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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第六幕『アイ・アム・レジェンド』編
45/75

045.Lacrimosa

 重力波は質量のある物体が加速度運動を行ったときに発生する。暁は着信のバイブレーションで発生するわずかな重力波を探知したのだ。


「……」


 大きな木の根元にある横穴の手前で暁は足を止めた。おそらくそれがステッピングマンの巣穴だろう。その巣穴の脇から重力波は飛んできていたのだ。ちょうどその場所に昨日の食事の跡があった。


 暁は肩をすくめてその跡の中からさっきまで震えていた携帯を拾い上げた。横のボタンを押してロック画面を表示させる。赤とひび割れだらけのその中に、楽しそうな笑顔の3人家族が映っていた。


「……なんだ、母子ともにブスだな。参加する必要もなかったか」


 そう呟いた後、暁はステッピングマンの巣穴を後にした。防衛隊の連中に他の遺品の回収は任せて自分はさっさと帰ろうと考えを巡らせる。依頼された捜索は完了した。暁がもうこの場にいる理由など1つも無くなったのだ。しかし、そんな暁の目の前に奴が現れた。


「ほお……」


 身長はおそらく3メートルはあろうかという巨大な二足歩行の生物。顔も含めて全身が深緑のイボのようなもので覆われていて正直サルとも人間ともつかない奇妙な怪物……教科書の中で見たステッピングマンそのものであった。イボだらけの顔面の目の部分に大きな傷がついている。その個体がラクリモーサに違いなかった。


 暁は再び遺品の携帯を開いた。写真の中で母親がつけているネックレスと同じものをそのステッピングマンも付けていた。


「戦利品のつもりか? 豚に真珠だな」

「あ゙あ゙~~~~~~ッ!」


 ラクリモーサが暁に向かって疾走した。



 一方で暁から後を任された防衛隊は父親の保護とステッピングマンの駆除で隊を2つに分けた。保護を受け持った隊は周囲に気を配りながら来た道を戻っていく。しだいに広葉樹の光の傘も少なくなっていき、視界も開けてきた。ふぅ、と隊員が一息ついた時だった。


 ガサ……


「!」


 草の擦れる音に一気に緊張感が増す。銃を構えながら辺りを見回すがステッピングマンの姿は見えない。息を止め耳を澄ませても聞こえるのは風のざわめきと……


「ハァーッ、ハァーッ……」


 恐怖で荒くなっている父親の呼吸音だけだった。


 ガサ……


 今度ははっきりと音の方向を捉えた2人の隊員は銃口をそちらに向ける。少しずつ、音が近づいてくる……そしてその音が自分たちを取り囲んでいることに気が付いた。


「……! くそっ!」


 悪態をつきながら父親をかばうように囲む陣形へと切り替える。数が多い。ラクリモーサ以外のステッピングマンもいたのか、と考える隊員に嫌な汗が流れた。


 ガサ……、ガサ……、ガサ……


 音が、止んだ。


「キエーーーーーーーーーーーッ!!!」

「!」


 甲高い声とともに茂みからステッピングマンが飛び出してきた。1.5メートルほどの個体が3匹。ステッピングマンとしては子供くらいの大きさだが、素手で大人の首をへし折るくらいは平然とできるだけの膂力を持っている奴らだ。だが、隊員たちは自分でも驚くほどに冷静に対処ができた。慌てず、ひきつけて、狙いを定めトリガーを引く。銃声が3回響き、ステッピングマンたちは地面に倒れこんだ。


「よしっ!」

「キエーーーーーーーーーーーッ!!!」


 一瞬の気の緩み、それを待っていたのか茂みから他のステッピングマンたちが現れた。今度はさっきの奴らよりも体が大きい。


「まじかよ!」


 慌てて銃を構える隊員たち、一発、二発、そして三発目の弾丸がステッピングマンのすぐ脇をすり抜けた。


「しまっ……」


 ステッピングマンが隊員に襲い掛かろうとしたその時、なぜかそいつの動きが一瞬ピタリと止まる。その隙を見逃さず隊員はステッピングマンを仕留めた。


「今のはいったい……?」


 ガササッ!


 今度の音は上から聞こえてきた。そして何か黒い物体が木々を飛びながら移動しているのを確認した。それはだんだんと隊員たちから離れていく。遠目からではあるが、ステッピングマンの子供で間違いはなさそうだった。


「まさかあれは……」

「斥候だったのかもしれない。こいつら普通のステッピングマンよりも頭がいいな」

「駆除部隊に伝えます」


 連絡を済ませると保護部隊はがたがた震えて縮こまっている父親をなんとか立ち上がらせて下山を再開したのだった。



 ラクリモーサと戦闘中の暁は、まったく別の方向……隊員たちがステッピングマンに襲われている方向に顔を向けてつぶやく。


「まったく。俺のフォローがないとあんな雑魚も倒せんとはな。もっと鍛えたほうがいいんじゃないか?」


 薄笑いで暁はつぶやく。先ほどステッピングマンの動きが一瞬止まったのは暁の力であった。たとえ姿が見えなくても暁は重力波によってこの山の大型生物の動きを把握していたのだ。


「お前もそうは思わないか、ラクリモーサ」


 暁が視線を向けた先には右腕をだらんと伸ばしたラクリモーサが立っていた。何度かの攻防の後、ラクリモーサの右腕は暁にあっさりと折られたのだ。圧倒的な実力差、それを理解したラクリモーサが次に行ったのは……逃走であった。暁に背を向け、木々の影を利用して姿をくらます。


「なんともつまらん……」


 当然、そんな程度の低い策で暁から逃げられるはずもない。


「……」


 だが、暁はその逃げる背中に追撃を加えなかった。今回は行方不明者の捜索に来ただけであって、奴の駆除に来たわけではない。そう心の中で追撃しない理由付けをした。


「キエーーーーーーーーーーーッ!!!」


 ラクリモーサが視界の先に消えようかというところで甲高い声が別の場所から聞こえてくる。その声に気づき彼は足を止めた。


「ギエッ、ギエッ」

「キエェーーーッ」


 二匹のステッピングマンが会話する声が山の中にこだまする。当然会話内容など分からないが声から緊迫感が伝わってきた。大方、先ほど隊員たちが子供を殺したことを伝えているのだろう。これであいつらもここが危険な場所だとわかったに違いない。暁はそう考えた。もうこいつらに用はない、と隊員たちと合流しようと踵を返したその時だった。


 一発の銃声が響いた。


 ドサリ、という音とともに一匹のステッピングマンが木から落ちてくる。先ほどラクリモーサと会話していた個体だろう。体が小さく乳房がある。メスの個体だ。


「暁さん。こんなところにいたんですか」

「お前らか」


 隊員たちが茂みから顔を出す。結構暁の近くにいて木の上のステッピングマンを狙っていたらしかった。木から落ちたステッピングマンはしばらくもがいていたが、すぐに動かなくなる。そして森はラクリモーサの絶叫に満たされた。


「キエエエエエエェェェェェェェーーーッッッ!!!」

「っ!?」


 あまりの大音響に隊員だけでなく暁も一瞬ひるんだ。それまで逃げていたラクリモーサが一転してこちらに向かってくる。すさまじい速さ、蹴り上げた土が地面に落ちるまでに、暁たちに肉薄するほどの疾走だった。隣から銃声が響く。それは見事にラクリモーサの胸部へと着弾したが、ひるむ様子さえ彼は見せない。


「嘘だろっ!?」


 ラクリモーサが隊員の目と鼻の先に迫ったその時、突然その首がぐるんと180度回転した。そしてそのまま膝から崩れ落ちる。暁の《インターステラー》だ。


「……」


 腰を抜かしている隊員を顧みず、暁はラクリモーサに近づいた。ラクリモーサは……絶命していた。その表情に恐怖はなく、怒りと悲しみだけが張り付いているように見える。その目元には、傷ではない本物の涙が流れた跡があった。暁はその場に膝をついて、ラクリモーサに語り掛ける。


「そんなに妻が大切だったか。怪物としては出来損ないだが、男としてはいい線いってるな」


 そして、暁は隊員を立たせてやり、巣穴から妻と娘の遺品の回収を行った。駆除の証拠として必要なので、ラクリモーサの死体も持って山を下りていく。


「一件落着だな」


 父親は救急車で搬送されていった。暁が下山するまでぷかぷか浮いていた団体の奴らは地に足がついた途端に暁たちを罵倒してきたが、どこか元気がない。無重力状態で過ごし過ぎて気分が悪くなってしまったのだろう。しばらくしたら全員がトボトボとその場から移動をしはじめた。


「さてと」


 意気消沈気味に歩いていく団体の後ろ姿を見送って、暁は装甲車に乗り込んだ。仕留めたラクリモーサの死体は荷台に置かれている。はっきり言うとすさまじく臭う。暁は顔をしかめつつ隊員に質問した。


「あいつを丸ごと回収する必要があったのか? 首だけ持っていけば証拠にはなるだろう」

「ああ、暁さんははじめてでしたね」


 隊員から返ってきたのは予想外の答えだった。


「ステッピングマンの肉を食べるためですよ。狩ってきたステッピングマンの肉はこっちで自由に料理しちゃっていいので」

「……食べる? こいつを?」

「ええ」


 暁は小さくため息をついた。確かに今の時代はそもそも人を直接料理して食べているのだ。元人間のステッピングマンがなんだというのか。隊員たちはステッピングマンの料理について嬉々として暁に語ってくる。肉鍋、骨鍋、内臓の煮込み……どれも美味しいらしいが、暁はとても食べる気にはなれなかった。


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