029.クリムゾン・ライトニング
「エーコ! あの光を追えるか!?」
「ムリです! 秒速1000kmほど出ています! 私のブースターでは追いつけません!」
「……!」
どう考えてもこの距離から《インターステラー》を使っても糠に釘だ。だが、明らかに太陽へは射程外の攻撃。直撃コースから外れる可能性もある。追わずに、デュカリオンの制圧を優先したほうが良いのかもしれない。そう考える暁の肩を、何かがツンツンとつつく。
「……リコ」
リコは発射された光を指さし、次に自分の胸を指さした。そして、暁とリコを順番に指さした後、米粒のようなデュカリオンを指さす。
「まさか、あの光を追うって言うのか? だがどうやって? 追いついたところでどうするんだ」
言い終わった暁の頭に、リコが優しくチョップをする。その表情は、自信たっぷりに見えた。
「私に任せろってことか?」
数秒だけ暁は考えたが、デュカリオンを制圧するのは元々考えていたことだし、リコが失敗したとしても今の状況に変化はない。むしろ決断が遅くなればそれだけ可能性は小さくなっていく。
「分かったよ。リコ、君を信じる。頼んだよ」
その言葉を聞いてリコはサムズアップし、エーコから手を離した。
「あっちはリコに任せよう。エーコ、俺たちはデュカリオンに向かうぞ」
「了解です!」
エーコはブースターを使って、デュカリオンへと移動を開始する。リコは、ある程度2人が離れたことを確認すると両足を太陽とは逆の方向に広げた。カッと光ったかと思うと、リコの足からオレンジの炎が迸る。その反作用でリコは急速に太陽に向かって加速する。自身の能力を利用した、疑似的ロケットエンジンだった。
最初は車程度のスピードが瞬く間に飛行機を超えてロケットへ。そして、人間が耐えられる限界の加速度を超えていく――。周囲の星の姿が線のように伸び、目の前に見える太陽だけがその球状を維持している。青白い光はもう目の前だ。
青と赤の閃光が暗闇の中で並走する。二点間の距離が少しずつ近づき、限りなくゼロになっていく。青い光の先端、そこにあるストレンジレットに手が届くほど肉薄したリコが次に起こした行動は、それを自分の手で鷲掴みにすることだった。
当然、暁の説明を聞いていなかったわけではない。それは触れたものをすべてストレンジレットに変換してしまう恐ろしい物質なのだ。だが、リコは動きを止めなかった。不思議な確信があった。それで大丈夫だという確信が。
そこから先の出来事は、もはや量子加速器でもなければ認識できないほど小さな領域で起こった。リコの手のひらがストレンジレットを包み込み、そこから超高エネルギーが発せられる。本来安定な状態にあるストレンジレットはそのエネルギーによってクォーク間の結合を破壊され、はじき出されたクォークはあるものは粒子崩壊を起こし、あるものは再結合して陽子となった。
そして青い光は完全に消滅した。
仕事を終えたリコは暁たちと合流しようとしたが、そこで厄介な問題が発生していることに今更ながら気が付いた。
「……」
自分の下半身がほとんど丸出しの状態になっていた。自分の能力で飛んだときの放射熱で衣服が燃え尽きてしまったのだ。確実に誰も見ていないと分かっていても、リコは反射的に股間を隠し、顔を赤らめた。そして少し悩んだ後、意を決して再び能力を使い、暁たちのいるデュカリオンへと向かうのだった。
さて、デュカリオンの方へ向かった暁たちは奇妙な違和感を覚えていた。近づけば何らかの攻撃が来るものと思っていたが、それがない。《アイス・ナイン》の二射目も今のところ撃たれる様子はない。デュカリオンはすべての活動が止まっているかのように沈黙していた。
「エーコ。何かわかるか?」
「先ほどから通信していますが、繋がりません!」
「前と同じか」
「いえ、違います!」
「何?」
「地球で試したときは403 forbiddenでしたが、今は404 not foundが返却されています!」
「つまりどういうことだ?」
「以前のように私の通信を拒否しているわけではなく、通信先自体が存在しません!」
「……つまり、デュカリオンの通信機が壊れている?」
「はい! おそらくそうかと!」
デュカリオンが目の前に迫って来た。全長1.5kmの巨大な箱舟。周囲に入れそうな場所がないか確認してみるが、なかなか見つからない。
「暁さん! あそこに船内からの漂流物が漂っています! 中に入れるかもしれません!」
「漂流物……?」
エーコの指さす方向に暁は視線を移す。エーコが「漂流物」と評したものを目視で確認した。最初はそれが小さなごみのようにしか見えなかったが、それが何なのか認識した途端暁は全身が粟立つのを感じた。
「暁さん、呼吸が激しくなっています。酸素が予定より早くなくなってしまうので呼吸を落ち着かせてください」
「……忠告痛み入るよ」
エーコの指さす方向にあったのは、宇宙空間を漂っている生身の人間だった。苦悶に歪んだ表情と自らの首を思いっきり握りしめた様子の死体が、そこら中に浮かんでいる。空気が存在しないからか、距離があっても彼らの表情がはっきりと分かる気がした。それは暁の錯覚だったかもしれないが、この暗く広大な空間を漂っていく彼らを前にほんの少しだけ感傷的になるのは仕方のないことかもしれない。
「……エーコ、中に入ろう」
「了解です!」
船体には暁が余裕で通れるくらいの穴が空いていた。船員たちはここから外に吹き飛ばされたのだろう。だが、当然暁はデュカリオンに攻撃など仕掛けていない。穴の位置は地球の反対側にあるから、地球側から攻撃を受けた可能性も低い。
デュカリオンの中を進むと隔壁に船体と同じような穴が空いていることに気づく。さらに、中にあった死体は外とは違い、ひどく損傷していた。人間同士が争ってつくような傷ではない。まるで、猛獣に襲われたように傷口がえぐれている。
その時には、暁はこのデュカリオンで何が起こったのかをある程度察することができた。
艦橋にそいつはいた。
「やっぱりお前か」
「形状一致。魔甲虫です」
間髪入れずに魔甲虫は暁に襲い掛かってくる。しかし、暁にとってはいつもの作業を行うだけだった。《インターステラー》で壁にたたきつけて動きを封じ、抵抗できなくなった魔甲虫の頭部を切り落としてとどめを刺す。
なんの因果か、デュカリオンが対魔甲虫用の兵器 《アイス・ナイン》を使おうと照準を太陽に合わせていた時に、当の魔甲虫が横腹に突っ込んできたのだろう。あるいは最初は地球を狙おうとしていたが、魔甲虫が突っ込んできて照準が太陽にずれたか……もはや真実を語れるものは誰もいない。
「デュカリオン艦長。神谷勝二様を確認しました。肉体の欠損大、心肺停止しています」
「……」
暁はその場で目を閉じ、黙禱を捧げた。
たとえ気が狂って地球を滅ぼそうとした者たちだとしても、この宇宙に出て何十年と生きてきたことについて暁は敬意を表さずにはいられなかった。船長を含めて反乱側のメンバーはどうしようもない愚か者として歴史に名を残してしまうかもしれない。だが今は……。
完全なる静寂の中で、暁はその死を悼むのだった。




