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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第五幕『タイムトラベル少女〜マリ・ワカと8人の科学者たち』編
42/74

042.やさしさに包まれたなら

「やあどうも。久しぶり」

「……」


 暁は再びナンブーコの目の前に立っていた。前回と同様にリコとロココもいる。ナンブーコは静かに暁を睨みつけていた。


「勘違いが解けて本当によかった。俺が横須賀コミューンで不当な扱いを受けているなんて……その記事の通り、俺は実に自由に横須賀コミューンで活動させてもらっているんだ」


 ナンブーコの机の前には新聞が広げられていた。一面の記事に「重力子、発見」の文字が踊っている。ついでに決め顔をした暁の写真も。


 あの後、装置の数値は暁が考えた通りに変化した。その後、横須賀コミューンにいる物理学者の協力を仰いで論文を完成させ、その論文は学会誌に載ることになった。そのあとは大騒ぎだった。防衛隊前のデモ隊の人数は少なくなり、反比例するように取材をしたいマスコミと能力の詳細を確認したい物理マニアが増えていった。


 暁の論文が学会的に認められ、メディアにも露出しはじめたことで巷では外出が少なかったのは単にこの論文の作成を行っていたためだ、という新しい物語が受け入れられていった。そしてイインセキセ株式会社が告発した内容について、疑問符が持たれる事態になっていた。


「一応言っておくが、一週間前の話の回答はNoだ。俺は横須賀コミューンを離れない」

「……君を少し甘く見ていたようだ。告発内容については取り下げよう。だが、これで終わったなどと思わないことだ。私の会社は各コミューンと深いつながりを持っている。この程度で盤石は揺るがない」

「当たり前だ。この程度で経営不振になってもらったら困る。お前は俺の将来の妻を2人も養っているんだぞ。自覚を持て」

「ひぇっ……」


 暁の視界の隅でロココが顔を引きつらせる。ナンブーコの眼光を、暁は涼しい顔で受け流していた。


「それじゃあ俺たちはこの辺でお暇させていただこう。この後舞鶴の物理学者との予定が入っているんだ。待たせちゃ悪い」

「……ロココ。客人がお帰りだ」


 ナンブーコに促されて、ロココは暁とリコのほうに歩いていく。2人と手をつなぎ、一瞬で横須賀コミューンの寮の中へと転移した。


「ナンブーコさんも言ってましたけど、これで勝ったと思わないことですね!」


 2人に向かって捨て台詞を残して、ロココは姿を消した。


「ま、これで一件落着ってところだな」

「どー考えても落着はしてないでしょ。また何か仕掛けて来るわよあいつ」

「だとしても、俺にはどうすることもできない。あいつの会社が傾くとコミューンが困るだろうし、ロココちゃんたちを路頭に迷わせるわけにもいかない」

「お優しいこと。じゃあ私は部屋に戻るわ」

「せっかくだ。もう少しお互いの親交を深めていかないか?」

「……あんたさっき物理学者と予定があるとか言ってなかった?」

「あれは嘘だ。あんな奴と会話を続けていたら、君と2人きりの時間が減るからな」

「あっそう。じゃあさよなら」


 どうやら取りつく島もないようだ。リコはそのまま自分の部屋へ戻っていってしまった。暁は残念に思ったが、すぐに頭を切り替える。


「よし、セシルさんのところに行こう」

「私がどうしました?」


 後ろから聞こえてきた声に、暁は振り向く。


「セシルさん、ちょうど会いに行こうと思っていたんだ。これから2人で愛を温めよう」

「愛を温める気はないですが、少しお話してもいいですか?」

「もちろん」


 2人はいつものように中庭のベンチに座った。


「話というほどのことでもないですが、一言お礼を言いたくて」

「ちょうどよかった。俺もお礼が言いたかった」

「え?」

「最近バタバタしていたが、重力子の発見はセシルさんがいなければ成し得なかった。本当にありがとう」

「いえ、そんな……」

「つまるところ、これは2人でのはじめての共同作業ってところかな。俺たちの仲を天が祝福してるとは思わないか?」

「それは別に思いませんが……」


 いつもの調子の暁に、セシルはあきれ顔になっていた。だが、すぐにその表情に微笑みが戻ってくる。


「でも、本当にありがとうございました。なんだか、肩の荷が下りた気がして……。私は物理学には疎いですが、連日の報道や周りの雰囲気で風早さんがとてもすごいことを成し遂げたことは分かります」

「それほどでも……あるかな」

「今までは見向きもされなかった私の能力を調べに、いろいろな人が防衛隊に問い合わせしているみたいです。霧羽さんはすべて断っているようですけど」

「その方がいい。いちいち答えていたらセシルさんの体が持たない」

「そうですね。まさかここまで世間が私の能力に興味を示すなんて思っていませんでした。フリークスの能力は魔甲虫を倒すため、それができないなら役立たずだったのに風早さんのおかげで世界が変わったように感じます」


 セシルは自分の手のひらを見つめて、ぐっと握りしめる。


「誰かに求められている。これほど心を満たしてくれるものはありません。フリークスとしての自分が認められるのは、こんなに快楽的なものだったんですね」


 セシルはほんの少し歪んだ笑みを見せる。光の具合か、その表情には少し陰ができていた。しかし、暁はそのことに一抹の不安も感じない。


「ですから、暁さんには改めてお礼を」

「どういたしまして」

「でもなんだか複雑な気分なんです」

「複雑?」

「はい。私は私の力では何も状況を変えられなかった。風早さんのおかげで、おこぼれで価値を見出されたに過ぎない。結局、私がすごいわけではないんです」


 セシルは淡く微笑み、眉を少し下げる。


「その考え方には俺は反対だな」

「え?」

「自分のすごさには、意外と自分で気づかないものだ。電磁波を見つけて周波数の単位になっているハインリッヒ・ヘルツすら、電磁波に実用的な価値はないと思っていたくらいだ。今ではテレビに携帯、誰もがその便利さを享受してる。いわば俺は君の能力を実用化しただけ、君は最初からすごかったのさ」

「ふふっ。ではお礼の仕方を変えなければいけませんね」


 セシルは自分の姿勢を正して、暁に向き直った。


「私を見つけてくれて、ありがとうございます」


 その表情には妖艶な美しさと少女の愛らしさが同居しているようだった。その感謝を暁は万感の思いで受け入れる。


「迷子を見つけるのは得意なんだ。ちなみに一番得意なのは愛を見つけることでね。それも発見済みだ」

「そうなんですか。私にはどこにあるのか、さっぱりまったく見当が付きませんけど……」

「愛というのも、意外と自分で気づかないものだからかな」


 2人は少しだけ無言で見つめ合った後、どちらともなく笑いはじめたのであった。


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