049.ニシエヒガシエ
「信じないとは思うけど、この件にナンブーコさんは関係ないよ。君から電話もらった後話したけど、行くこと許可してくれたしね。君の名前聞いたら嫌な顔してたけど」
「まあ、そうでしょうね……」
暁の電話を受けてやって来たベティの言葉にセシルは頷いた。暁を含めて3人は久里浜の公園で合流し、今の状況をベティに共有したところだった。
「まあ、犯人探しは後でもいいさ。今は原発の方をどうにかしないとな」
「そーだね。私が水を操って中性子線が入ってこないようにすればいいんだよね?」
「その通り。大体2メートルくらいの厚さでドーム状にして、俺たち2人でその中に入る感じで」
「OK」
ベティが近くにあった蛇口をひねって水を出す。その水にベティが手を触れると、まるで重力が無くなったかのように自由自在に変化していく。すぐに暁が考えていたドーム状の水の塊が出来上がった。
「どう?」
「流石だ。完璧だよ。これでいけそうだ」
「風早さん、これを」
セシルは見たこともない機器を2つ暁に手渡した。
「これは?」
「サーベイメーターです。中性子線用のものとベータ線、ガンマ線用のものを」
「……最近のはこんなに小さくなったのか」
「相手が電子機器を狂わせるのか、放射線を自在に操るのかは分かりませんが念のために持っておいてください。定期連絡は忘れずにお願いします」
「わかったよセシルさん。それじゃあ行こうかベティちゃん」
ベティは操っていた水を自分と暁の周りに移動させる。少しひんやりとした空気が暁を包み込んだ。水を通ることで周囲の音も幻想的に反響し、水面で歪んだ太陽の光が暁たちに降り注ぐ。その非日常的空間に思わず暁は「ほう」と感嘆の息を吐いた。
「素晴らしいな。この光景を一緒に見たカップルは永遠の愛で結ばれる、なんて逸話が作られそうだ」
「まあ、私と暁くんしか見たことないからそんな噂立たないけどね」
「でも、俺が周囲にベラベラと喋ったとしたら……?」
「やめてほしいなぁ~」
お約束のように軽いコントの応酬を行った後、セシルに手を振り暁たちは原発を目指して歩きはじめた。
原発から300m地点。
「……」
しばらく歩きながら暁はじっとサーベイメーターの値を見ていたが、一般的に空間を飛び交っている放射線量と比べてとくに大きな変化は見られない。
「水は中性子線を弱めるって言ってなかった? この中で見て意味あるの?」
「中性子線は確かに弱くなるが、ガンマ線はそうでもないはずなんだ」
暁は地図を確認する。10分前に更新された測定局の値によると、この辺りの空間放射線量率は3Gyにもなるらしい。しかし、2つのサーベイメーターは一般的な値を示している。
だが、
「なに!?」
「え、どうしたの?」
暁の見ていた2つのサーベイメーターの針が同時に振り切れた。両方最大の尺度に変更してみたがやはり振り切れたままになる。
「少し後退しよう」
「わかった」
2人が踵を返し、少し歩いたところで針は正常な状態に戻る。暁がサーベイメーターについている棒状の機器に手のひらを当てると、その針がほぼ0を指し示した。
「……」
「なに? どういうこと?」
「俺たちフリークスはガンマ線を通さない。このサーベイメーターの検出器部分を俺が覆い隠して値が0になるということは、正常に機能しているらしい」
「じゃあ、さっき振り切れたのも正常な値ってこと?」
「……少し前進してみよう」
2人が再び前進する。すると、また針が振り切れる。そこで暁が検出器に手のひらを当てると……針は相変わらず振り切れたままになった。
「あれ?」
先ほどサーベイメーターが正常に稼働していることは確認した。にもかかわらず、ガンマ線を完全に防ぐはずの暁が触れても数値は変わらない。それは針の動きがガンマ線量とは無関係であることを示していた。
「何かがサーベイメーターを狂わせている。おそらく、フリークス。この辺りの測定局が軒並みおかしな値を示しているのも、原発で警報が鳴ったのもこれのせいだな」
「じゃあ、実際には放射能汚染は起きてないってこと?」
「その可能性が高い」
「この水、もう解除しちゃう?」
「いや、まだこの状態を維持しよう……それとも疲れてきたかい? 戻って休もうか?」
「ん~ん。まだ大丈夫」
原発から100m地点。
今度はサーベイメーターの針が突然正常な値に戻った。暁が検出器に手を当てると、針が0を指す。
「法則性が良くわからないな……」
「だねぇ」
「とりあえずこのまま原発の中まで行こうと思うけど……いいかな?」
「うん。いいよ。なんで?」
「もしかすると、原発の中にはこの現象を作り出してるフリークスがいるかも」
「ああ、確かに戦いになるのは勘弁願いたいかな……」
「まあ、たとえ戦いになったとしても君に指一本触れさせはしないさ。ベティ、君は俺が守る」
「よくそんなセリフ恥ずかしげもなく言えるよね~」
原発前。
原発の敷地内に入ろうとしたその時、暁の携帯に着信が入った。セシルからだ。
「セシルさん? どうしたんだ?」
『今各地の測定局のデータが更新されたのですが……すべて正常値に戻っていました』
「すべて? 全部の測定局のデータが一斉に正常値に戻ったのか?」
『そうです』
「……ありがとうセシルさん。俺たちはちょうど原発に到着したところだ。制御室に行って異常がなければすぐに出ようと思う」
『はい。気を付けて』
電話を切ると同時にサーベイメーターを確認するが、やはり正常値だ。
「さて、ちょっと危険なデートになりそうだが、最後まで付き合ってくれるかな」
「乗りかかった船だし、最後まで付き合うよ。まあでも……」
ベティは目の前の建物を見ながら呟いた。
「初デートが原子力発電所は流石にないよね」




