047.冒頭にあたり、先ず電傑が吠える
その日ぐっすりと眠っていた暁は、ハッと目を覚ました。起きた瞬間に自分がなぜ目覚めたのかを理解する。体が揺さぶられ、机の上に置いてあったペン立てなどが音を立てて倒れていく。地震だ。
ミシミシと部屋中がきしむ音が暁の心の中の不安感をしだいに大きくさせていく。間違いなく震度6以上はある地震だった。1分ほど続いた揺れもしだいに小さくなっていき、反比例するように暁の冷静さが戻ってくる。
「こうしちゃいられない」
暁はベッドから飛び起きる。物が少なかったおかげもあって部屋の中でメチャクチャになっているのは机の上くらいだった。急いで外に通じる扉を開け放つ。どうやら歪んで開かなくなっている、という事態は発生していないようだ。と、そのタイミングでサイレンが鳴り響いた。
『地震発生。地震発生。近くの高台へ避難してください』
それが一般市民用の警告だと理解した暁は、支給品の携帯を確認する。そこには防衛隊本部からのメールが1通だけ来ていた。内容は「別命あるまで待機」。
暁はすぐさま安否確認のメールをセシル、リコ、ロジェに打ち、同時に舌打ちした。エーコは携帯を持っていないのだ。
「暁さん」
噂をすれば影。振り向くとそこにはエーコがいた。
「エーコ! 心配したよ。無事でよかった」
「外傷確認します」
「Oops!」
エーコはいきなり暁の服を脱がしにかかった。フリークスにはX線が通らないので目視チェックでしか外傷を確認できないのだ。瞬く間に暁はすっ裸にされてしまう。
「外傷なし。ガス漏れなし。火の元なし。ブレーカーを落としても良いでしょうか」
「ああ、もちろん」
つかつかとエーコは移動し、部屋のブレーカーを落とす。そこではじめていつもの笑顔を見せる。
「暁さん! 机のお片付けをしてもよいでしょうか!」
「ああもちろん。ついでにさっきの続きで俺の体をじっくり観察してもいいよ」
「それ、命令ですか?」
「命令じゃないさ」
エーコは地震で散らかった机に向かい整理をしはじめる。ふと、携帯を見ると3人全員から返信が返ってきていた。どうやら全員無事のようだ。ひとまずの安堵。そしてその夜は結局、暁たちに出動命令等が下ることはなかった。
翌朝、食堂にはほとんど防衛隊員の姿が見えなかった。クラマスTVでは昨夜発生した地震についての報道が流れている。コミューン各地で家の倒壊、火事、土砂崩れなどが発生し、その対応に防衛隊も追われているようだ。
「暁~、おはよう」
暁の隣に、ロジェが座ってくる。
「やあ、ロジェちゃん。今日も可愛いね」
「聞いてよ~。今日の防衛隊待機、僕に変更になっちゃったんだよ」
「ロジェちゃんが待機? 土砂崩れの対応とかした方がいいように思えるが……」
「だからだって。各地で土砂崩れ起きてるから、土砂を退けてスムーズに移動できる僕が防衛隊待機に適任って言われたよ」
「なるほどね」
確かに地震が来たから魔甲虫が配慮してくれるわけもない。それを考えると妥当な判断だろう。
「ま、私たちも待機の命令が解かれていない以上、防衛隊から出られないけどね」
暁の向かいに、リコが座ってくる。
「やあ、リコ。今日も綺麗だね」
「それにしてもこんな大きな地震はじめて。あんたのいた時代ってけっこう大きな地震多かったんでしょ?」
「東北とか兵庫とかであったらしいが……俺がまだ生まれる前の話で詳しくは知らないな」
「そうなんだ」
その時、食堂中にサイレンが鳴り響き、続いて放送が流れはじめる。
『久里浜の原子力発電所にて放射能漏れが発生しました。住民は屋内に退避し、決して外には出ないでください』
暁はすぐさまテレビを確認する。そこには発電所から500m圏内は避難指示、10km圏内は屋内退避と書かれている。暁のいる防衛隊本部は10km圏内に入っていた。
「マズいなこりゃ……」
「放射能が体に悪いってよく聞くけど詳しいこと知らないなぁ。暁ならわかる?」
「簡単に言うと放射能は放射線を作り出す能力のことで、その放射線は高いエネルギーを持っているから体に悪いのさ」
「……高いエネルギーを持ってると体に悪いの? 毒みたいなもの?」
「毒とは違うな……たとえばボールをガラスに向かって投げると、力を入れずに投げればガラスで弾かれるが、力を入れて投げるとガラスが割れてしまう。それはボールが持っているエネルギーがガラスの結合しているエネルギーを超えてしまったからだ」
「うんうん」
「同じことが体内でも起きる。高いエネルギーの放射線が入ってくると、俺たちの体の設計図であるDNAの結合を破壊してしまって体を作るための機能が壊れてしまうってわけだ」
「へー。それって部屋の中に居れば問題ないの?」
「放射線はアルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線があるが、アルファ線とベータ線は透過力がほとんどないから問題ない。ガンマ線と中性子線はコンクリートでかなり弱まるから外に出なければ大丈夫。もっとも、俺たちフリークスはガンマ線自体効かないけどな」
「そっか~。魔甲虫来るなよ~空気読め~」
両手を合わせて祈るようにするロジェを、暁とリコは微笑ましく見守る。今度は話を聞いていただけだったリコが話しはじめた。
「それにしてもコミューンの電気のためとはいえ、そんな危ない物質使わないといけないなんてね。発電所の人たちは大丈夫なの?」
「受けた放射線の量による。ある一定量を超えるとガンのリスクが増えることが分かってるからな……まあ、少量なら大丈夫さ。少量の放射線なら俺たちもいま浴びてる真っ最中だ」
「え? そうなの!?」
暁の発言にリコは思わず席を立った。人がいないからか彼女の声が食堂中にこだまする。顔を赤らめてリコはおずおずと椅子に座りなおした。
「そ、それってマズいんじゃないの?」
「マズい?」
「だって、さっき放射線でDNAが壊れるって言ってたじゃない!」
「そういうことか。大丈夫だよリコ。DNAにはちゃんと損傷を回復する機能も付いてる。ただ、その回復機能を上回るような損傷を受けるとまずいってだけさ」
「そ、そうなんだ……」
リコはほっと胸をなでおろす。
「じゃあ私たちが日常的に受けてる放射線は大丈夫ってことね。っていうかそんな放射線どこから来てるの……」
「割とどこにでも放射性物質はある。空気中にもラドンという放射性物質があるし、俺たちが今食べている米や野菜や……まあ大体の物にはカリウムという放射性物質が含まれている。カリウムは人体に必要なミネラルでもあるから摂取しない選択肢はない」
「じゃあ今こうしている間にも私のDNAが壊れたり修復したりしてるってわけね」
「その通り」
もっとも、君のDNAについてはどんなエネルギーを持った放射線だろうが破壊できないと思うが……と暁は心の中で思ったが口には出さなかった。その時、食堂にセシルも現れる。食事を受け取るとセシルはリコの隣に座った。
「やあ、セシルさん。今日も美しいな……セシルさんは原発の事故のこと、何か知ってるかい?」
「いえ、私は詳しくは……防衛隊のほうでも対応は進めているとは思います」
「大事にならないことを祈っておくか」
「はい。そうですね」
セシルは急ぎ目に食事を済ますと、すぐに食堂から出ていった。その後ろ姿を見て、暁は少しだけ思案に暮れた後、食事のペースを少し早めた。リコとロジェに途中で席を立つことを謝罪したあと、セシルを追う。別にセシルを追いかけまわそうとしているわけではない。暁は少しセシルの様子に違和感を覚えたのだった。




