036.君の中の永遠
「私が……人身売買だと?」
「ええ、その通りです」
「そんな妄言を語るために神聖な私の結婚式に土足で踏み入ったのか!?」
「妄言かもしれません。ただ、昨日捕まえた実行犯があなた方が指示をしたのだと言っていたのでご同行を願いたく」
「……何?」
式場がざわつきはじめる。
「十数年前からコミューンの貧民街の人間の蒸発が相次いでいました。まあ、コミューンの特性上、警察もほとんど捜査はできていませんでしたが。それが昨日タレコミがありまして」
「タレコミ?」
「ええ。何でも昨夜館山から鴨川までさらった人を運ぼうとしているという話で、しかも海路ではなく陸路で。命知らずもいたものです」
アルトゥールは押し黙っている。
「それで、待ち伏せをしたんです。館山から鴨川までの街道でね」
「……待ち伏せだと? できるはずがない」
「ええ。コミューンの外で待ち伏せなど自殺行為に他なりません。コミューンのフリークスも警察の調査では動かせない。ですが……」
そこで警察官は振り返り、暁に目を向けた。
「幸い昨日は自由に動いていただけるフリークスの方が1人いましたので」
その場全員の視線が暁に集まる。
「おかげで寝不足です」
暁は肩をすくめ冗談めかして言ったつもりだったが、笑う人間は1人としていなかった。昨日の夜、暁は警察からの要請を受け、コミューン外での包囲網を敷いていたのだ。少しだけ仮眠をとった後、この結婚式場へと足を運び今に至る。
「彼のおかげで実行犯を確保することができました。捕らわれていた貧民街の少女たちも無事保護できました」
「それは良かった。だが、その実行犯が俺の名前を挙げたから結婚式だというのに押し入って来たのか? 確実さの伴わない素早さなどなんの価値もない!」
「仰る通りです。あなたくらいの貴族ともなれば身に覚えのないやっかみも受けるでしょうから、あの犯人たちが無関係のあなたの名前を挙げてハメようとしている可能性もある」
「なら……」
「ちなみに、最初に言ったタレコミというのは、こんな音声が署に届いたことでして」
警察官は無表情のまま、レコーダーを取り出し、スイッチを入れた。
『父さん、なにもこんな日にやらなくても。明日は僕の結婚式なんだよ?』
レコーダーから聞こえてきた声に、アルトゥールの指がピクリと動いた。
『いつも言っているがなアルトゥール。相手が求めてきたら素早くレスポンスを返すことが重要なんだ。それだけで相手からの信頼感も変わってくるし、この先々の仕事の有無も変わってくる』
『何度も聞いたよ……。もういいや、さっさと終わらせるよ。今日は5人。全員20歳以下の女』
『20歳以下の女? ああ、あそこか。アルトゥール、もうお前ひとりでできるだろう。明日お前は結婚する。1人前になるんだ。素早く確実に』
『素早く、素早く。わかってるよ父さん』
そこからしばらく会話が無くなる。
『終わったよ。いつも通り、南房総を突っ切って鴨川まで』
『1分47秒。そう、それでいい。素早く確実にだ』
『仕事の話はもういいよ。会場に戻ろう。素早く確実に』
警察官がレコーダーを止める。アルトゥールの顔からは、完全に血の気が引いていた。
「そんな、そんなはずはない……」
「ご同行、いただけますね?」
「父さん! 父さんも何か言ってくれ!」
それまでずっと黙っていたバルテリクは息子の声に静かに立ち上がり、壇上へと歩いていく。だが、彼が足を止めたのは警察官の前ではなく息子の前だった。
「もういい」
「……父さん?」
「知っているだろう。あの部屋は音も電波も出て行かないように設計されている。鍵を持っているのは私1人。あの音声が残っているということは」
バルテリクはじっと息子の顔を見る。
「お前が録音して、警察に届けたんだろう」
「!? ち、ちがう! 僕はそんなことやってない!」
「確かにお前はあの仕事にあまりいい顔をしていなかった。自分の結婚式にばらすようにしたのは、けじめのつもりか?」
「だから違う! 誰かの捏造なんだこんなものは!」
バルテリクにつかみかかろうとするアルトゥールを警察が引き離す。拘束されたバルテリクは警察に連れられて式場を出ていった。その姿は息子の暴れようとは正反対に静かなものだった。アルトゥールはさんざん警察を罵倒したあげく、連行されていった。
2人が連れ出されたあと、静寂が戻ったと思ったのもつかの間だった。式場の喧騒は警察が乱入してきた時とは比べ物にならない大きさへと膨らんでいく。花嫁の両親がヴィクス家の関係者に詰め寄ったり、噂話と揶揄がそこかしこで飛び交ったり、もはやこの後がどうなるのか誰にも判断がつかないように見えた。
1人の男が動くまでは。
「夢香さん」
壇上で1人立ち尽くしていた夢香に声をかけたのは、レヴィン・ラクロワだった。その姿に会場中の視線が集まる。当然この場にいるほとんどの人間は夢香とレヴィンが訳ありの関係であることをよくよく理解していた。この状況で2人の一挙手一投足を見逃すまいとその様子を皆が静観する。
「あら、レヴィンさん。わざわざ私を笑いに来たのかしら?」
「そう見えますか?」
「なら、何をしに来たのか教えてほしいわ。今日の私は少し気が立っていますわよ」
夢香の表情は、いまだにベールの奥に隠されている。
「私はずっと、それこそ今の今まで思っていたことがあるんです。でも決心がつかなかった。私の事業はまだはじまったばかり。あなたの家が目指す地位を手に入れられるかも分からない。そうしてくすぶっているうちにあなたは婚約を決めてしまった。少し気持ちが沈むのと同時に安堵もしました。これできっぱりとあなたを諦められるかもしれないと。でも、人の気持ちというのはそう簡単に切り替えることはできない。だから私は今、ここに立ってしまっているのでしょう」
「あなたって、いつも前置きが長いわね。結局私に何が言いたいのかしら?」
「私と結婚してほしい」
その瞬間、会場の中でだんだんと高まっていた不可視のエネルギーが溢れる寸前に到達する。あと一滴でも水を落とせばあふれ出すコップの縁のように、危うい均衡がそこにあった。そしてそのエネルギーがどのように開放されるかはまさに、2人の次の言葉にかかっていたのである。
「おほほ。以前から私にふさわしいのは、あなたのような男性だと思ってましたわ」
夢香はベールをはぎとると、レヴィンへと抱きついた。
「次は、お家の方も私にふさわしくなってくださる?」
「やはりあなたは高慢に笑っている姿が良く似合います」
「あら、失礼な人」
夢香は少しだけ背を伸ばし、レヴィンは少しだけ体をかがめて、短いキスをした。2人が唇を離した後、会場に溜まっていたエネルギーは拍手となってその場を包み込んでいく。その望外の祝福に、レヴィンは会場の列席者たちに深々とお辞儀をした。顔を上げた後の晴れ晴れとした表情を見て、暁は今回の計画がつつがなく完了したと確信したのであった。




