なんだよ」
今度はロジェが会話に加わった。
「フリークスで屋台を? まさか3人で?」
「そうだよ。カレーに関連してたら何出してもいいからいろいろ考えるのが楽しいよ」
楽しそうにロジェが思い出を語る。去年はカレーオムライスを出したらしい。料理自体は防衛隊の男どもが作るようだが、それをリコたちが売るのだ。
「他のコミューンからも人が来るし、忙しいのよ」
「まあ、君たちが売ってくれるならそうだろうな。俺だってむさい男どもよりも可愛くて美人で愛嬌のある子たちから料理をもらいたいよ」
「だからあんたは料理をもらう方じゃなくて渡す方だって」
「いえ、今回に限っていえばどちらでもありません」
セシルの抑揚がない声に、暁はなんだか嫌な予感がした。
「霧羽さんからの伝言です。カレーフェス当日に風早さんに頼みたいことがあるそうです。午後一で来てほしいと」
ふぅ~~~~~、と暁は深いため息をついた。
「これは明らかに俺に対する嫌がらせだと思うんだが、みんなどう思う?」
「まあ、せいぜいお仕事頑張って」
リコに軽くあしらわれて暁はガクっと肩を落とした。そして、現在暁は霧羽と一対一で顔を突き合わせていた。
「今、俺は憂鬱真っ只中だ。さっきまで女の子たちと楽しく食事してたのに、今はあんたと顔を突き合わせてる」
「少しは年上を敬うという気持ちがないのか貴様は」
いきなり悪態をつきはじめた暁に、霧羽は苦言を呈す。暁も別に霧羽と喧嘩をしに来たわけではない。ただ、ちょっと嫌味を言っておきたいという年相応のお茶目が出てきてしまっただけなのだ。
「それで、カレーフェスに頼みたいことがあるって話だったが」
「そうだ」
霧羽は依頼の全容を話しはじめた。いつもは関係者しか入れない防衛隊本部だが、カレーフェスの時だけは一部分だけ開放されることになる。そこを狙われて重要機密が盗まれないように目を光らせておくというのが暁に与えられた任務だった。
「なるほど、必要な任務だとは理解した。しかし他に防衛隊員だっているだろう。俺はセシルさんたちと仲良くカレーの提供をしていたかったんだが」
「ダメだ。カレーフェスの間、お前は決してあいつらのブースに近づくな」
「なぜ?」
「面倒なことになるからだ!」
「流石にカレーを提供している横でいちゃつきはしないぞ」
「居るだけで面倒なことになるんだ! 去年のカレーフェスであいつらのブースに防衛隊員が食事を持っていっただけで訳の分からんクレームが来た! 『男を匂わせるのはどうかと思う。やりようがあったのではないか』……"やりよう"って何だ!?」
「どうどう」
興奮気味にまくしたてはじめた霧羽を暁はなだめた。呼吸を乱し、顔を赤茶色にして叫ぶ霧羽の憤りはなかなか収まらない。
「そんな意味の分からん文句があの日だけで80件も防衛隊に寄せられた! 80だぞ!? 一日80も防衛隊に飛んでくるものなんて後は火炎瓶くらいなものだ! しかもあいつらその場にいた防衛隊員に殺害予告まで出してきたんだぞ! とっ捕まえてやったがな……」
「哀れな連中だ。そんなことをしてもみんな俺の妻になる未来は変わらないのにな」
「……言っておくがお前にも殺害予告は来ているぞ。あんなに他のフリークスと親しげにしてたら当然だがな」
その話は暁にとって完全に寝耳に水であった。
「待て待て、そんな話は聞いてないが?」
「知らせてないからな、届いた日はお前を防衛隊待機にさせていた」
「ああ、何度か理由の分からない変更があったな」
「女関連の恨みつらみは自分の知らない間にデカくなる。お前もせいぜい気を付けることだな」
忠告をした霧羽だったが暁は脅迫されたくらいで大人しくするような男ではなかった。
「よし! 霧羽。その殺害予告を全部俺に見せろ。これからそいつを殴りに行こうか」
「必要ない。とっくに捕まえて罰金か執行猶予中だ。めんどくさいことになるから絶対に名前も場所も教えんぞ。それより仕事の話だ! とにかくそういったことがあるからお前は当日絶対にあいつらのブースには近づくな!」
「OK、わかった。俺も鬼じゃない。カレーフェスの日に彼女たちに会うのは諦めよう」
あまりの剣幕に暁は引き下がった。まあ1日くらい大したことはない。カレーフェスの前も後も、彼女たちと一緒にいられる時間はあるのだから。
「言っておくが仕事の方も手を抜くなよ」
「いろいろと心配性だなお前も。このくらいの仕事なら防衛隊の誰よりも完璧にこなしてみせよう」
「本当にちゃんとするんだぞ。侵入者が女だからといって見逃すなんてことがないようにな」
「……少し勘違いしているかもしれないから訂正しておくが、俺は別にすべての女性に優しいフェミニストじゃあないぞ」
暁はそう言い残すと、部屋を出た。そして頭の中で計画を練りはじめた。カレーフェスで会えなくなるまでの間にいかに彼女たちとの時間を作るか、という計画を。




