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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第八幕『震える舌』編
55/75

055.Resident Evil

 無事研究棟に入った2人はゾンビたちがいるところを極力避けてワクチンの保管室へと向かった。幸いゲームとは違い突然驚かせてくるゾンビ犬も、ロケットランチャーを持って追跡してくる奴もいない。ただ、先に突入してゾンビの仲間入りをしてしまった衛兵はどうやらいるようだった。


「到着~って扉にロックがかかってる。あたりまえか」


 保管室にはタッチ式のカードキーとパスワード入力が必要なようだった。安曇野の能力で無理やり突破もできるが、衝撃でワクチンがお釈迦になる可能性もあるので極力避けたい。


「カードキーはその辺のゾンビから手に入れるとして、パスワードはどうしよう……エーコちゃん、これ何とかできる?」

「少々お待ちを!」


 エーコは入力パッドのカバーを外し、いろいろと調べたあと安曇野に報告する。


「おそらく扉を制御・管理しているサーバーがどこかにあるはずなので、そこに行ければ解除も可能かと!」

「サーバーって……」

「はい! おそらくは研究棟の外だと思います!」

「やっぱり~~~?」


 がっくり来た安曇野の心情とは無関係にゾンビは襲ってくる。エーコはそのゾンビを無力化した後、首にかかっていたカードキーを奪った。


「安曇野さん! 1つ試したいことがあるのですが、よろしいでしょうか!」

「え? うんいいわよ~」


 エーコはカードキーをかざし、入力パッドにパスワードを入力した。すると、ピコンと音が鳴って保管室への扉が開かれたのである。その光景に安曇野は目を丸くした。


「え!? どうしてパスワードが分かったの?」

「はい! パスワードが『123456』でした!」

「え……?」

「パスワードとして最も使われている文字列を試しに入れてみたら見事に開きました!」

「わ、わあ……」


 本来は保管室に入ることを喜ぶべきなのだが、安曇野はなんとも言えない気持ちになった。これを読んでいる読者の皆さん、パスワードを安易な文字列にしていないだろうか? 世界で最も利用されているパスワード文字列は毎年発表されている。安易な文字列を使っているとあなたや企業の大切な情報が簡単に盗まれてしまうぞ! これは物語とは全く無関係の、サイバーセキュリティに対する注意喚起である。


 何はともあれ、保管室に入った安曇野は冷凍保管されている大量のワクチンの中から後天性細胞硬化症候群のものを探しはじめる。幸いここにも電気はしっかりと届いているようで、高温でワクチンがダメになっているということはなさそうだ。その代わり、ひどく冷えて手がかじかむのでエーコに時々手を握ってもらいながら作業を継続する。


「はい、発見!」


 ワクチンを見つけた安曇野は必要な分を保冷ボックスに入れた。後は脱出するだけだ。


「入口から脱出は危ないけど……エーコちゃんがいれば何とかなるかな」

「お任せください!」


 足早に入口へ戻る2人だったが、通路を曲がったところで不測の事態が発生した。そこにはゾンビではなく人間がいた。2人はおそらく衛兵、そして1人は少女だった。


「貴様ら何者だ!?」


 衛兵が銃を構える……よりも早く、エーコは彼らに肉薄していた。スタンガンで瞬く間に2人を無力化し、最後に少女へ攻撃を仕掛ける。だが、その攻撃が少女に届くことはなかった。


「あれ?」


 自分の手のひらが、何らかの力によって少女に接触する前に止まっている。だが、それが何によるものなのかエーコには判断つかなかった。目に見えない何かだ。


「あなたたち……だれ……?」


 少女がかすれたような声で尋ねる。安曇野はどうしたものかと思ったが、自分たちの正体を言うわけにはいかないのでごまかすことに決めた。


「私は~ゾンビが好きでこの研究所に潜り込んだゾンビマニアの一般人です~」


 自分でもこれはないと思いつつも、とっさに良い考えが浮かんでこなかった。さて、少女の反応はいかに。


「どうして……2人を攻撃したの?」


 少女は自分の足元で気絶している衛兵を見ながらそう呟く。


「いや~無許可だったからバレたらまずいの~。お姉さんたちのこと、黙っててくれる?」

「……だめ……この研究所で見たものは詳細に報告する……そういう約束」

「お姉さんたちはこの研究所で起こった事故とは関係ないんだけどな~」

「……」


 少女は押し黙った。次に少女が安曇野に返したのは言葉ではなく、衝撃波だった。


「うぐっ!?」


 不可視の力で安曇野は吹き飛ばされた。なんとか体勢を立て直し、冷凍ボックスを確認する。どうやらワクチンは無事のようだった。


「お、お姉さんたち急いでるから、なるべく穏便に済ませたいんだけど……」

「……」


 やはり少女は何も答えない。死角になっていたエーコが仕掛けるが、やはり攻撃は届かず逆に衝撃波で壁にたたきつけられてしまう。少女は間髪を入れずに安曇野に視線を向ける。また衝撃波が来るのかと身構えたが、今度は違った。


「……ッ!」


 呼吸ができない。安曇野は息苦しさに体を強張らせ、のどを掴む。そこに来て安曇野はこの少女の能力を理解した。空気だ。あの衝撃波も、今自分が息ができないのも、空気を操る能力なら可能だろう。


 安曇野はその場から後退した。もしかすると能力の有効範囲があるかもしれないという希望的観測からだったが、角を曲がり少女の姿が見えなくなっても自分ののどが空気を取り込むことはなかった。


 ついに動けなくなった安曇野はその場で膝をつく。カツカツカツ、と靴音がする。角から姿を現した少女は、安曇野を見つけるとゆっくりと近づいてくる。


「にげても……ムダだよ……」


 息苦しさと戦いながら、安曇野は伏せた視界の中で地面のある一点を見つめる。


「……殺さないけど……拘束はさせてもらうね」


 次第に視界が暗くなってくる。


「もう……聞こえてないかな」


 ついに安曇野の視界の中に、少女の小さな足が現れる。


 ボンッ! という炸裂音とともに、少女の足元で爆発が起きた。


「え、あ?」


 突然のことに少女はしりもちをつき、何が起きたのかを確かめるために自分の足を見た。爆発で靴が吹き飛び、火傷のできた自分の足を。それを認識した途端、足の痛みが脳を突き刺す。


「ううううううう!」


 少女は自分のふくらはぎを掴んで呻いた。安曇野は逃げながら《ハート・ロッカー》で地面を爆弾に変えていたのだ。少女が追ってきたときに迎撃できるように。


「エーコちゃん!」


 安曇野は少女に駆け寄りながらエーコを呼んだ。すぐさま姿を現したエーコは少女と安曇野の姿を確認し、驚嘆した声を上げる。


「流石です安曇野さん! とどめを刺しますか?」

「刺さないから! 救急セット持ってない!?」

「どうぞ!」


 一体どこから出したのか、エーコは救急セットを安曇野に手渡した。安曇野は少女の足に応急処置を施しながら話しはじめる。


「能力見せちゃったから話しちゃうけど、私たち横須賀コミューンから来たの。どうしてもこの研究所で作ってたワクチンが必要だったから……」


 少女は、自分の足を治療する安曇野の姿を見ながらじっと話を聞いていた。


「信じてくれるか分からないけど、この研究所で起きたバイオハザードとは私たちは無関係。ここに来てからはじめて知ったのよ」

「……」

「私たちはこれから横須賀に戻るけど、それまで私たちのことは黙ってくれると嬉しいな~」

「だめ……報告する」

「……そりゃそうよね」


 足の応急処置は終わった。よし、と言って安曇野は立ち上がる。


「ただの応急処置だから、ちゃんと後でお医者さんに診てもらってね」

「……いいの? 言っちゃうよ?」

「一応保険をかけておきました」

「保険?」


 安曇野は少女に向かってにっこりと笑った。


「私の能力は触れたものを爆弾に変える《ハート・ロッカー》。さっき応急処置している間にあなたの体を爆弾に変えさせてもらったの」

「……!」


 少女は目を見開いた。


「もし空港で衛兵の人たちに止められたりしたら起爆しちゃいます。無事に戻れたら解除するからね」

「……」

「それじゃあ行きましょうかエーコちゃん」

「はい! わかりました!」


 2人は少女を残してその場を離れた。今度こそ一直線に入口まで向かう。


「お見事でした安曇野さん!」

「えへへ、実はあれ嘘なのよね~」

「そうなんですか!」

「うん。あの子に爆弾なんて仕掛けてないし。仕掛けたとしてもそこまで遠隔で起爆なんてしたことないからできるかどうかも分からないの~」


 あはははは、と笑いながら安曇野は走る。もし少女がそのことに気づいて空港を閉鎖されてしまったらどうしよう、と冷や汗をかきながら。


 幸いにして、2人の帰還が妨げられることはなかった。


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