038.Xenotopia
「よし……と――」
身支度を終えた暁は、軽やかな足取りで玄関に向かう。
「エーコ。俺はこれから出かけてくるから、好きにしてていいぞ」
「はい! わかりました」
元気なエーコの返事を聞いて、ドアを開ける。今回ロココとの集合場所は人目につかないところが必須条件。暁が指定したのは猿島のとある場所だった。猿島は無人島だが毎日観光用のフェリーが数回出ている。結構人気の場所なのでどちらかと言えば人は多い。しかし、がけ崩れなどが懸念されて立ち入り禁止となっている箇所がいくつもある。そこに暁は目を付けた。
フェリーを使い猿島へ到着すると、観光客に気づかれないように移動しその場所へたどり着く。小さな洞穴の前で海を眺めながら暁はロココを待った。そして、集合予定よりも少し早めに天使は舞い降りた。
「ふふ、逃げずに来たようですね」
「ああ、実はここに来るまでに何度か逃げようと思ったんだ。理由を聞いてくれるかい?」
「えー……」
絶対面倒くさい話になるとロココは悟り渋い顔をした。しかし、拒否したら拒否したで面倒くさいことになりそうなのでロココは暁の望むとおりにすることに決めた。ロココは大人なのだ。
「……なんで逃げようと思ったんですか」
「はじめて会った夜を再現してみるんだ。俺は逃げる、君は追う。そして今回はロココちゃんがばっちり捕まえてボスの元へ。素敵だと思わないかい?」
「全然思いません」
ロココはあくまでクールだった。というよりさっさと話を終わらせて移動したかった。たとえ立ち入り禁止の区域だと言っても絶対に誰も来ないなどと保証されるわけではないのだ。
そう。まったくその通りである。
「なんかこそこそしてると思ったら、そういうこと……」
「!?」
暁とロココは同時に声の方へと振り向いた。そこには赤髪の少女、リコがいた。
「お、お兄さんっ! 私を嵌めましたね!?」
「暁は嘘なんか言ってないわよ。私が勝手に来ただけ」
「……こいつは驚いた。どうして俺がロココちゃんと密約してると気づいたんだ?」
「う~ん。勘かな……」
「リコには敵わないな」
暁は暁なので早々に事態を飲み込んだが、ロココはそうはいかない。この場に《ダンテズ・ピーク》がいるということは、暁を連れていくという任務の失敗につながる。いや、最悪の場合この場でロココ自身が取り押さえられる可能性すらある。
ロココの顔からははたから見ていてかわいそうなほど血の気が引いていた。リコが慌てて誤解を解くほどに。
「ロココ、勘違いしてるかもしれないけど別にあんたの邪魔しに来たわけじゃないわよ。ただ、あんたのボスの元へは私も連れて行って」
「え!?」
「私は霧羽さんでもセシルでもないからあんたたちの密約には口を出さないけど……暁がつれていかれたまま戻ってこないのは困るのよ」
「そんなことしませんよ!」
「だったら私も連れて行って。問題ないでしょ?」
頭を抱えていたロココだったが、諦めたようにため息をついて2人とも連れて行くことに決めた。
「来てもいいですけど、暴れないでくださいね。今度は宇宙か深海に飛ばしますよ!」
「宇宙はもう行ったから深海でお願い」
文句を言いながらも移動のためにロココはリコと手をつなぐ。反対側の手は暁に。ふわっとした浮遊感とともに、暁の視界が切り替わる。そこは広い部屋だった。窓のカーテンは閉められていて、外の景色は分からない。目の前の大きな机には1人の男が座っていた。焦げ茶色の髪に腫れぼったい目、少し太り気味の体で、スーツを着用している。
その顔を見て、暁は端的に「ブサイクだ」と思った。
「あんたがロココちゃんたちのボスか?」
「ああそうだ。ロココ、ご苦労だった。隣の女性は?」
「《ダンテズ・ピーク》です。どうしても連れてけってきかなかったので」
「ほお……あなたが《ダンテズ・ピーク》か。お会いできて光栄だ」
「私はそんなに光栄じゃないけど」
「ちょっと! もうすこし礼儀正しくしてくださいよ!」
男は、2人のやり取りを無表情で眺めている。
「《ダンテズ・ピーク》に会えたのは嬉しい誤算だったが、今日会話したいのは君だ《インターステラー》風早暁」
ロココは暁たちから離れ、男の横へと移動する。
「自己紹介がまだだったな。私の名前はナンブーコ。しがない商人だ」
「商人?」
「ああ、いわゆる卸売業でね。色々取り扱っている。食品、家庭用品、書籍、エトセトラ」
「その商人さんの次の商品が俺ってことか?」
「半分正解だ」
ナンブーコは相変わらず無表情のままだ。表情から何かの情報を得ようとするのは難しいと暁は判断した。
「何度も攫おうとして悪かった。横須賀コミューンが君を手放すことは絶対にないだろうからな。つい強硬手段に出てしまった」
「気にしないでいい。おかげで3人も可愛い女の子に出会えた。結婚式にはあなたも招待しよう」
「ひぇっ……」
暁の視界の隅でロココが顔を引きつらせる。
「話に聞いた通りおもしろい男だ。さっき半分正解と言ったが、私は君自身が欲しい訳ではない。欲しいのは君の肉体だよ」
「俺にはこの世でもっとも嫌いな人種がいる。それがホモだ。ブサイクは良い、ブサイクがいるからこそ俺は相対的にイケメンだとわかり、リコたちも美人だと判断ができるからだ。レズも素晴らしい。美人の女性が2人いるということはそれだけで素晴らしいからだ。ではホモは? カスだ。何の価値もない」
突然ヘイトスピーチをはじめた暁に流石のナンブーコも驚きを隠せないようだった。自らの発言を慌てて訂正する。
「勘違いさせるような発言をして悪かった。先ほどの言葉は私が同性愛者という意味ではない」
実際のところ暁もそれは分かったうえで発言していた。なんとなく相手のペースを乱してみたかったいたずら心が発動したのだ。
「おおかた、俺の体を調べてフリークスの秘密を知りたいってところかな」
「その通り。私はすでにフリークスに関して膨大なデータを持っている。そして実験成果もな。その最たるものが君の目の前にいる実験体655番、ロココだ」
紹介のあったロココはドヤ顔で胸を張った。
「だが、1000人以上で実験してやっと1人の成功例。しかも再現性がない。そこで君だ。君のデータが加われば成功率を上げ『フリークスになる方法』を確立できるかもしれない」
「その方法を独り占めして大儲けってことか」
「儲けるだけじゃない。それが分かればかつてないほどの社会貢献になる」
「献血くらいなら協力するが」
「それで済むなら攫おうとはしない」
どうやらナンブーコはフリークスとしての暁を徹底的に研究したいようだ。
「……ちなみに、断ったら何をするつもりだ?」
暁の質問に、ナンブーコは無表情のまま答えた。
「一週間後、回答をもう一度聞こう。その時には穏便に済ませない方法がどんなものか、良くわかっているはずだ」




