016.一週間
午前の診察が終わりそろそろ昼飯にしようかと考えている邑輝のところに1人の男が現れた。
「邑輝先生」
「どうした。傷の具合でも悪くなったのか」
声の主は暁だ。いつの間にか診察室の扉を開けて中に入っていた。
「おかげさまで体のほうは問題ない。それとは別に聞きたいことがあって来た」
「治療以外で医者を呼び出すのは感心しないな。アポイントもない」
「骨の一本でも折ってから来たほうがよかったかな?」
あの後、部屋から出て病院棟に直行した暁は邑輝に話を聞きに来た。理由は当然、セシルと同室になった件だった。
「セシルさんと同棲させるとは思い切ったことをしたな」
「批判したい気持ちはわかる。正直な話、若い男と女が同じ部屋で過ごしたら自然とそうなるだろう、という根拠のない理由からだからな」
「俺を見てくれ邑輝先生」
「?」
暁の言葉の意図はわからなかったが、とりあえず言われた通り暁を見てみた。怪我はあるがとくに問題があるようには見えない。
「とくに問題はなさそうだが?」
「だろうな。問題があるのは四十六室の認識のほうだ。俺が別の部屋だと女に手を出せないような社会不適合者に見えるか?」
「なるほど、そちらか」
「むしろセシルさんにムダに警戒心を抱かせてしまい、進捗に遅れが出る可能性もある」
「納期はないから進捗は気にしなくていい」
「そういうことを言いたいんじゃない」
ひととおり漫才をして気が済んだ後、暁と邑輝は本題に戻ることにした。
「『フリークス同士が子供を作るとその子供もフリークスになる』。正直な話オカルトに足を突っ込んでいるように思えるが?」
「そういわれても仕方がない。他のコミューンでフリークスのクローンを作ってもそのクローンはフリークスにはならなかったことがわかっている。それに双子でも片方はフリークスでもう片方は普通の人間だった、という例もある。遺伝的な要素がフリークスの誕生に関与しないことは科学者の間でほぼ合意が取れているのが現状だ。だが、それがすなわち『フリークス同士の子供はフリークスになる』を否定することにはならない」
「何もわからないから否定する要素にもならない、か」
「そうだ」
これまでの会話から暁はこの世界のフリークスに関する状況をある程度推測することができた。物理学では「実験屋」と「理論屋」がいて、実験で発覚した事実に理論が追いついたり、逆に理論で予言されたものが実験で実証されたりとお互いが支えあって成り立っている。しかし、そんな物理学の世界でも実験的に新しい新粒子が次々と発見されて理論がまったく追いついていない、という時代があった。
今のフリークスを取り巻く環境がそうなのだろう。つかみどころのないフリークスという存在に対して実験を繰り返し、そこでわかった事実に対して理論を追いつかせようとしている段階。
「まあ、事情は汲み取れる。リコと同棲を続けさせるのではなくセシルさんにしたのは……」
「ブリュネ君は戦闘員ではない。キャンディ君が妊娠して動けなくなるのはかなりまずいし、ランブラン君は初潮が来ていない」
「下らん考えだ。どのみち全員俺が妊娠させることになるのに」
「おや、ランブラン君と会ったことがあったか?」
「ない。俺と結婚しそうな子くらい名前を聞いただけでわかる」
「それはすごい」
邑輝は適当に聞き流すことに決めた。
「まあ、君がブリュネ君と同室になったのは他の理由もある」
「他?」
「ブリュネ君から要望が上がった」
「……!」
邑輝の一言で暁はすべてを理解した。暁は自分自身を過小評価しすぎており評価を見直さなければならないと考えた。
おそらくセシルさんは出会った時点で俺に惹かれており(俺はイケメンであり、立ち居振る舞いも洗練されていて頭もよく気配りもできるため一目ぼれされることは高確率で起こる。実際に小学生の頃に1日に2回も女子から告白を受けたという実績もある)、それゆえにリコとの同棲にもやもやとした感情を抱いていたに違いない。俺がフリークスとして能力を覚醒させてリコとの同棲が不要になったタイミングでいじらしくも四十六室に今回のことを請願したのだろう。
……というのが暁の考えであった。
「それを早く言ってくれ。すでに2人は愛し合っていたというわけだ」
「愛し合っているかはどうでもよいが、ぜひ男女の営みはしてもらいたい」
「愛し合っていることが重要だろう? 男女の営みはそれに付随するオプションプランだ」
「愛はなくても抱くことはできる」
「……100年後ではそれが一般的なのか?」
信じられない、という表情をする暁を見て邑輝は少し待つように話した。近くの本棚の上の段にある、かなり分厚い本を取り出して読みはじめる。その中のあるページを広げて暁に渡した。
「もしかして、君の生きていた時代とは結婚の在り方が大きく異なっているのかもしれないな」
「ほう?」
開かれたページを暁は読みはじめる。そこにはこう記載されていた。
◇
2070年5月18日。四十六室により決定した新男女婚姻法に対する抗議デモが発生し防衛隊と激しく衝突。死者3名、重傷者11名を出す騒ぎとなった。同法は婚姻における権利をほぼ四十六室に置くものであり、自由の侵害であるとしてコミューン内で反感が高まっていた。
◇
「新男女婚姻法だと?」
「私の生まれる前の話だが、色々といざこざがあったようだな。今では四十六室配下の人事部門で結婚相手は決められている」
「馬鹿な。恋愛の自由がないのかこの時代は」
「ないわけではない。規定の年齢までに婚姻届を出せば自分で選んだ相手と結婚はできる。子供さえ作ってくれればこちらとしてはどちらでもいいからな」
「……なるほど。フリークスが生まれる条件が分からないから、出生率を下げられない。そのための法案か」
「その通り。逆にフリークスの生まれる条件が分かれば、四十六室で市民の結婚を管理するなどという面倒な真似をせずに済むとも言える」
確かに100年前とは結婚についての考え方が大きく変わっている可能性がある。セシルが同棲を望んだということが事実であっても、そこに恋愛という感情が紐づいているかどうかはまったくの別だ、という話を邑輝はしたいのだろう。そう暁は理解した。
「だが俺の魅力は法を凌駕する」
「ん?」
「今の時代の常識がなんであれ、俺は魅力的なのでセシルさんも恋愛的な意味で俺との同棲を望んでいると理解した」
「……そうか」
その自信がどこから来るものなのかまったくの不明ではあったが、邑輝としては恋愛感情があろうがなかろうが子供を作ってくれればまったく問題ないので何も言わないことにした。
「邑輝先生、邪魔して悪かったな。俺は今すべてを理解した」
「そうか、何よりだ」
自己完結した暁は上機嫌で邑輝の元を去った。早足で寮に戻るとセシルの部屋のドアをノックする。そういえば、まだ合鍵をもらっていなかった。チェーンを外す音とサムターンを回す音が聞こえて、ドアが開く。
「おかえりなさい。風早さん」
「……ただいま」
悪くないやり取りだ、と暁は思った。まるで新婚夫婦みたいじゃないか。新婚旅行は熱海にしよう。
「驚いたよ。まさか結婚相手を他人が決めるのが当たり前なんて」
「魔甲虫が現れる前は、違ったんですね」
「自分たちで決めるのが普通だった。まあ、お見合い結婚みたいなのがあるにはあったが。まあ両想いである俺たちの間には不要な制度だ」
「え、あ、はい」
とにかくぐいぐいとくる暁に若干セシルは引き気味になっていたが、気持ちで負けまいと一歩前に出る。
「私は……暁さんに好意をもっています。リコさんと一緒にコミューンを抜け出した夜にはっきりと自覚しました」
あれ? 思ったより惚れるタイミングが遅かったな、と暁は思ったが、いい雰囲気なので何も言わなかった。暁は空気が読める男だった。もじもじと顔を赤らめるセシルの姿を見てその愛らしさに暁の脳内ではめくるめく愛の世界が展開された。
しかし、男風早暁はそこで突っ走るような男ではないのだ。抑えきれないほどの愛をあえて振り切り、セシルの両肩を掴む。
「風早さん……」
「セシルさん。俺たちがお互いのことを好きなのはもはや確定事項。しかし、俺たちは次の一歩をまだ踏み出すべきではないと考えている」
「……と、いうと」
困惑顔のセシルに、暁は自分の考えを述べはじめた。
「今の俺たちには足りないものがある。俺の怪我が完治していないことだ。当然俺はこの状態でもセシルさんを満足させられるが、あなたのことを全力で愛したいので完治までの一週間、待ってくれないか」
「一週間、ですか」
「ああ。そうしたら怪我も治るし、何よりも一週間の同棲生活によって俺とセシルさんの恋愛感情は何倍にも膨れ上がることだろう。その感情は愛の営みを何十倍にも素晴らしいものにするスパイスになる」
「わ、わかりました。私も風早さんのこと、もっと知りたいですから……」
暁に気圧されつつもセシルはそれに同意した。ここに、暁とセシルのドキドキ☆一週間の共同生活がスタートしたのであった。




