021.明日の笑顔のために
ベティが単独室に拘束された後、しばらくセシルは被害状況などの整理と報告で忙しくしていた。暁も手伝ったが、すべてが終わった頃には夕方になっていた。
暁は慌ただしかった1日を思いながら、中庭のベンチに座り空を見上げていた。夕まぐれの時間が紺色と橙色のグラデーションを作り上げている。雲の流れの速さが風の強さを物語っていた。そこに砂利を踏みしめる靴の音が入り込んでくる。
「風早さん」
声のほうに振り向くと、そこにはセシルがいた。やはりいつ見ても美人だ。しかし、それだけに夕暮れで半身に影が落ちているのを暁は残念に思った。
「隣、いいですか?」
「もちろん。俺の隣は美女に対して常に開放されているからな。もちろん、他の美女が座っていない場合に限るが……」
「元気そうで安心しました」
相変わらずの暁を見て安心したのか、セシルは微笑んでベンチに腰掛ける。その際にスカートを押さえるしぐさには、暁をして目を見張るほどの洗練された美しさがあった。
「今日はすみませんでした」
「ん? あの程度の手伝いならいつでも大歓迎さ」
「あ、いえそっちではなく。その、私の部屋で……」
「ああ、そっちの」
仕切りなおして、セシルは話しはじめた。なぜあんなに早急に暁との肉体関係を迫ったのかを。
「私の能力を見ましたよね。《パニック・ルーム》」
「ああ」
「フリークスに求められるのは魔甲虫を倒すことです。でも、私の能力は……」
「魔甲虫を倒すのには使えない、か」
「はい」
セシルの能力、《パニック・ルーム》は自分を中心に世界と隔絶した空間を作り出す。それだけの能力だった。
「色々試しました。自分を中に入れずに《パニック・ルーム》を発現できないかとか、《パニック・ルーム》で物体を中途半端に取り込めば切断できるんじゃないかとか、《パニック・ルーム》内でなら魔甲虫にダメージを与えられるんじゃないかとか、自分で戦うのはムリでも他のフリークスを支援できないかとか」
セシルは少しずつ早口になっていく。その声色には怒り……いや、憤怒の相が現れていた。
「でも全部だめでした。私の能力は結局役立たずだった」
暁は黙ってセシルの言葉に耳を傾ける。その声には震えが混じり、積年の感情があふれはじめていた。
「私はこのコミューンで5年ぶりに生まれたフリークスでした。だから期待されていたんです。でも、戦闘に向かない能力だと分かって……どこかの誰かが言ったんです『役立たず』って」
セシルはそこで言葉を飲み込んだ。しばらくして深呼吸し、再び口を開く。
「もう、誰に言われたのか、名前も顔も覚えていないんです。でも言葉だけが記憶から消えてくれない。わかるんです。その日から私の中に小さな穴が開いたんだって。そして嫌な事があると、その穴が大きくなる……その穴を埋めたいから、防衛隊の仕事を手伝ってきました。役立たずなんかじゃないと証明したくて……でも、でも私はどんなに頑張ってもリコさんみたいにはなれない」
そこではじめて、セシルは暁の顔を見つめた。口調がしだいに荒々しくなっていく。
「そんなときにあなたが現れた。世界で唯一の男のフリークスが。もし、私とあなたが子供を産んでその子がフリークスなら、確実にフリークスを産めるなら、私は人類の救世主として永遠に人々の記憶と記録に残ることができる。誰も役立たずなんて思わなくなる……!」
言い切った後セシルはうつむき、再び顔をあげたときにはいつもの表情に戻っていた。
「……その思いは今でも変わっていません。私のこと、好きなんですよね? なら昨日の続きをしましょう」
「セシルさん。俺のことは好きかい?」
質問をする暁の表情は薄く微笑んでいた。その表情から意図を読み解けず、セシルは素直に自分の感情を答えた。
「……いいえ」
暁はその答えを聞いて満足げに頷く。
「昨日言ったが俺は童貞だ。しかし、セックスはこの世の男の誰よりも上手い」
「え? なんでそんな事がわかるんですか? 童貞なのに」
「何しろ俺だからな」
「……?」
支離滅裂なその言動にセシルは困惑しはじめた。目の前の男が一体何を言いたいのか、さっぱりと見えてこないのだ。
「今は俺が好きでもないかもしれない。だがセックスをしたとたんセシルさんは俺を好きになってしまう。俺があまりに上手だから……それが俺の欠点だ」
「え? あの、今どういう話をしてるんですか?」
「愛の話さ。俺が上手すぎるがゆえにすべての女性は俺の体を愛してしまう。だが、本当の愛って言うのは心も体も愛するものだと俺は思っている」
「は、はあ……」
「だから心も、いや心こそ俺のことを好きになってもらいたいのさ。なに、そんなに時間はかからないはずさ。さっきは否定していたが実はセシルさんは俺のことが好きになってきているからね」
「え?」
勝手に自分の感情を決めつけられてセシルは唖然とする。一緒に生活している間、リコが言っていたようにちょっと変だし気持ち悪いなと思ったことはあったがここまでだとは思っていなかった。
「そして俺のことを本当に好きになってもらうために必要なのはやはり実績だな。セシルさん、モーターにはいろんな種類があるんだ」
「……え? なんですか突然」
セシルの困惑を無視して暁は話を進める。
「モーターは色々な機器に使われているが、大抵は滑らかに回転するもののほうが高性能だ。電気エネルギーを効率的に運動エネルギーに変えられるからな」
「はあ……」
「そう考えると、滑らかに動かず振動が多いモーターは役立たずに思えるが……実際には役に立っている。それも俺たちの身近なところでね」
「……どこですか?」
「携帯のバイブレーションさ」
暁は、自分の携帯をポケットから取り出した。
「セシルさん。あなたの能力も使い方しだいだ。魔甲虫退治に使えなくても他の使い道が見つかる……いや、俺が見つけてみせる」
暁はセシルをじっと見つめた。
「あなたの携帯が震えるとき、そこから『役立たず』なんて言葉がでてこないようにね」
「……」
あまりに急展開すぎる話の流れにセシルはしばらく呆けていたが、暁の意図を理解して微笑んだ。そしてそのままベンチから立ち上がる。
「私の計画に勝手に巻き込んだのに、気を使わせてしまって立つ瀬がないですね……先ほどの話、嬉しかったです。期待せず待っていますね」
「期待して待っててほしいな」
「それから霧羽さんと話して風早さんの1人部屋を用意するように取り計らってみます。正直好きでもない男性と同じ部屋の中にいるのは堪えるので」
「おや、そうかい? 共同生活の中で愛を育むのも悪くないと思っているが」
苦笑しながらセシルは歩きはじめた。
「先ほど言った通り私はあなたに期待していません。だから自尊心と虚栄心を自分で守る必要があるんです。そのためにはちゃんとした収入と人脈と知識、それから……自分一人の部屋が必要なんです」
暁の方を振り向いたセシルの表情は少しだけ晴れやかになっていた。それを見て暁も少しだけ安心した。
「……ああ、いいと思う。どのみち将来的には同じ家に住むことになるだろうし」
「……本当にいい性格していますね。風早さん」
セシルは中庭を後にした。空は暗闇に包まれつつあり、わずかな星がきらめいている。それを眺めながら暁は上機嫌で鼻歌を口ずさみはじめるのであった。




