015.ヴォヤージュ1969
なにぶん暁は足を怪我していたので、引っ越しはリコとセシルの手も借りて行われた。来て数日しか経っておらず、荷物が少なかったのが幸いして引っ越し自体はあっさりと終了。しかし、この先の生活はあっさりとはいくまい、そう暁は確信していた。
「重力ですか」
「ああ。重力を無くして無重力状態にしたり、逆に増やして相手の動きを鈍らせたり、攻撃を避けたりできるみたいだ」
暁は自分が覚醒した能力についてセシルに詳細に説明していた。
「それから、これも」
暁はすっと手を掲げ、自らの手のひらに力を纏うようにイメージを重ねる。すると、刀の精霊魔装が発現した。
「これは……!」
「ロココちゃんに聞いたよ。精霊魔装っていうんだろう?」
「ええ、まさかこんなに早く使えるようになるとは思いませんでした」
「追い詰められて必死だったからかな」
発現してしまえば普通の日本刀と変わらない存在感を示すそれは、暁が不要と思ったとたんに幻のようにかき消える。
「先ほどの精霊魔装はどんな能力を?」
「能力? とくには何も……出していると重力操作がやりやすくなる感じはしたかな」
「そうですか……精霊魔装は通常の能力とは別の力が宿っていることもあるんですが、風早さんのはシンプルですね」
そう言うと、セシルは何やら1人で考えはじめた。
「『グラビティ』、は単純すぎますね。重力、重力……」
「セシルさん?」
「能力名を決めようとしてるんでしょ」
話に入ってきたのはリコだった。
「能力名?」
「フリークスのあだ名みたいなもんよ。慣例でつけてるらしいわよ。誰がやりはじめたのかは知らないけど」
「ああ、《ダンテズ・ピーク》とかいうのもそれか」
「そうそう。それ私のね」
慣例ならば仕方ない。郷に入っては郷に従え。しかし、もっとわかりやすい名前にならないものだろうか? 《ダンテズ・ピーク》という名前からリコの炎を出す能力はとても想像ができない。
「整いました」
まるでなぞかけが得意な芸人みたいなセリフを言い出したセシルに、暁とリコは注目した。
「星と星との間に働く力、ということで《インターステラー》なんてどうでしょうか」
「《インターステラー》……イカした名前だ。言葉にならない雄大さを感じる」
「気に入ってもらえたようで何よりです」
実際のところ重力は星の間にだけ働いているものではないが、言わない、そんな無粋なことは。
「魔甲虫と戦うことを決意していただいてありがとうございます。フリークスが増えた分、コミューンとしてもいろいろ動きやすくなります」
「お礼はいいさ。自分の都合もあるからな」
「それでもとてもありがたいです。魔甲虫と戦っていただくのは足の傷が治ってからになると思いますが……」
セシルの視線は暁の足に向いていた。服の上からなので目立ちはしないが、中は包帯でぐるぐる巻きの状態だ。こんな状態で引っ越し作業をしてもほとんど負担がかからないのは能力さまさまである。それでも、傷の痛みは油断したときに限って暁を襲う。
「邑輝先生が言うには一週間激しい運動は控えろってことらしい」
「そうですか。激しい運動は、ダメなんですね……」
なんだか若干セシルの顔が赤くなった気がする。気のせいだろうか? いや、気のせいではない。暁は確信していた。自分が今王道を歩いているということを。その王道にはセシルと恋人になり、結婚し、幸せな未来を築き上げるという里程標がしっかりと立てられている。だからこそ、急ぐことはない。暁は2人の中をじっくりと深めるために他愛のない話題からことを進めることにした。
「そういえば、邑輝先生のところにいた安曇野さんが2人によろしくと言ってたよ」
「ああ、安曇野さん。邑輝先生のところで働きはじめたんでしたね」
「最近会ってないわね……防衛隊では大人気だって話は聞くけど」
「あの容姿、やさしい声色。当然の結果だな」
「やっぱり容姿とか気にすんのねあんたも。いやらし」
「エッチな男の子は嫌いかな?」
「嫌い」
「ははは、いずれ好きになるさ」
バカなことを言いながら暁は屈託なく笑う。リコはため息をつくことしかできなかった。
「さてと、引っ越しの手伝いはこのくらいでいいでしょ? あとは若い2人で親睦深めててよ」
「おっと、若い3人でも俺は一向にかまわないんだが……」
「移り気な男は嫌われるわよ」
リコはそそくさと部屋から出ていき、暁とセシルだけが残された。片付けの終わったその部屋を暁はざっと見渡す。「2人の愛の巣としては上出来じゃないか」と無言でうなずいた後、セシルに向き直った。
「新婚生活をはじめる前に聞いておきたいんだが……」
「新婚ではないです」
「なぜ俺たちが同棲することになったか、セシルさんは把握してると思ってもいいのかな」
「……はい」
セシルは四十六室がなぜ2人を同棲させようとしているのか説明をはじめた。セシルは机に備え付けの椅子に、暁はベッドに腰かける。
「フリークスという存在について大部分がよくわかっていないことはもうご存じですよね?」
「なぜ力が使えるか、どうすれば生まれてくるのか、根本的なところが何もわかっていないとリコから聞いた」
「その通りです。でも、その情報を過去にできるかもしれません。あなたと私なら」
「なるほど」
正直、暁もある程度は予想がついていた。今まで女性だけだったフリークスの中に男のフリークスが現れたのである。誰もが考えるだろう「フリークス同士で行為をすれば、生まれてきた子供はフリークスになるのか?」と。
「お偉方は俺とセシルで子供を作れと言っているわけだ」
「……その通りです」
セシルのほほが紅潮する。その表情に暁は否応なく興奮するが、同時にもやもやとした感覚が心の中から芽生えてくる。それは暁のプライドから生じるものであった。
「気に入らないな」
「……」
「『同棲でもさせなければ俺とセシルさんはくっつかないだろう』などという誤った認識を上層部は持っているようだ」
「……え、気に入らないのはそこですか?」
そう、暁は何よりも自分の能力を侮られていることに憤りを感じていた。部外者からのお膳立てなど不要で俺とセシルさんは結ばれる運命にあるのだ、というのが彼の持論であった。もちろんその考えはリコに対しても適用される。そして再帰的に暁が愛するすべての女性にも適用されることになる。
「上層部……四十六室と一度話をする必要がありそうだな」
「暁さんが抗議をしても同棲の解除はされないと思います」
「ああ、そこは解除するつもりはない」
「え?」
「セシルさんのような人と同棲なんて最高のシチュエーションだ。ただ、他人からのお膳立てという点が気に食わないだけさ」
気に食わないは気に食わないが、とりあえず自分にとって都合のいい展開になるのであれば批判をしつつ利用する。暁はそういう男であった。
「四十六室にクレームを入れたいな。適当な窓口に問い合わせを投げてみるか」
「霧羽さんは突っぱねると思いますが……」
「霧羽よりは話を聞いてくれそうな人物に心当たりがある」
暁はにやりと笑った。




