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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第八幕『震える舌』編
58/74

058.UNDO

 暁が眠りから覚めたとき、最初に飛び込んできたのは白い天井と邑輝の姿だった。


「邑輝先生……俺は死んだのか」

「死んでいない。私がいるんだからわかるだろう」

「いや、邑輝先生も老衰で死んだ可能性を考慮していた」

「……目覚めたばかりで良くそこまで悪態がつけるな」


 呆れながらも邑輝は安堵した。そこにいたのはいつもの生意気な風早暁であった。


「まあね……俺は本当に助かったってことでいいんだよな」

「ああ、命のほうは問題ない」

「命のほうは、か」


 暁は目線を下げて自分の手元を見た。そこには指が崩れ落ちて手のひらだけになってしまった手があった。


「……」

「手のほうは義手を発注する予定だ。四十六室もすぐに予算を充ててきた」

「フリークスさまさまだな」

「当然だが君はしばらく絶対安静だ」


 ふとその時、暁は違和感に気づいた。自分の手足どころではない重大な違和感に。


「ちょっと待ってくれ邑輝先生。リコとセシルさんとロジェちゃんとエーコは?」

「いないぞ。皆普段の生活に戻っている」

「誰かひとりくらい俺が目覚めるまで病室につきっきりになってくれる子がいるもんじゃないのか?」

「いないぞ」


 Jesus、とつぶやいて暁は再び白い天井を見上げた。だが、暁は確かに覚えている。苦しんでいる間、誰かがずっと自分を励まし、手を握っていてくれたことを。


「……記憶があいまいだが、誰かがずっと俺の手を握っていてくれた気がする」

「3人は交代で君の様子を見に来ていたからな。あとで礼を言っておくといい」

「ああもちろん」

「とくにキャンディ君にはな」

「何かあったのか?」

「最後の接種後、君の能力が暴走した」

「……何?」

「だが、ベッドや機器は壊れたがみんな無事だった。キャンディ君のお陰のようだが……正直良くわからない。本人も分かっていなかった」

「……その時のこと、詳しく教えてくれ」


 かくかくしかじか。邑輝はその時の出来事をできるだけ詳細に暁に伝えた。暁は神妙な顔をした後、邑輝に対して提案する。


「みんなを……リコとセシルさんとロジェちゃんとエーコを呼んでくれないか?」

「何をするつもりだ?」

「実験さ」

「その4人が必要なのか?」

「いや」


 暁はにやりと笑う。


「ただ、近くに可愛い女の子がいると実験の成功率が上がるんだ。これは経験則じゃなく、世界の真理さ」


 自信満々に非科学的なことを言いはじめた暁に邑輝は呆れたが、それはともかくとして4人に連絡をとり病室に呼ぶことにした。一緒に功労者である安曇野にも声をかける。4人+1人が集まったところで暁のご高説がはじまる。


「まず、5人とも俺のためにいろいろしてくれてありがとう。安曇野さんとエーコは俺のためにワクチンをドイツまで取りに、セシルさんとリコとロジェちゃんは俺を励まし続けてくれた。ついでに邑輝先生も。みんなが居なければ確実に死んでたよ」

「邑輝先生に一番感謝を伝えておくべきだと思いますが……」


 セシルは思わずツッコミを入れるが、そこが暁らしいところでもある。元気そうな暁の姿にセシルは胸をなでおろした。


「ま、こいつにしては殊勝な方なんじゃない? あんたも頑張ったけど、私たちも頑張ったんだから、一生私たちに感謝し続けなさいよね」

「元よりそのつもりさ。君たちと一生を添い遂げるつもりだからな」

「そういう意味で言ったんじゃない」

「あの、一体何のために私たちを集めたんですか?」


 話があらぬ方向に向かいそうなのを察して、セシルが軌道修正に走る。


「おっと、そうだった。最後の接種の後、俺の能力が暴走したらしいじゃないか」

「そうそう。それ、よくわかんないけど私が何とかしたんだから2倍感謝しなさいよ」

「本当にありがとう。そのときリコが俺の手首を握って、周りが無重力みたいな状態になって能力の暴走が止まった。それであってるよな」

「うん。そんな感じだったよはたから見てると」


 暁の問いにロジェが答える。


「セシルさんには以前話したが、俺たちの能力は高いエネルギーを用いて物質を作り出しているのかもしれない」

「はい。その話は覚えています」

「俺はリコが能力の暴走を抑えた話を聞いて、やはりこの理屈が正解なんだと思いはじめている」

「……どういうことですか?」

「以前この世界には4つの力があるって話はしたと思う」

「えっと、電磁気力、強い力、弱い力、重力、ですよね」

「流石セシルさんだ」


 暁はそこから自説を展開しはじめた。


「この4つの力は高いエネルギーの状態ではしだいに統一されていくと考えられている」

「統一……?」

「そう。力としての区別が付かなくなるんだ。現に電磁気力と弱い力は統一するための理論も完成している。で、そうなるとエネルギーを高めていけば重力が重力ではなくなる領域もあるはずなんだ」

「……風早さんはそれだけのエネルギーをリコさんが生み出して重力を消し去った、と?」

「その通り。俺の能力は重力を操る能力。重力が重力として振る舞わない空間では何もできない」

「それは荒唐無稽だと思います!」


 それまで黙っていたエーコが元気な声で反論する。


「重力が他の相互作用と統合されるのは10の19乗ギガ電子ボルトという領域で人工的に作り出せるようなものではありません!」

「その通り。流石エーコだ」


 暁の第一法則。女の子はとにかく褒める。


「とても人間が扱えるとは思えない領域のエネルギーだ。たった1つの素粒子が一平方メートルの水を蒸発させるほどのエネルギー量だからな。ルービックキューブが世界中の海を干上がらせるようなものだ」


 だが、と暁は続ける。


「リコは周りにほとんど元素のない宇宙空間で秒速300kmのスピードに追いつくほどのエネルギーを生み出した。俺やセシルさんの精霊(エレメンタル)魔装(ヴァッフェ)も、発動時にまわりの元素が減ったような現象に遭遇したことはない。状況から言って、リコを含めてフリークスは物質を作り出すほどのエネルギーを、無から取り出せるんだ」


 質量エネルギー保存則は一体どこに行ってしまったのか。その疑問は当然暁の中にもあったが、ひとまずその結論を受け入れることにした。そしてそれを受け入れた先に、今から行う実験がある。


「そこで今回の実験に行きつくわけだ」


 暁は自分の両手を、もはや手のひらしか無くなってしまった両手を高く掲げた。


「何するつもり?」

「俺たちフリークスはエネルギーを自在に取り出し、そこから素粒子をも生み出せる。そう仮定すればこんな芸当だって可能なはずだ」


 暁は”気合”を入れた。ちょうど自分が精霊(エレメンタル)魔装(ヴァッフェ)を作り出すときのように。ただし、今度は自分の無くなった指先に集中力をすべて注いでいた。


 リコたちは確かに見た。暁の手のひらがわずかに光り出し、そしてその光がしだいに大きくなっていくのを。そしてその光は直視不可能な程に強くなっていく。


「か、風早さん!? 大丈夫なんですかこれは!」

「大丈夫だ! 問題ない!」

「ほ、ほんとですか!?」


 しばらくして、光がしだいに弱まり暁の姿が見えてくる。そこにいた暁はにわかには信じられない姿をしていた。さっきまで無かったはずの指が、10本すべて存在していたのだ。


「そんな……バカな」


 その光景に一番驚いていたのは他でもない邑輝であった。


「こ、こんなことが……」

「ああ、刀も指も分解していけば結局陽子と中性子と電子だ。なら指だって作りいたたたたたたたた」


 リコが思いっきり暁の指をつねって、暁が悲鳴を上げる。


「感覚もあるんだ」

「……ああそのようだ。リコ、次からは一言断ってからやってくれるか?」

「ええ、次なんてあればね」

「とにかく。これで俺の考えの信憑性が高まったな。このまますべての指を復活させてしまおう」


 暁は自分の手を見て、にやりと笑う。その逆に、邑輝は神妙な声でつぶやいた。


「……義手の予算、もう振り込まれているんだがな」

「あー、なるほど。邑輝先生、あまり大きな声では言えないんだが……」


 暁は自分が発言にためらっているという雰囲気を作るために、たっぷりと溜めを作った。


「横領すれば?」


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