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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第八幕『震える舌』編
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057.Key of The Twilight

 1回目のワクチンを接種した後、暁の容体は落ち着いているように見えた。発症から6日を超えても命の炎は消えず、セシルたちにわずかな希望を与えた。1回目の接種から3日後に2回目の接種、その4日後に3回目、7日後に4回目と続き、8回目で最後になる。


 その8回目接種の副反応こそ、もっとも辛いものになるだろうと邑輝は予想していた。


「8回目だ」


 皮下注射をし終えて、邑輝は言った。病室にはリコ、セシル、ロジェの3人が固唾を呑んで暁の様子を見ていた。エーコもいるが、相変わらず笑顔を張り付けたままだ。


「おそらく30分ほど後に今までで一番強い副反応が来る。暁の体力的に持つかは五分五分だろう。そのためには君たちの助けが必要だ」


 ワクチン接種を受けてから暁の顔色はしだいによくなっていった。今では会話も可能なほどだ。だが、欠けた指からは常に鈍い痛みが広がり、日に数回になったとはいえ激痛に叫ぶことが無くなったわけではない。


 眠っている暁の静かさは、その後の激しい副反応を暗示しているかのようだった。セシルは自然と暁の手首を握っていた。


「暁、助かるよね?」

「……さあね。こいつしだいでしょ」


 しばらくして、暁の表情に変化があった。眉間にしわを寄せ、額にはあぶら汗がにじんでくる。セシルも、自分がつかんだ手首が震えているのを感じていた。


 暁が目を開けた。


 灯滅せんとして光を増す。


 炎の時間がはじまった。


「うううう、ゔううゔっ――――!!!」


 いつもと同じだった。激痛に耐えるため、暁は体を無理やりに動かそうとする。ぎちぎちと抑制帯が悲鳴を上げ、ベッドが揺れはじめた。


「ん゙ん゙ん゙ん゙んっ――――!」


 暁の体が反り返る。ぱらぱらと、もはや手のひらしか無くなってしまった手から乾いた細胞が崩れ落ちていく。


「ゔうううううゔっ――――! ぎぃいいいぃい!」


 思いきり噛みしめるせいで、口のタオルは赤く染まりはじめていた。ロジェは自分でも気づかないうちに、近くのリコの手を握っていた。


「い゛いいいいい゛いいいい゛いいいいいいっ ゔうううゔっ――――!」


 いつもと違うのはそこからだった。べこんと何かがへこむ音がした。


「え?」


 セシルはすぐ近くから聞こえてきたその音の発生源を探した。ベッドだ。暁の頭のすぐ近く、ヘッドボードのフレームがひしゃげていた。


 べこん。またフレームがへこむ。


「うううう、ゔううゔっ――――!!!」


 べこん。足元側のフレームがへこむ。


「ん゙ん゙ん゙ん゙んっ――――!」


 べこん。次はセシルのすぐ横にあったフレームだった。


「セシル!」

「離れろ! 能力の制御が効いていない!」


 リコがすぐにセシルを退避させる。べこん。今度は足の部分が潰れて、ベッドが傾いた。近くにあったベッドサイドモニターがぐしゃぐしゃになっていく。重力が、暁の能力が暴走しはじめていた。


「くそっ……」


 邑輝たち医師もその重力異常の空間に近づくことができなかった。このまま周りの物だけを押し潰すならまだいいが、これが暁本人に向かう可能性も捨てきれない。


「手間かけさせるわね、まったく……」


 誰もが手をこまぬいている時に暁に近寄る人影があった。リコだ。


「リコさん!?」

「分かってる。でも行かないと」

「行かないとって……」

「なんだか行かなきゃダメな気がするのよ」


 リコは微笑んでいた。セシルの制止を振り切り、暁へと近づいていく。


「うううう、ゔううゔっ――――!!!」


 周りの物を押しつぶしながら、なおも暁は苦しみの中にいた。重力で歪んだ空間をリコはものともせずに歩み続ける。その姿は、わずかに光に包まれているようにセシルたちには見えた。


「リコさん……?」


 リコは暁のそばで膝をつくと、震えているその手首を自分の両手で包み込む。


「大丈夫だから……」


 リコがまとっていた光が暁にも伝わっていく。そして、空間の歪みが消えていきリコと暁の体がふわり、とその場で浮いた。


「これは、一体……」


 その光景を見て、セシルは呆然と呟いた。半壊したベッド、ひしゃげたモニター、リコの周りにあった物が次々にふわふわと浮かびはじめる。まるで無重力になったかのように。リコからほとばしる光はもはや部屋全体を包み込んでいたが、なぜかセシルたちはその中の出来事をはっきりと見ることができた。おおよそセシルが知っている物理現象とは異なる事態が起きている、そう考える他なかった。


「うう……」


 気づいたときには暁のうめき声も小さくなっていた。またいつものように呼吸がしだいに落ち着き、痛みが消えるとともに眠りへと落ちていく。


 リコは暁の危機が去ったことを察すると、手首から手を離した。同時に、フッと部屋中に溢れていた光も消え、ズドン、とそれまで浮いていた物が地面に落ちる。


「わっ!? なにこれ?」


 突然色々なものが音を立てて落下したのでリコは声を上げた。周囲の落下物を困惑しながら見ている。どうやら彼女自身、何が起こっていたのかは詳しく把握できていないようだった。


「……」


 周りで見ていたセシルたちもその光景に何も言えなかった。邑輝は改めて暁の様子を確認する。


「正直何が何やら分からないが……医者の観点から言わせてもらうと、暁の容態は安定している」


 炎の時間は終わった。不可解な点を残しつつも、暁は危機を乗り越えたのだ。


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