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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第八幕『震える舌』編
54/75

054.微笑みの爆弾

 ヴィルヘルムスハーフェン。ここは海が近いために魔甲虫の動向を察知しやすいことと、冷却水を大量に確保できるために原子力発電所を動かしやすいという2点において他の港町と同様にコミューンに適した場所だった。


「事故、ですか……」


 昼過ぎにこのコミューンに到着した安曇野は早速製薬会社に向かったのだが、そこにあったのは閉じられた門と一枚の張り紙だった。


『閉鎖 バイオハザード発生区域 ヴィルヘルムスハーフェン防衛隊』


 安曇野がちらっと横を見ると、衛兵と思わしき男が遠くから見つめている。どうやら銃も持っているようだった。その表情は窺い知れなかったが、じっとりとした緊迫感が安曇野の肌を刺す。この場に留まれば、無用に警戒を強めてしまうだけだろう。


「……出直しましょうか」

「はい!」


 エーコの元気な返事を聞いて、安曇野はその場からそそくさと退散した。街中で色々と聞きまわったところ、バイオハザード自体はすでに終息したものの、原因となった製薬会社は業務停止命令を食らい、改善対応に上層部は追われ、社員たちも他の製薬会社などに移るなどして散り散りになっているらしい。


 中にはこのまま倒産するのではないかという話も出てきていた。


「安曇野さん! 私が製薬会社に侵入してワクチンを盗ってきましょうか?」

「う~ん。ちょっと待ってね~」


 可能な限り荒っぽいやり方はしたくない、というのが安曇野の正直なところだった。社員が他の製薬会社に移ったということは、ワクチンについても他の会社で製造されている可能性もある。安曇野はヴィルヘルムスハーフェンの製薬会社を調べ、確認して回った。だが、後天性細胞硬化症候群のワクチンについてはどの製薬会社でも取り扱っていないようだった。


「う~ん」


 最後の製薬会社から出てきた安曇野は空を仰ぎ、後ろからついてきているエーコにこう言った。


「よし、時間もないし製薬会社に侵入してワクチンを入手しちゃいましょうか」

「はい! 夜まで待ちますか?」

「ううん、今から行っちゃいましょう~」


 2人は再び閉鎖された製薬会社の前へと戻って来た。当たり前のように衛兵の見張りもいる。


「どこかいいところはないかな~」


 安曇野は製薬会社……ではなく、会社周辺にある建物を見て回った。そして「ちょうどいい」空き家を見つけ、その中にずかずかと入っていく。どうやらだいぶ前から人は住んでいないようで、中はボロボロだった。


「ここにしましょうか」


 そう言うと、安曇野は家の中の柱や壁にペタペタと触りはじめる。いったい何を実施しているのか推論できるデータが存在せず、エーコはじっと安曇野の後姿を追っていた。


「終わり。それじゃあエーコちゃん出ましょうか」

「はい!」


 空き家を出て、しばらく歩いた後、安曇野はエーコに振り向いた。


「これから一緒に行動するからエーコちゃんにも私の能力を知っておいてもらった方がいいと思うのよね~」


 そう言うと、安曇野は指をパチンと鳴らした。


 ――すさまじい轟音が響き渡り、少しだけ間を置いて大量の土煙がその周辺に立ち込めた。あの空き家が倒壊したのだ。


「私の能力 《ハート・ロッカー》は触った物を爆弾にできるの。これならあの衛兵の人たちも持ち場を離れてるんじゃないかしら?」


 ウインクをする安曇野にエーコはぱちぱちと拍手を送った。門の近くまで来たが、目論見通り衛兵はその場を離れているようで、姿が見えない。


「よし! それじゃあ侵入しちゃいましょう~」

「了解です!」


 敷地内に入った2人は地図を確認しながらワクチンの研究棟へと急ぐ。だが、その研究棟の前にも衛兵が3人いた。


「……んん~?」


 安曇野が首を傾げたのは、その衛兵の配置が奇妙だったからだ。本来は入口を守るはずの衛兵が、逆に入口を見張るような配置についている。肝心の入口は扉が壊されているようで開けっ放しの状態だ。


「血痕が見えます!」


 エーコの言葉に安曇野は目を細める。確かに入口の付近に赤黒いものが見えた。


「これは……」


 安曇野が言葉を発する前に事態は動いた。衛兵の2人が入口に向かって銃を構える。すると、入口から人間が飛び出してきた。いや、果たしてそれは人間だったのか。歯をむき出してうなり声を上げ、その服はボロボロな上に血痕がついていた。


 衛兵はその人物に向かって容赦なく発砲した。その人間が動かなくなったことを確認した後、他の衛兵によって麻袋に入れられどこかへと持ち去られていく。


「『バイオハザード』ですね!」

「え? うん。確かにバイオハザードが起きたとは書いてあったけど……」

「いえ! ゲームの『バイオハザード』です! ご存じありませんか?」

「なあにそれ? ゲームには疎くって」

「『バイオハザード』は1996年に株式会社カプコンが発売したアクションホラーゲームなんです!」

「へ~。100年以上前のゲームなんだ。でも、なんで今その話を?」

「このゲームは生物兵器のせいでゾンビになってしまった人間を倒していくんです!」

「……さっき現れたのが、そのゾンビってこと?」

「似ていると思いました!」


 まるで突拍子もない関連付けに思えたが、確かに状況的にあり得なくもないことだと安曇野は考えた。安曇野たちが移動した敷地内では他の場所に衛兵はいなかった。研究棟にだけ張り付いているのはそこで事故が起き、人がゾンビになってしまったからなのかもしれない。


 インフルエンザウイルス、ヘルペスウイルス、狂犬病ウイルス。感染後に幻覚や異常行動を起こさせるものがあることを安曇野は知っていた。それらのウイルスは変異を起こしやすく、人の行動を完全に狂わせてしまうものが生まれてしまう可能性もゼロとは言えない。


「……なんにせよ、私たちはあの中にあるだろうワクチンを手に入れなきゃいけませんから、衛兵たちにはご退場願うしかありませんね~。エーコちゃん、殺さずに無力化できます?」

「お任せを!」


 言うや否や、エーコは颯爽と飛び出していった。そこに何の作戦も工夫もない。単純に人間の目では追えない速さで近づいてスタンガンで気絶させるだけだ。リコには簡単にあしらわれたその技は、3人の衛兵相手に面白いほどあっさりと決まった。


「どうぞ!」


 倒れている3人には目もくれず、エーコが安曇野を呼ぶ。その見事な手際に安曇野は拍手しながら物陰から出ていくのであった。


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