039.きらきら星
「なるほど、こんな方法で来るとはね」
ナンブーコの元から帰ってきて一週間、暁は「穏便に済ませない方法」がどんなものか良く理解できた。暁はリコと一緒に霧羽とセシルに呼び出されて会議室にいる。
「暁! これはどういうことだ!」
「誰かのせいにしたいが自分の顔しか思い浮かばない」
「おふざけをしてるんじゃないんだぞ! これがどれだけ重大なことか分かっているのか!?」
いつにもまして不機嫌な霧羽が、とんでもない剣幕で暁を責め立てていた。彼の目の前に置かれたフレンチ・ディスパッチ誌にはこんな記事が踊っている。
『横須賀コミューンの非道、イインセキセ株式会社が告発』
『人権保護団体が横須賀コミューンを非難。風早氏の引き渡しを要求』
『遅れた横須賀の人権意識』
『イインセキセ株式会社、独自の経済制裁発動を決定』
「しがない商人と言ってたが、まさか大会社の社長さんとは」
イインセキセ株式会社、コミューンに住みはじめて日の浅い暁でさえ名前を聞いたことがある会社だった。その社長がナンブーコだったらしい。横須賀コミューンはイインセキセ株式会社から食料を仕入れているが、その量はなんとコミューン全体の30%にも及んでいた。
その供給が突然ストップ。フレンチ・ディスパッチに記事がドカン。霧羽怒髪天というわけだった。
「そもそもこいつに会いに行った話など私は聞いていない!」
「絶対に許可しないだろうから誰にも伝えていなかった。まさかここまで大事になるとはな」
「お前の軽率な行動のせいで食糧危機が起きようとしてるんだぞ! 横須賀の十万の人間に影響が出る!」
「それは……正直悪かった」
霧羽の拳が暁の顔面に直撃した。暁は少しよろけたが、すぐに元の姿勢に戻る。
「くそっ……」
殴ったところでなんの解決にもならない。それは霧羽自身も分かっていた。
ナンブーコは「横須賀コミューンがフリークス研究のために非人道的な実験を風早暁に対して行っている」という物語を作り上げ、それをメディアに展開したようだ。ご丁寧にマスコミは張り込み取材を行って、横須賀コミューンに所属するほか3名のフリークスと比べて暁は外出が少なく、かつ病院棟への移動が多いことを突き止めた。それこそが非人道的な実験が行われている証拠であると騒ぎ立てたのである。
ちなみに暁の外出が少ないのはインドア派だからである。病院棟への移動が多いのはいろいろと無茶をするのと、貴重な男のフリークスなので邑輝に呼ばれる回数が多いからであった。
だが普通の人々はよりスキャンダラスな話題の方が好きらしい。この話題は世界中に拡散されていった。もしかするとナンブーコ自体が何か手を回していたのかもしれない。なにしろ、イインセキセ株式会社に食品流通を頼っているコミューンは結構多いらしいのだ。
「ごめんなさい。私気づいてたのに黙ってて……」
リコが頭を下げる。なんでもないと思った行為が驚くほど重大な事態につながってしまい、肩を震わせていた。流石にそんな姿を見せられては暁も軽口はたたけなかった。
記事を見た横須賀の人権団体は激怒し朝から防衛隊前でデモを実施している。食糧は備蓄分があるのですぐに食事ができなくなるわけではないが、時間の問題だ。とくに人権問題を持ち出してきた以上、今まで横須賀に商品を卸していた企業まで手を引くことを決めた場合は目も当てられない。
「手っ取り早い解決法は、俺がナンブーコのところに行くことだが……」
「こんな脅迫行為に屈するなどコミューンとしてありえん」
「もはやイインセキセをどうにかすれば収まるような状況ではありませんね」
セシルの言う通り、横須賀コミューンを批判する流れはもはや一企業の制御を離れて濁流のような動きになっていた。霧羽も新聞記事を前に頭を抱えている。
「セシルさん、夢香さんに動いてもらえないか? 貸しがあるし」
「連絡は入れてみましたが、館山コミューンはヴィクス家が失墜したことで流通の多くをイインセキセに切り替えていたようです。積極的な協力は難しいと言われました」
「……レヴィンの言っていた事業の大切さがよくわかるよ」
横須賀は起伏に富み平地が少ない。そのため農業も大規模にやることが難しい。結果食料自給率が低く、他のコミューンに頼っている部分が多々あった。レヴィンの推し進めている新しい形の農業はそれを解決するいい手段になり得たが、今はもう遅い。
「このまま他企業も制裁に加わるようなら干上がるのは時間の問題です」
「……私がイインセキセに乗り込んであいつボコる? できるけど」
「いえ、リコさんが本格的に動くとセンシティブな問題が色々とあるので……」
先には行けず、後にも引けず。議論はどん詰まりになったかのように思われた。だが、我らが主人公風早暁には、どうやら妙案があるようである。
「俺にいい考えがある」
「いい考え、ですか」
暁の発言に、セシルが微妙な表情で答えた。
「ローリスク・ローリターンなアイデアとハイリスク・ハイリターンなアイデア、どちらから聞きたい?」
「……では、ローリスク・ローリターンの方から」
「ようは俺が非人道的な扱いを受けていないと世界に発信できればすべて解決だ。100年前には『札束風呂』というポピュラーな宣伝方法があった。俺とリコとセシルさんが裸になって風呂に入り、札束を敷き詰める。そしてその写真に『横須賀コミューンでこんなに幸せになれました』とキャッチコピーをつけて公開する。どうかな?」
「ハイリスク・ハイリターンのほうは?」
最初の案はセシルに切って捨てられた。しょうもない提案だと暁自身思ってはいたが、場を和ませようという考えもあったのだ。まあ、完全にから回ってしまったが。暁は気を取り直して次の案の説明をはじめた。
「発想としてはさっきのと同じだが、相手の立てたストーリーを逆に利用する。よりスキャンダラスな事実を使って点と線を繋ぎなおし、『風早暁に対して非人道的な実験が行われている』という報道を無効化しよう」
「どういうことです?」
「この状況ではただ俺が元気アピールするだけでは『その時だけのパフォーマンスだろう』と受け取る奴がいるだろうから意味がない。だから、すでに一般的に事実だと認めている項目に対して再解釈をさせるような情報を提供してやるんだ。つまりすでに報道され周知のものになっている『俺の外出が少なく』『病院棟への移動が多い』ことを別の事実とくっつける。具体的には俺が非常に重要な論文の作成と検証を行っていたためにそうなっていた、ということにする」
「非常に重要な論文……ですか?」
「はっきり言ってこれは賭けだ。俺は実際には論文なんて書いちゃいないからな。それを今から急ピッチで作り、検証する。しかも、今の報道は妄言でこっちこそが真実なのだと世界に確信させるような、インパクトのある論文をな」
「よ、よくわからないけど、そんなに簡単に論文ってできるの? できないでしょ」
「リコの心配はもっともだが、実はすでに俺の頭の中には1つ論文のテーマができ上がっているんだ。これを形にする」
「そのテーマって……?」
不安の混じった眼差しを3人が暁に向ける。それを打ち消すかのように暁は自信満々の決め顔で宣言するのだった。
「『重力子の発見』だ!」




