030.四季の歌
《アイス・ナイン》が止まってしまえばあとは消化試合である。いちいち描写するのも面倒なので端的に暁たちがやったことを箇条書きにしよう。
・デュカリオンにやって来たリコが下半身丸見えだったので暁が慌ててウェアを脱いで貸した
・デュカリオンに生存者がいないか確認。100名ほど発見
・生存者をデュカリオンの小型宇宙船でピストン輸送し、横須賀コミューンに送り届ける
すべてをやり終えた暁は、寮の中庭にあるベンチに座って休んでいた。横にはエーコが立って控えている。
「エーコ、君も座って休めばいい」
「それ、命令ですか?」
「命令じゃないさ」
やり取りの後、結局エーコは動かなかった。暁は命令して休ませようかと思ったがやめておいた。直立不動の彼女の姿にはある種の美しさがあり、それを自分の言葉で失わせるのは横暴というものだろう。
「お疲れ様」
声をかけてきたのはリコだった。とくに断りもなく暁の隣に座ってくる。
「そっちこそ。一体どうやってストレンジレットを消滅させたんだ?」
「なんか、手で握ったら消えるかな? って思ってやったら消えた」
「そうか……」
本来ならそんなわけあるか! と思うところだが、フリークス、ことリコに関してはいろいろと規格外だと暁もだんだんと理解してきた。
「ストレンジレットに追いついたのはどうしたんだ?」
「そっちはいつも出してる炎を使ったの。そこのロボのブースターみたいにやればできるかなって思って」
「……宇宙で炎を?」
「そう。私も酸素がないんじゃムリかと思ったけど、できたわ」
「かなり興味深い話だ」
暁は一瞬、深い思考の中に落ちていきそうになったが振り払った。今はリコが隣にいるのだ。
「とにかく今回は助けられた。ありがとう」
「今回は? いつも助けてる気がするけど」
「そういえばそうだ。やはり俺のことが気になるかい?」
「くたばれ」
辛辣な言葉を吐いて、リコは自分の部屋に戻っていく。だが暁は落ち込みはしなかった。辛辣な言葉はリコの愛情表現だと分かっていたからだ。もちろん、それは暁の勘違いだが。
「エーコ、お前はこれからどうする? 艦長はもういなくなったが」
「暁さんのそばにいます」
「……なぜ?」
「ダメですか?」
暁はエーコの顔を見た。そこには微笑んでいるエーコの姿がある。
「ダメじゃないさ、君みたいな美人と一緒にいられるなら歓迎だ」
エーコの言葉に笑顔で答えた後、暁はエーコに自分の部屋で待機しておくように伝える。その遠のく後ろ姿を見ながら、暁は唐突にあることを思いつきエーコを呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ、エーコ」
「はい!」
くるり、とエーコはメイド服をなびかせて暁へ振り向く。
「君はデュカリオンに乗っていた人なら過去の人間の事も把握してるのか?」
「はい! 出航時から現在の搭乗者まですべて把握しております!」
「……風早愛菜という人物は記録にあるか?」
「申し訳ございませんが、情報は見当たりません! ご家族の検索であればDNA情報でも可能です!」
「……いや、大丈夫だ。引き留めて悪かったな」
「御用があればいつでもお呼びください!」
暁は遠い目で小さくなるエーコの背中を眺めていた。それが見えなくなった後も暁は数分ベンチに座ったままただぼうっと空を見上げていたが、思い出したように立ち上がりセシルの部屋へと足を運ぶ。
「セシルさん。今いいかな」
インターホン越しに暁はセシルと会話する。
「はい。今開けますね」
サムターンを回す音とチェーンを外す音がかすかに聞こえ、ドアが開く。
「少し聞きたいことがあって、図書館ってこの辺りにあるのかな」
「ええ、少し坂を上がったところにありますよ。調べものですか?」
「そんなところかな」
「では案内しますよ。徒歩ですぐです」
「ありがとう」
セシルの言った通り、図書館はすぐだった。おそらく5分も歩いていないだろう。セシルの隣を歩く喜びがほんの数分で無くなってしまったことを暁は残念に思ったが、今はそれよりも大切なことがある。
「それで、何の本を探しているんですか?」
「フリークスについて書かれた本を読みたいんだ。歴史とかではなく能力自体の研究のような」
「であれば、理学の棚でしょう。こちらです」
セシルに案内された棚には確かにフリークスに関する研究の本が並んでいた。暁はその中から無造作に10冊を取り出して読書スペースへ運んだ。
「……調べる内容を教えていただければ私も協力します」
「ぜひお願いしたい。調べたいのはフリークスが使う能力の源について書かれている部分だ」
「源、ですか」
「ああ、フリークスが能力を使うときのエネルギーはどこから来ているのか、きっと誰かが研究していると思ってね」
暁は「魔法のよう」と言われていたフリークスの能力について、ある意味思考停止していた。「そういうもの」と受け入れてしまっていたが、過去にはきっとそれを疑問に思い調べた人たちがいるはずなのだ。
「宇宙に行ったとき、リコが自分の能力を使ってストレンジレットに追いついたって話を聞いた」
「……宇宙で炎が出せたんですか?」
「ああ、普通宇宙では炎は出せない。それが出せたとなると考えられる理由は2つくらいだ。1つは以前セシルさんの言った通り、魔法みたいな力だから酸素なんて関係ないというもの。もう1つは、あの時のリコが炎だけじゃなく水素と酸素を一緒に生成していたというもの。エーコのブースターみたいにね」
「……」
「素粒子ならともかくとして、普通水素や酸素ましてや精霊魔装で作られる俺の刀みたいな物質が何もない所からポッと出てくることはない。ただ、そういうことが可能な条件がないわけでもない」
「その条件と言うのは?」
「宇宙開闢並みのエネルギーがあれば可能だ。実際に今宇宙に物質があるのはその時の粒子の残りだって説が有力だからな」
「そんなエネルギーを私たちが生成してるとは思えませんけど……」
「普通に考えればそうだ。でも、世の中には頭のいい人がたくさんいる。実際に俺の話した条件なんて不要で説明がつくのかもしれないし、まったく別のアプローチから考えている人もいるかもしれない。それを知りたいんだ」
「……ふふっ」
突然セシルが笑って、暁は困惑した。何か今までの話でおかしなところがあっただろうか?
「すみません。すごく夢中で真剣に話してるので、可愛いなって思ってしまって」
「……可愛い、か。こういう話をしていて可愛いって言われたのは、セシルさんで2人目だな」
「1人目は……」
質問しようとしたセシルを止めたのは、携帯の着信だった。慌ててセシルは席を離れて、会話用のスペースに入る。けっこうな長話らしく、暁は先に本の中身を調べはじめてしまった。10分ほど経った後セシルは戻ってきたが、その顔は浮かないものだった。
「何か良くない知らせでも?」
「いえ……とにかく今は、本を調べましょうか」
セシルは笑顔を作ったが、やはりどこかに陰りが見える。少し気がかりに思いつつも、暁は膨大な研究資料の世界の中にしだいに没頭していった。




