034.POISON
19:00。ホテルの13Fで挙式前日のパーティーが開かれた。参加している者たちは漏れなく「金持ちです」と顔に書いてあるし、並んでいる料理は暁が今まで見たどの料理よりも高そうだった。それだけでも辟易するが、「世界で唯一の男のフリークス」というステイタスを持つ暁の周りにはひっきりなしに貴族たちが挨拶に来るものだから、解放されたころにはほとほと疲れ切っていた。
「大丈夫ですか? 風早さん」
「流石につかれ……ドレス姿も素敵だセシルさん。今回白いドレス姿が見られないのは残念だと思っていたが、紺もいい。白は俺だけに見せるように神様がとりはからってくれてるのかもしれないな」
「大丈夫そうですね……」
先ほどまでの疲れた表情を一瞬で切り替えた暁にセシルは呆れ顔だった。暁の瞳にはそんなセシルも最高にチャーミングに映っている。だが、今はセシルの美貌にうつつを抜かしている場合ではない。
「ところで、バルテリク・ヴィクスはどこに?」
「あそこです」
セシルの視線の先、そこには50代くらいの渋めに決めた男がいた。男の隣には青年が1人、花婿のアルトゥール・ヴィクスだ。2人とも今はまだパーティー会場の中にいる。暁が動くべきは、彼らがパーティー会場から離れたときだ。
「夢香さん。お久しぶりです」
セシルの声に暁は視線を戻した。セシルが水色の髪の女性と話している。彼女が花嫁、万灯火夢香なのだろう。
「久しぶりセシルさん。今日明日は楽しんでいってくださいね。横須賀だとこんな料理は出てこないでしょうから。おほほ」
嫌みな上流貴族を忠実に再現したかのような夢香の所作。しかしそれが彼女に妙にマッチしている。
「はい。ご厚意に甘えさせていただきます」
「ところで、あなたが?」
「風早暁。フリークスです。お見知りおきを」
「とっくに知ってますわ。なんでも横須賀のフリークスを全員毒牙にかけているとか」
「そうなるように心がけてはいます」
にこやかに返答する暁に夢香は少し顔をひきつらせ、セシルのほうを見た。
「冗談が好きな人なんです。あまりまともに受け取らないでください夢香さん」
「……そのようね」
話も終わり、夢香がその場から離れようとしたとき暁は留めるようにある話題を出した。
「噂通り素敵な人ですね夢香さんは。先ほどレヴィン・ラクロワという方と話をしましたが、あなたのことを素晴らしい人だと言っていましたよ」
嘘である。もしかすると最初に声をかけてきた有象無象の中にいたかもしれないが、暁は覚えてなどいない。
「え?」
一瞬だけ、夢香の表情に上流階級の仮面とは違った感情が紛れ込む。夢香がわずかに逸らした視線を暁は追う。そこにはウェーブがかった金髪のイケメンがいた。暁は確信した。奴こそが夢香の意中の相手、レヴィン・ラクロワだ。
「ま、まあ、私を知っている人ならば当然でしょうね。それでは私はこれで」
夢香はそう言うと足早にその場を離れた。
「どうやら、噂は本当みたいですね」
「そのようだ。少し話をしてくる。ヴィクスの2人が動いたら教えてほしい」
「え? 話って……」
「レヴィン・ラクロワにさ」
暁は貴族たちをかき分けてレヴィンのもとに向かう。
「はじめまして、レヴィン・ラクロワさん」
声に振り向いたレヴィンは暁の姿を見て目を見開いた。
「これは風早暁さん。まさかあなたのほうから声をかけていただけるとは。恐悦至極です」
「いえ、実は先ほど花嫁の夢香さんと話しまして、あなたのことを素敵な人だと仰っていたので興味を持ったんです」
「そ、そうですか」
わずかな動揺。やはり花嫁に対して何か思うところがあるのだろうと暁は感じ取った。暁は人の恋路に興味など無いが、今回は仕事の一環と割り切っていた。
「何でもその歳で経営者をやっているとか……良ければお話でも」
「ええ、もちろん」
2人はバルコニーに移動する。暗い海に月の姿だけが明るく浮かぶ。
「しかし19で経営者とは。私の時代にはあなたのように若く経営者になれる人はいなかった」
「ありがとうございます。私がやっているのは農業のサポートでして、横須賀の農家にもいくつか農地を貸しているんです」
「へえ、横須賀に土地を?」
「ええ。ただ、風早さんがいた時代とは違って、魔甲虫のいる今、広い場所での農耕は難しいです。私たちが進めているのはビルの中での農耕、牧畜です」
「なるほど、横に広げるのではなく縦に伸ばす農業ということですか」
「その通りです。この方法が確立できれば小さな土地でもさまざまな食材を手に入れることができる。横須賀コミューンは食事が制限されていますが、それを今後無くしていくことも可能だと考えています」
「素晴らしい」
純粋に暁は彼の試みを高く評価した。確かに回数も場所もメニューも制限された食事は味気ない。リコやセシルやロジェやエーコやロココやベティやマーシャルをおしゃれなカフェに誘ってデートをしてみたいものだ。しかし、暁が彼と会話している理由は他にある。そろそろ本題に入ってもいいだろう。
「噂通り素晴らしい人だ。ますます思いが強くなりました」
「思い?」
「あなたは夢香さんと結ばれるべきだ、という思いです」
その場からすべての音が消えてしまったかのような錯覚に陥る。レヴィンは目を見開き、暁の顔を凝視していた。そしてすぐに顔を崩し笑い出す。
「ははは! いったい何のご冗談で?」
「いや、失礼。噂で2人は思いあっているという話を聞いたもので」
「……ただの噂ですよ。それにご存じでしょう。彼女は明日結婚式だ」
「100年前は恋敵が花嫁を結婚式当日に連れ去るなんてことは日常茶飯事でしたよ」
嘘である。
「今は時代が違います。彼女の家は彼女がフリークスとして生まれたから上流階級に入れた。その能力が失われてしまえばその地位を失う。だからその前に力を持った貴族の家に入らなければならない……略奪婚など意味はないんです」
まくしたてるレヴィンの声は、少し震えていた。
「……この世界のことを詳しくも知らず出過ぎたことを言ってしまったようだ。失礼しました」
「いえ……はは、私も少しムキになりすぎました」
「ただ……」
「風早さん」
暁の言葉を遮ったのはいつの間にかバルコニーの前に来ていたセシルだった。それは、ヴィクス家が動いたことを意味する。
「連れが妬いてしまったようだ。この辺りで失礼します。でも最後に1つだけ」
暁は、ぐっとレヴィンに近づき、彼にしか聞こえない声でこう言った。
「もし『チャンスが来た』と思ったら、そのタイミングを決して逃さないことです」
そうして、レヴィンを1人バルコニーに残し、暁とセシルはヴィクス家の2人を追いはじめるのだった。




