051.エクレール
「んぎっ!?」
開始早々地面に突っ伏したのは真夜のほうだった。
「な、なんじゃぁこりゃあ!?」
「自己紹介の時に言っていなかったが、俺の能力は重力を操る《インターステラー》だ」
「自己紹介の時に言いんさい!」
五体投地の状態で真夜は叫ぶ。だが、彼女は叫んでいるだけではなかった。突然、まるで暁の能力などなかったかのように平然と立ち上がった。
「おお……」
「ふん。重力くらいでわしは縛り付けられんわ」
「素晴らしいことだ。俺も相手を縛り付ける関係なんて望んでいないしな」
真夜は暁に向かって手のひらを向ける。そこからバチッという音とともに暁に向かって雷光が迸る。だが、その雷光は突如方向を変え、地面に落ちてしまった。
「んあ?」
「電気は電子の流れ、そして電子は重力の影響を受ける。素敵なアプローチだったが、その攻撃は俺には届かない」
「思うたよりやるなワレ。だが、これはどうじゃ?」
真夜が何かを招き寄せる手ぶりをすると、暁の腕が自分の意志とは無関係に動き、自らの首筋に《インターステラー》の刃を当てた。
「……まいった」
暁は首筋に当てられた刃を冷静に見ながら、降参を宣言した。この世には4つの力があるが、そのうち生活していて認識できるのは電磁気力と重力くらいのものだ。逆に言えば、生活の中で感じる力は電磁気力と重力に分別できるということでもある。人が体を動かす時の力も例外ではない。当然それは重力ではないので、電磁気力ということになるわけだ。真夜は電気……電磁気力を操って人の体を操り人形のように動かした。それを理解し、暁は潔く負けを認めたのである。
「ふふ、これで2つめの実験も成功じゃな」
「目的が達成できたようでなによりだ。次は一体何をするんだ?」
「帰るわ。そろそろ限界じゃ思うし」
「限界?」
その時、突然真夜の姿がノイズがかったように揺らめいた。
「それじゃさよ……なら。この次を……してい…………」
しだいにそのノイズは大きくなり、真夜の声も十分に聴き取れなくなってくる。そして、プツンとテレビの電源が落ちるように真夜の姿がかき消えた。念のため重力波の確認をしてみるが、制御室の中には暁とベティ以外に反応はない。
「な、なんだったのアレ?」
「分からない。とりあえず防衛隊には報告しておこう」
「私も、ナンブーコさんに話しておこ」
暁は制御室のモニター・計器を確認し、とくに問題はないことを確認する。制御棒は完全に差し込まれた状態になっていた。
「この制御棒ってやつ何なの?」
「原子力発電はウラン235って元素に中性子を当てて核分裂をさせ、そこから出てくる熱エネルギーを発電に使ってるんだ。その分裂時にも中性子が出て、それがまたウラン235に当たり……とどんどん反応が続いていくことになる」
「ふむふむ」
「その連鎖反応を制御するのがこの制御棒なのさ。制御棒は中性子を吸収する元素でできていて、挿入の度合いによって核分裂を制御できるんだ」
「ははあ、じゃあ全部入ってる今の状態だと核分裂が続かないってことだね」
「その通り。おそらく警報を聞いた人間が逃げる前にすべて差し込んだんだろうな」
とりあえず計器を狂わせていると自供した奴はいなくなった。原発の再起動は専門家に任せて、あとは帰るだけである。ある意味で、暁にとって本番はこれからであった。
「さて、俺たちがやらなきゃいけないことは終わった。これからは2人の親睦を深める時間だ」
「ええー、私は直帰したい気分だよ。結構緊張してたしさぁ」
「帰り道でも親睦は深められるさ。ここは人類の英知の結晶だが、君と愛を語るのには向かないからな」
暁は原発の外に出て定期報告をセシルに入れた。おそらくしばらくすれば避難指示が解除され、避難した人たちも戻ってくることだろう。それまでのわずかな時間、静まり返った街を暁とベティは歩いていく。
「人がいないというのはなかなか悪くない。まるで君と朝帰りしている気分に浸れる」
「う~ん。最悪な例えだね」
そう言いつつも、ベティはいつもの微笑を絶やさない。
「来るときはいろいろ余裕が無かったから言わなかったが……その服、似合ってるよ」
「ありがと。君が言った通り汚れてもいいお古だけどね」
「なら、ベティちゃんのセンスがいいんだな」
2人は当たり障りのない話を取り留めもなくしていった。ベティは色々なコミューンに行ったことがあるらしく、そこでの驚きの文化などをおもしろおかしく語っていた。逆に暁は100年前はどんな世界で今と何が違っていたのかをベティに話した。道路を走る車がぽつぽつと現れはじめたころに、話はベティ自身のことに変わっていった。
「さっきデザイナーベビーと言ってたが、ロココちゃんと同じくベティちゃんもナンブーコの実験で生まれたってことなのか」
「そうだよ。私は生まれる子供をフリークスにする実験で、ロココちゃんは普通の人間をフリークスに変える実験ってね。子供の頃はイインセキセの息がかかった幼稚園に通ってたなぁ。ときどきナンブーコさんが会いに来てくれたのを覚えてる」
「へえ、血も涙もない奴だと思ってたが、そんなこともしてたのか」
「血も涙もないのは本当かもね。実験のためにいろんなところから子供を拉致してるってナンブーコさん自身が言ってたし、実験で死んだ子はソイレント・グリーンに加工して横須賀に卸してるらしいよ」
「なるほど。物語なら中盤あたりのボスで出てきて主人公にぶっ飛ばされるタイプだな」
「あっはは! そうだよねぇ。さしずめ私は中ボス側近の女キャラあたりを目指してみるかなぁ」
暁はベティの憂いを帯びた笑みを見て、その感情を推し量った。
「ベティちゃんはナンブーコのことが好きなんだな」
「まあね。いろいろ良くしてもらったから……その裏で何人も殺してるのも知ってるけど」
「いいんじゃないか。両方知っててそれでも好きなら」
「いいのかなぁ」
「原子力発電は人が手にした発電方法の中で一番効率がいい方法だが、それと同じ原理で何十万人も殺せる兵器だって作れる。両方知ってて都合のいい方だけ利用する。変な事じゃない」
「なーんか騙されてる気もするけど……まあそれでいっか」
ベティの表情が少しだけ晴れやかになったのを確認して、暁は満足した。ナンブーコのことは嫌いだが、ベティとの穏やかな時間以上に優先すべき感情ではない。結局その日はそのまま別れたが、暁の「ベティと親睦を深める」という目的はどうやら達成できたようだった。
◇
ベティは暁と分かれた後、ロココと合流してナンブーコに事の顛末を報告していた。以前暁たちを招いたのと同じ部屋だが、今はカーテンは開け放たれて外のビル群と遠くの海がよく見える。ベティは景色がいいのでこの部屋が好きだった。米粒みたいな大きさの人や車、船の様子を眺めているだけで何時間だって暇が潰せる。ベティはそういうタイプの女の子だった。
「と、言うわけでした」
「ふうむ」
ベティの報告を聞いてナンブーコは眉をひそめた。その表情を見てベティは「あ、今回は本当に関わってないんだ」と確信する。時々、本当に物語のラスボスを目指しているのかと勘繰るほどに、ナンブーコはいろいろな出来事に噛んでいるのだ。
「帝国海軍 安全監督室 情報調査隊 二等監察官、それにユーフォリアか。調べさせておく。ご苦労だったな」
「はい。私はこれで」
「あの男」
部屋から出ようと背を向けたベティにナンブーコは声をかける。慌てて姿勢を正したベティに、ナンブーコは少しだけ口元が緩んだ。
「風早暁の様子はどうだった?」
「相変わらずですねぇ。勘違い二枚目ナルシストって感じです」
「ふっ……」
少しだけ吹き出したナンブーコを見て、ベティは浮足立つのを感じた。
「わかった。また仕事がある。そちらも頼むぞ」
「もちろんです。ナンブーコさん」
深々とお辞儀をした後、ベティは部屋を後にする。そして、少しだけ軽快に歩きはじめるのであった。




