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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第八幕『震える舌』編
53/74

053.思いは海を越えて

「うううううううううぅー」


 その姿をリコは生涯忘れることはないだろう。


「うううううううううぅー」


 体がベッドに固定され、うめき声をあげながら身じろぎしている風早暁がそこにいた。手足はびくびくと痙攣し、顔は引きつっている。およそ昨日見た暁のおちゃらけた雰囲気からは想像できない姿だった。


「なによこれ」


 リコの呟きに、バイタルをチェックしていた邑輝が振り向いた。


「キャンディ君か、ちょうどよかった。話がある。こちらへ来てくれ」

「……わかったわ」


 邑輝は他の看護師にその場を任せるとリコと一緒に会議室に移動する。そこには霧羽、セシル、ロジェそして安曇野がいた。全員揃っていることを確認すると邑輝は話しはじめた。


「改めて状況を説明する。風早暁の後天性細胞硬化症候群が発症した」

「それって、あいつがコールドスリープしてた原因……だっけ?」


 リコの質問に邑輝は頷く。


「この病気はウイルス性疾患であることが分かっている。潜伏期間は最長で2年。発症すると……」


 邑輝は次の言葉を少しためらう。それはリコたちのことを思った故だった。


「発症すると6日ほどで死亡する。発症後に助かった前例はない。つまり死亡率100%の病気だ」

「……まさか私たちを集めておいて『お悔やみ申し上げる』とでも言うつもりか邑輝」

「むろん違う。希望はある。微かだが」


 邑輝は霧羽の前に1枚の手紙を置いた。リコたちもそれを覗き込む。ヴィルヘルムスハーフェンから来ていた治療ワクチンの治験依頼の手紙だ。


「それは知っているが、届いていないんだろう?」

「ああ、昨日送った催促状もあちらに届くのは2日後、そこからワクチンが届くのにさらに2日といったところか」

「それじゃあワクチンは間に合うんですね?」


 セシルの言葉に邑輝は少しの間押し黙る。


「懸念すべき点が3つある。1つ目、なぜヴィルヘルムスハーフェンは一度目の依頼の時にワクチンを送って来ず、今も連絡がないのか。2つ目、そもそもこれは治験依頼であって、有効性と安全性は保証されていない。そして3つ目……このワクチンは発症前に定期的に投与することで発症を抑えるもので、発症後の使用は想定されていない」

「それで?」

「後者2つは私たちではどうしようもできない。効くことを祈る。それだけだ。だが祈るためにはワクチンが必要だ。1つ目の懸念点を解消しておく必要がある。そのために、こちらからヴィルヘルムスハーフェンに使いを出そうと思う」

「誰を出すつもりだ」

「安曇野くんだ。現地の人間とコミュニケーションを取る必要があるからな。知識のある者が向かったほうがいい。それから防衛隊から2人ほど出してもらうぞ」

「……ワクチンを取りに行くのに2人もか?」


 霧羽と邑輝の視線が交差する。


「もしもヴィルヘルムスハーフェンで何らかの緊急事態が起きていても私たちはワクチンを手に入れなければならない。状況によっては研究所に侵入してワクチンを奪取することも考えられる。安曇野くんの名前を挙げたのはそういう意味も含んでいる」

「……」

「必要になる場合も考えて銃火器も持ち込ませる。四十六室の権限で追浜(おっぱま)空港での荷物検査をパスさせてな」


 霧羽はこめかみに指を当ててしばらく黙っていたが、ため息をついて提案を許可した。


「いいだろう。コミューンにとっても奴を失うのは痛い。連れて行く2人は鹿野と……」

「お待ちください!」


 霧羽の言葉を遮って、会議室に乱入者が現れる。エーコだ。


「暁さんのために私も協力したいです! 私に行かせてください!」

「貴様のような信用できん奴に行かせられるか。防衛隊から……」

「私に行かせてください!」

「だから」

「私に行かせてください!」


 霧羽の顔に青筋が立ってきたところで、邑輝が割って入った。


「彼女は風早暁の危機を知らせるために私の家の窓ガラスを割ってまで伝えに来てくれた」

「後で修理いたします!」

「それは助かる……彼女の行動から私は信用しても構わないと考えているが、フリークスの3人はどう見る?」


 邑輝の問いかけにフリークスの3人がそれぞれ答える。まずはセシルの弁。


「信用できるかどうかは判断が付きません。ただ、誰の命令にも素直にしたがっているのは確かです」


 リコの弁。


「知らない。ただ防衛隊の誰よりも強いわよ。それこそ鹿野さんよりも」


 ロジェの弁。


「信用できるよ。僕と一緒にゲームで遊んでくれるから」


 3人の言葉を聞いて、邑輝は霧羽に言った。


「決まりだ」

「何が決まりだ?」

「ヴィルヘルムスハーフェンには安曇野くんとエーコくんに行かせる」

「冷静だとはとても思えん。こんなロボットを信用するのか……」

「ロボットじゃなく、うちのフリークスを信用するんだ」


 邑輝はエーコに近づき、彼女に命令を与えた。


「エーコくん。きみはこれから安曇野くんと一緒にヴィルヘルムスハーフェンコミューンに行き、後天性細胞硬化症候群のワクチンを手に入れてもらう。基本的には安曇野くんの指示に従えばいい。もし安曇野くんが危険にさらされた時は全力で彼女を守れ。その際、必要があればあらゆる行為を許可しよう」

「わかりました! ただし、邑輝先生は管理者権限をお持ちでないので、邪魔者の殺害などは実施できません!」

「どこまでならできる?」

「殺害の判定は『私の攻撃行動から1分以内に対象の心肺停止/脳死が発生する場合』なので、骨を折ったりするくらいなら可能です!」

「ではそれでいこう」

「承知しました!」


 元気のいいエーコの返事を聞いて、今度は安曇野の方に向き直る。


「安曇野くん。さっきから物騒なことも言っているが、穏便に済ませられればそれが一番だ。やるべきことはワクチンの入手。必要であればエーコくんの力を使っていい。君も危険だと思ったら能力の行使と精霊(エレメンタル)魔装(ヴァッフェ)の使用を躊躇わないように」

「は、はい~」


 若干頼りない返事をする安曇野だが、邑輝は彼女がちゃんとこの任務を遂行できるだけの能力を持っていることを確信していた。邑輝は2人を出発の準備に向かわせると、次はその場に残ったフリークスの3人に話した。


「君たち3人にもお願いがある。さっき言った発症から6日はあくまで平均値だ。風早暁がワクチン入手前に死んでしまっては意味がない。だから彼自身の生きる気力を保つために君たちには彼の近くにいてほしい。彼は君たちに特別好意を向けているからな」


 邑輝のお願いに3人は頷いた。


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