048.真夏の扉
食事の後、すぐに運動すると脇腹が痛くなる。どうやらそれはフリークスでも例外ではないようだ。懐かしい痛みを表情に出さずに暁はセシルを駆け足で探す。お腹が痛い、というのは女性を諦める理由にはならない。
「セシルさん」
「風早さん。どうしました?」
防衛隊本部の廊下の途中でセシルに追いついた暁は、さっと彼女の進行方向に体を滑り込ませる。
「セシルさん。俺はあなたのことが好きだ。愛してる」
「はあ。あの、私少し急いでいて……」
「これから原発に向かわなきゃいけないから?」
「――」
一瞬、セシルの顔に現れた動揺を暁は見逃さなかった。暁は別に勘が鋭いタイプではないし、人の表情を読むのが上手いわけでもない。ではなぜセシルから感じる違和感に気づけたのだろうか? それは彼がセシルを愛しているからだ。
「よければ魂の伴侶である俺に、状況を教えてくれないか?」
「なんですか、魂の伴侶って……」
セシルは額に手を当てて少し考えた後、諦めたように暁をある会議室に案内した。会議室の前には「久里浜原発放射能漏れ対策室」と紙が貼られている。その中では防衛隊員やおそらく専門家と思われる人が話をしていた。暁とセシルは隅の方の席に座り、話をはじめた。
「横須賀コミューンでは久里浜原発の周辺を中心に放射線測定局を配置しています。そして、これが原発で警報が発生した際にもっとも近くの測定局が感知した空間放射線量率です」
セシルから手渡された資料を見て、暁は目を疑った。
「24Gy!? 単位を間違えてるんじゃないのか?」
「いえ、他の測定局も同程度の数値を示しています」
「そんなバカな……」
Gyは放射線のエネルギーが物体にどれだけ吸収されたかを示す単位だ。有名な単位のSvはこれに計算を加えて人体への影響を表すものだが、24Gyを単純な条件でSvに変換すればその値は24Sv。一般人が1年間に受ける自然放射線量の約1万倍。それだけの被ばくをした人間を現在の医療技術で救うすべはない。
「ただ、おかしな点がいくつもあるんです」
「おかしな点?」
「警報が鳴った時点で原発で作業していた従業員は全員退避したのですが、外部被ばく検査をしてもとくに大きな値は検出されませんでした。今のところ急性障害が現れた人もいません」
さらにセシルはその場で横須賀コミューンの地図を広げる。
「そして先ほどの測定局の値なのですが……空間放射線量率の遷移が原発を中心に同心円状に広がっている、という測定結果が出ています」
「なるほど。放射性物質が漏れ出していたら風の影響も受けるはず。同心円状というのはおかしいな」
「はい。この状況から考えると……」
「フリークスが絡んでいると?」
「その通りです」
ふう、と暁はため息をついた。予断を許さないが、状況的にはフリークスである可能性の方が高い。暁にとって24Gyの放射線と戦うよりフリークスと戦うほうがいくらか気が楽だ。
「それで、その原発の調査にセシルさんが?」
「はい。フリークスはガンマ線が効かないので」
「中性子線は別だと思うが」
「普通の人よりははるかにマシです」
「それなら俺でもいいだろう。これがフリークスの仕業なら、もしかすると原発の中で交戦することになるかも」
「あなたはたった1人の男のフリークスなんです。そんな危険なことはさせられません」
「だろうと思った。そこで俺にいい考えがある」
「え、なんですか……?」
セシルの不安と呆れが混じったまなざしに見つめられながら、暁は自身のいい考えをセシルに伝えた。
「つまり、被ばくの可能性が低い状態が作れればいいわけだ」
「確かにそうですが、中性子線を防げるような防護服は存在しませんよね……?」
「その通り。だからこうする」
暁はセシルに自分の携帯の画面を見せた。そこには「ベティ・プライヤー」の名前がある。
「……正気ですか?」
「もちろん正気だ。中性子線は中性子と同程度の大きさの粒子にぶつかった時にもっとも効率的にエネルギーを失う。一般的なのは陽子1個で原子核が構成される水素。水素原子が集まっている水でも同様だ」
「しかしナンブーコと繋がっている彼女の協力を霧羽さんが良しとするとは思えません。まさか黙って呼ぶつもりじゃありませんよね?」
「隠し事には俺も懲りた。真正面から話をするさ。それにちょうど交渉のネタになる話もある」
「まさか、この前のステッピングマンの件ですか?」
「ああ、功績分は融通してもらいたいもんだね」
2人はしばらく見つめあった後、同時に立ち上がり会議室から出ていった。目指すは霧羽のいる幕僚長室だ。さて、ここで男との会話を記述するのは本意ではないので霧羽との会話は省略する。結論としてはイヤそうな顔をしながら許可が出た。奴は人命についての話をすると意外に簡単に折れることが最近暁にも分かりはじめていた。
対策本部から少し離れた階段の踊り場で、暁はベティへの電話を開始した。余計なことを言わないようにセシルも監視についていた。
「もしもし、やあベティちゃん久しぶり。今ヒマ? ……ああ、もう知ってるんだな。そう、そのことでベティちゃんにお願いがあってね。あ、来てくれる? ありがとう。愛してるよ……はは、冗談でこんなこと言わないさ。そうそう、できるだけ汚れてもいい服装で来てほしい。君の気合の入った服はまた今度、2人きりで会うときに見せて欲しいな……」
通話が終わり、暁はセシルにサムズアップした。それを確認すると諸々の準備のためにセシルが動き出す。暁自身も準備のために部屋へと戻っていった。ベティに言った通りに汚れてもいい……けれども女性に会っても問題ない最大公約数的な服へ着替えるために。




