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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第六幕『アイ・アム・レジェンド』編
46/75

046.渇いた叫び

 結論から言うと、救助した父親は死んだ。病院についた直後だったらしい。極度の緊張状態から解放された時に突然死することが稀にあるが、それだった。


 損壊が激しく可食部が少ない母と娘はそのまま火葬場送りとなり、父親の方は解体された後に横須賀コミューンの食堂で振る舞われることになるだろう。


「人間もステッピングマンも行きつく先は胃袋の中か。平等でいいことだ」

「人間とステッピングマンの扱いは平等ではありませんよ」

「だが人間の家族もステッピングマンの家族も仲は良さそうだったな。全員死んだが。結局美人も皆無でムダ足だったな」

「たとえ誰も助けられなかったとしても防衛隊は動かなければいけません」


 暁の発言にセシルが釘を刺す。事の顛末を話すために暁は幕僚長室に来ていた。


「結果など誰にも分からん。だから防衛隊は可能な限り最善を尽くす。お前はもう少し防衛隊の心得を読み込んでおけ」

「そう言えばそんな冊子をもらっていた気がしたな。気が向いたなら読んでおこう」

「風早さん。ちゃんと読んでくださいね」

「セシルさんの頼みならすぐにでも読破するさ」


 軽薄な態度の暁に霧羽は軽くため息をつく。


「お前の仕事に向かう姿勢はともかく、今回はよくやった。お前がいなかったら犠牲が出ていただろうと報告を受けている」

「あの程度で犠牲が出そうになる隊の未熟さは見直した方がいいんじゃないか? 幕僚長殿?」

「褒めているんだから素直に受け取れ!」


 その時、ドアがノックされた。霧羽が怪訝な表情をしつつ入室を許可すると、目をキラキラさせた若い隊員が入ってくる。


「霧羽幕僚長! 鍋の準備ができました」

「そうか……ステッピングマンを退治するとうるさい奴らもいるが、これだけは役得というやつだな」

「ええ、そうですね」


 セシルと霧羽はステッピングマン料理を食べるために幕僚長室を後にした。暁も部屋から出たが、セシルたちとは逆方向に歩いていく。


「風早さん? 食べないんですか? ステッピングマン料理、かなり美味しいですよ」

「ああ、ステッピングマン料理は苦手でね。部屋に戻っておくよ」


 嘘である。暁はステッピングマン料理など生まれてこの方食べたことなどない。ゆえに苦手かどうかなど判断もできない。


「そうですか……わかりました」

「ステッピングマン料理の良さが分からんとは、人生の半分損してるぞ」

「可哀想に……俺の二倍得しているのにそんな人生なのか」


 青筋を立てた霧羽をセシルがなだめて2人は歩き出した。セシルたちが向かう先からは隊員たちの弾んだ声が微かに聞こえてくる。それに背を向けて暁は自分の部屋へと戻るのであった。


 翌日、復活した団体は再び防衛隊の門前でデモを起こしている。しばらくは続くだろうが、当のステッピングマンが駆除されて出没が少なくなってくるだろうことは明白。そうすれば自然と団体の活動も下火になるはずだ。


 食堂のテレビからは昨日の事件とラクリモーサが駆除されたニュースが流されている。そこでは駆除されて安心したという人のインタビューと駆除に対して遺憾の意を表明している団体の代表者が映し出されている。


「やっぱり感謝してる人もいるじゃん」

「当然ですよ。自分の命よりステッピングマンの命のほうが大事な人なんていませんから」


 テレビを見ながらロジェとセシルが話し合う。今日の献立はなんと白米に玄米が混じっている。独特の噛み応えがあるので暁は結構好きだった。


「昨日のことは……残念だったわね」

「ん? ……ああ、そうだな」


 伏し目がちに話してくるリコに暁は頷いた。おそらく彼女は気を使っているのだ。救助のために向かったのに全員死亡という結果になってしまった暁に対して。その気遣いに暁は感動で身を震わせた。


「俺は大丈夫さ。家族の生死に大した興味があったわけでもないしな」

「……そう」


 リコはTVの画面に視線を移す。そこではまだ代表が話を続けていた。


『勘違いしている人も多いですが、私たちは人命を第一として考えています。にもかかわらずまるで私たちが人命を軽視しているような批判がSNSなどで……いえ話がそれました。ただ、ステッピングマンが出没することは人間側に元々の責任があるのです。その責任から目を背け……』


 じっと画面を凝視していたリコは口を開く。


「私たちだって人命優先してやってんのよ……」

「彼らと私たちでは優先順位と立場と資源が違うんです。だから同じ事象でも行動が変わってくる。しょうがないことですよ」

「まあ、過去の科学者も同じ光を見てそれが波なのか粒子なのかで大激論を演じていたからな。それよりもハッキリしづらい事では余計結論は出ないだろうな」

「科学者でもそういうことあるんだ……数学駆使したり実験したりするから意見の相違なんてないんだと思ってた」

「そうでもない。意外と自分の元々の考えや世界観に振り回されていたりするからな」


 暁の語る科学者の姿はリコの思い描くものと随分と違っていた。なんの先入観もなく目の前の事象を捉えることは、おそらく高度の人工知能を積んでいるエーコでも……いや、高度な知性があるからこそ不可能なのかもしれない。


「それで、どっちだったの?」

「ん?」

「さっきの光の話。波か粒子かで議論してたんでしょ? 結局どっちが正解だったの」

「ああ……」


 リコの質問に暁は笑顔で答えた。


「両方正解だった」

「……え!?」

「光は波に特有の干渉効果も見られるし、粒子と考えると光電効果という現象も説明が可能になる。光は波と粒子、両方の性質を併せ持っているんだ」

「……」


 リコはその回答に絶句してしまった。まあ、にわかには理解しづらい話ではある。だが、それが今の物理学で正しいとされている光の姿なのである。


「……光は波としての姿も正しい、粒子としての姿も正しい。同じようにステッピングマンに対する防衛隊の姿勢も団体の姿勢も正しいとすると、ここからとても憂鬱な結論が導き出せますね」

「wow。聞きたいな、セシルさんの結論」

「あの団体との議論は人類かステッピングマンが消え去るまで終わらないだろう、と言うことです」

「朗報だ。実に素晴らしい。未来の子供たちが議論のない世界で退屈することは、これで無くなったわけだな」

「……」


 今度はセシルが口をつぐんだ。防衛隊の憂鬱はこれからも続きそうだ。そしてその憂鬱の根本原因である横須賀在住のステッピングマンたちは……今日も山の中で人類のことなど大して気にも留めずに自分たちの生活を営むのであった。


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