044.山の魔王の宮殿にて
行方不明になったのは30代の父母と10代の娘の3人。場所は衣笠山の登山コース入口付近。防衛隊への抗議のために団体が昨夜から早朝にかけて交代で座り込みをする予定だったが、深夜3:00頃に交代要員が到着した時には姿が見えなかったという。
近隣住人がちょうどその少し前に悲鳴を聞いて飛び起き、人影が山の中へ走り去っていくのを見たらしい。防衛隊では家族がステッピングマンに襲われたのではないかと考え山での捜索を行う予定だ。
「それで俺を呼び出したと言うことは捜索を手伝えってことか」
朝っぱらから幕僚長室に呼ばれた暁はヤレヤレ、と呆れた表情で霧羽に問いかける。
「そうだ。正確には山に突入するのを邪魔する団体の奴らをどうにかしろ。お前なら簡単だろう」
「邪魔を? その団体に所属している家族が消えたんだろう? そいつらが捜索願を出したんじゃないのか」
「捜索願を出したのは消えた家族の祖父母だ。団体の奴らは防衛隊のせいで自分たちの仲間が犠牲になったかもしれないと抗議の電話をしてきている。今でもノンストップでな」
「奴らの主張はこのままそっとしておけばステッピングマンは何もしてこないんじゃなかったか? 自分で矛盾に気づかないものかね」
「相手の矛盾に小言を言うのは後にしろ。捜索願が出された以上、こちらはこちらの仕事をしなければならん」
霧羽の真剣な表情を見て、暁は含み笑いをしてしまう。
「……なんだ?」
「いや、いつも小言を言っているお前が小言を言うなとは……意外と自分自身の矛盾には気づけないものなのかもしれないな?」
「いいから黙って仕事をしろ!」
霧羽に怒鳴られつつ仕事を依頼された暁は幕僚長室を出た。その後簡単な準備をして捜索隊と共に装甲車で衣笠へと向かう。その途中で隊員からステッピングマンの特徴の説明を受ける。犠牲になった青年が死ぬ瞬間まで録画していた映像からステッピングマンには目元に涙のように見える傷があることが分かった。その特徴から防衛隊の内部で「ラクリモーサ」という個体名が付けられた。十数分で現着したが、その場所では予想通り団体が横断幕を掲げて道を塞いでいた。
「案の定ですね。では風早さん、よろしくお願いします」
隊員の1人にメガホンを渡され暁は車から降りた。防衛隊が拠点を作るためにはあの団体に立ち退いてもらわなければならない。そしてそれをもっとも得意とするのはリコでもロジェでもセシルでもエーコでもなく暁なのである。
団体に近づきながらメガホンに電源を入れる。プツッという僅かな音が耳に届くと、暁は足を止めずにマイクを口に近づけた。
「お~いカスども! そこから速やかに立ち去れ~! 暁様のお通りだぞ」
メガホンで拡張された声がその一帯に響き渡る。
「もし40秒以内に立ち去らなかった場合はコミューン法第二十四条に……いや、二十五条だったか? まあどうでもいいか。とにかく消え失せろ~」
声を張り上げている間も暁は一切歩みを止めなかった。団体のほうもただ言われるだけではなく、大声で防衛隊や暁に対しての批判を繰り出してくる。もちろん暁は聞く耳を持たなかった。団体の中に目ぼしい美人がいなかったからである。
そしてついに暁と団体が接敵する。暁1人に対して団体は二十数名といったところだ。お互いの距離は腕を伸ばしたら届くほど近い。さすがに暁もメガホンを使うのは止めて、目の前にいる団体の代表っぽい女に話しかけた。いや、それは返答を求めない一方的な宣言であった。
「では強制退去してもらう」
暁の宣言とともにその場にいた団体のメンバーは自分の体の異常に気づいた。ふわり、と体が宙に浮いているのである。地面に足を付けようにもその場でくるくると回転することしかできず、しだいに団体の中から悲鳴が上がりはじめた。
「ほーら退け退け」
踏ん張りの効かなくなった人々を暁は手で押しのける。するとふわふわと明後日の方向に絡まりあいながら移動していく。
これが他のフリークスと比べて暁の優位な点であった。《インターステラー》で重力を無くしてやれば、普通の人間はその場に踏みとどまることができない。本来実力行使をしなくてはならない場面でも楽に無力化ができてしまうのだ。
「任務完了」
道端の塀にしがみつき、自分の体を必死に固定している団体の皆さんを見ながら暁はそう宣言した。暁が能力を発動し続ける限りまともな抵抗は不可能だろう。
「お疲れ様です。それでは捜索は我々が」
「事のついでだ。俺も一緒に行こう。さらわれた娘に興味もあるしな。美人ならぜひ俺が助けたい」
「母親のほうはいいんですか?」
「俺が人妻に興味があるように見えるか?」
「見えます」
「……」
とにもかくにも暁と防衛隊員5名は衣笠山の中に足を踏み入れた。空には太陽が昇っているはずだが、広葉樹林に阻まれて地表に届く光量は僅か。その僅かの光が地面を照らし、風で揺れる葉っぱの動きとともにゆらゆらと輝くのがなんとも綺麗で見ていて飽きない。だが、そんなことを気にしている者は誰1人としていなかった。
舗装のされていない道を暁が先頭になって進む。土を踏みしめる音が、ひどく大きく聞こえてくる。
「……この辺りからでいいだろう」
捜索班のリーダーが他メンバーに声をかける。そこからは声を出して行方不明になった家族を探すことになった。2名が大声で名前を呼び、他の3名がステッピングマンへの警戒にあたる。そうしながら少しずつ山を移動していた時だった。
「まて」
聴音担当の言葉に暁を含めた全員が足を止め、その場の緊張感が一段上がった。
「ステッピングマンか?」
「いや……人の声だ。助けを求めている」
その言葉に暁は驚いた。正直な話、3人とも生きていないだろうと思っていたからだ。聴音担当が音源の場所を特定し、全員が移動を開始する。しばらく歩くと草木の奏でる音の合間に確かに人の声が聞こえてくるのが分かった。
そしてついに捜索班は木の上にガタガタ震えながら弱々しく声を出している人影を発見した。木の枝にまたがり幹に必死にしがみついていたのは男……おそらく行方不明の家族の父親だ。母親と娘は姿が見えなかった。
「椿さん! もう大丈夫です。降りられますか?」
男は首を縦に振る。そしてぎこちない動きで少しずつ木を降りはじめた。防衛隊も落下した時用にクッションを用意する。5分ほどかけて男は地上に降り立った。その顔は恐怖のせいで強張り、右目の目元が不定期にぴくぴくと痙攣を繰り返していた。呼吸も荒く、早く病院に連れて行った方がいいのは誰の目にも明らかであった。
だがその前に、彼にどうしても聞かなければならないことがある。
「……椿さん。奥さんと娘さんは……」
「ハッ……ハッ……ハッ……」
明らかに父親の呼吸が乱れる。思い出したくもない事が起こったのだろうが、可能性があるならば……いや、仮にないと分かっていても捜索は続ける必要がある。そのための手掛かりを、この父親は持っているはずなのだ。
しばらくすると父親の呼吸も落ち着いて来た。そして震えを押し殺しながら口を開く。
「ステッピングマン、ステッピングマンから、逃げて、木に登って、妻と娘を、助けようと、したけど、助けようとして、ステッピングマンに引きずり、降ろされて、助けようと、したんだ!」
だいぶ錯乱をしているようだが、2人は望み薄ということだけは伝わって来た。必死に言葉を紡いでいる父親に暁が近づき手を差し出す。
「携帯は持ってるか? 妻か娘に電話をするんだ」
「風早さん? いったい何を……」
「手っ取り早く見つけられる」
その言葉に反応したのか、父親は今までの緩慢な動きが嘘だったかのように素早く両ひざをついて、草むらの中をかき分けはじめた。木に登った時に落としたのだろう、すぐに携帯を見つけ出すと通話ボタンを押し、自分の耳に携帯を押し当てる。発信音が鳴る中で父親はずっと妻と娘の名前を呼び続けていた。だが、
「だ、ダメだ……繋がらない……」
「見つけた」
暁がぼそりと呟き、その場にいる全員が彼に注目した。
「俺が確認してくる。その父親は任せたぞ」
「え、ちょっと風早さん!」
隊員の制止をきかず、暁は木の上までジャンプして飛びながら移動をはじめる。その動きにまったくついていけなかった隊員たちは小さくなっていく暁の姿を呆然と眺めることしかできなかった。




