014.年下の男の子
「まったく君は一体何をやっているのやら」
「まったく反論できない」
病院棟で暁は怪我を負った足の治療を受けていた。あの四十六室の男に小言を言われながら。いちいち四十六室の男だとか医者の男だとか言うのが面倒になって来た。彼は邑輝という名前だと読者には伝えておこう。
「君たちが突然コミューンを抜け出したと聞いて防衛隊は大わらわ。四十六室も緊急招集。おかげで私もこんな時間まで起きていたというわけだ」
時計の針は4時を指していた。もちろん、深夜のである。
「足の傷は単なる刺し傷だ。襲ってきた彼女の能力に、毒などはなかったようだ。だが、一週間は激しい運動は控えるように」
「それを聞いて安心したよ」
「こちらはまったく安心できない」
「本当に悪かった。だが、もうこんなことはしない。決心もついたしな」
「決心?」
「このコミューンでフリークスとして戦おうと思う。魔甲虫と」
「いい心がけだ」
その言葉とは裏腹に、邑輝の表情は晴れなかった。
「さっき安心できないと言ったのは君の行動だけの話ではない。君を襲ったロココという少女たちは君がフリークスであることをすでに知っていたと思われる」
「……だろうな」
「防衛隊の人間には箝口令を敷いていたが……まあ、テレポートを使うフリークス相手に完全な情報封鎖は不可能だろうな」
邑輝の懸念というのは本来秘匿すべきだった「男のフリークス」である暁の情報が筒抜けだった事だ。四十六室が当初考えていた方針は見直しを迫られることになるだろう。
「まあ、君が無事であればどうとでもなる話だ。私はこれからまた四十六室に出向く。安曇野くん。彼に杖を」
「はい~」
間延びした声の女性が暁に杖を持ってきた。茶髪の天然パーマで眼鏡をかけている。何がとは言わないが、暁は彼女を見た瞬間「でっか……」と心の中でつぶやいてしまった。
「暁くん。こちらをどうぞ~」
「ありがとうございます」
でっか……何がとは言わないが。2つの白い巨塔に圧倒されつつも暁は杖を受け取る。正直杖は必要ない程度のけがではあったが、女性からの贈り物は素直に受け取るのが暁の流儀である。
「安曇野さんでしたね。いい名前だ。年下の男の子は好きですか?」
「う~ん。年上の方が好みかなぁ」
「なあに、すぐ年下の良さにも気づきますよ。もっとも貴女を満足させられる年下はこの風早暁を置いてほかにいませんが」
「噂通りの子なのね……。そういうのは大人になってからね?」
「wow、早く大人になりたいな!」
「まあそれはともかく安静に。それとセシルちゃんとキャンディちゃんによろしくね」
「おや? 安曇野さんは2人と知り合いで?」
「うん。ちょっと前は一緒に行動することも多かったんだけどね。私、元フリークスだから」
「……元?」
それは、暁にとって衝撃の一言だった。「元」ということはフリークスとしての力が無くなることがあるということだ。
「知らなかった。フリークスではなくなるなんて事が?」
「あ、説明の時に話してなかったんだ。フリークスって大体20歳くらいから能力が衰えはじめるから、取り決めで21歳からは魔甲虫退治しなくなるんだよ。私は今年21だから~」
「じゃあリコも」
「うん。キャンディちゃんは14だから後6年。セシルちゃんは16だから後4年だね~」
「セシルさんもフリークス?」
「あ、それも知らなかったの? まあ、セシルちゃんは戦闘向きじゃない能力だから魔甲虫退治には呼ばれないしね」
暁はこの世界におけるフリークスの重要性を再認識した。たとえフリークスとしての能力に目覚めた者がいたとしても、戦えるのはせいぜい数年程度しかない。その数年の内に新しいフリークスが生まれなければ、そのコミューンは終わりなのだ。以前リコが言っていた「背水の陣」という言葉の重さが桁違いであったことに暁はここにきてはじめて気づいた。
それはすなわち、フリークスを自在に産むための糸口になるかもしれない「男のフリークス」である暁の重要性も桁違いになるということだった。それは四十六室も大わらわになるだろう。そんなことをリコの居ない部屋で考えながら、眠気で暁の意識が遠のいて来たタイミングでその放送がやってきた。
『風早暁。第一会議室に来てください』
眠気を振り払い会議室に行ってみると、そこにはリコとセシル、そして最初の説明の時にいた嫌味な男がいた。彼の名前も教えておこう。名を霧羽という。ムリに覚えなくてもいい。
「四十六室での決定を伝える」
暁が椅子に座るか座らないかというタイミングで霧羽は話しはじめた。
「まず、君の存在については全世界に公表することにした。同時に人類の希望に繋がる研究について横須賀コミューンで進めるということもな。君が余計な事をしてくれたせいで……」
そもそも暁が何もしなくても情報は漏れていたわけだが、そのことについてはとくに反論しなかった。暁の存在を公表するのは、「フリークス研究の成果を独占しようとしていた横須賀コミューン」から「人類のために研究をすすめる横須賀コミューン」に立場を変えるためだろう。後者なら自身の清廉潔白さを主張しつつ、暁が奪われた場合に相手に非難を集中させることができる。それで怯んでくれる相手ばかりであればよいのだが。
「そして、アプリコット・キャンディとの同室は解消だ」
霧羽の発言を暁は静かに受け入れていた。リコと一緒に生活するという輝かしい日々が無くなるのは残念だが、いきなり知らない男と住むというのは彼女に大きな負担を強いることになるだろう。愛する女性が辛くなることを続けるくらいなら自ら身を引く。それが風早暁。
それに暁はすでにフリークスとしての能力に開眼し、自らを守れるだけの力は手に入れていた。同室解消は妥当な判断だろう。
だが、そんな暁の耳に驚愕の言葉が飛び込んでくる。
「代わりに、セシル・ブリュネと同室になってもらう」
「……ほう?」
意図が分からず一瞬暁は固まった。リコの部屋から出たと思ったら次はセシル。まるで女を代えながら生活に寄生しているヒモ男のようだ。当然暁はヒモ男のような生活は断固拒否であった。もちろんやろうと思えばヒモ生活だってできると確信していたが、それとこれとは別の話だ。
「セシル、後の事は頼んだぞ」
「はい」
セシルの返事を聞くと、霧羽は足早に会議室から出ていった。残される少年少女3人。
「えっと……そういうことなので、よろしくお願いします。風早さん」
「横須賀コミューンはひょっとして俺にヒモ男の才能を見出したのかな?」
「いえ、そういうわけではないんですが……」
セシルにしては歯切れが悪い。そして顔も若干赤い。おっと、これはそういうことか。そういうことならドンと来いだ。と暁はすべてを理解してセシルに微笑みかけた。2人の雰囲気を感じ取ったリコが立ち上がりながら口を開く。
「……じゃあ、私は部屋に戻ってるわね」
そそくさとリコは会議室から出ていく。男女2人、会議室……とくに何が起こるわけでもない。
「その、説明は後で必ずしますので、とりあえず荷物を私の部屋に移動させてください」
「もちろんさ。電光石火のスピードで、と言いたいところだが……」
その時暁は、眠気が限界に来ていた。
「明日の朝でいいかな……?」
生理現象にはいかに暁であっても逆らえない。だがそれは同時に性欲に逆らうことができないことも意味していた。思春期:風早暁。いざ、参る。




