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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第十六幕『ハイスクール・フリート』編
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117/159

117.閉塞の拡大

 真夜の言葉を驚きとともに受け止めたのは、その場ではリコと暁だけだった。


「そんな情報とっくに知っている。そっちで勝手に対策することだな」


 突き放した霧羽の言葉に、暁が待ったをかけた。


「いや、詳しく話を聞く必要がありそうだぞ」

「なに?」

「前に話しただろう。彼女たちは、俺たちとは異なる世界から来ているかもって」


 暁が向けた視線に、真夜は無言で頷いた。


「その通りじゃ。わしら大日本帝国はこことは違う世界からきた。フリークスの力を使って」

「よし、俺の予想が的中だ。そうなると、宇宙が縮小しはじめた原因もだいたい推測できる」

「な!?」


 霧羽と真夜が同時に驚きの声をあげた。


「ああ、その前に真夜にいくつか確認したい」

「なんじゃ?」

「この前40隻近い軍艦をこの世界に送り込んでいたようだが、以前からこの世界に物資を送っていたんじゃないか?」

「ああ、そうじゃ。最初は犬や猫、次は人間……つまりワシじゃが、それで試して次に軍艦。ハレカゼという骨董品の船を送ってみて上手くいったので作戦に踏み切った。それがどうかしたんか?」


 うんうん、と暁は頷き、突然電話をかけだした。


「やあ、ロジェちゃん。ちょっと楽しい話がはじまるから会議室に来てくれないかな。ああ、ありがとう」


 電話を切った暁は、続いて虚空に向かってしゃべりはじめる。


「エーコ、いるか?」

「はい、こちらに!」


 ガラッと会議室のドアを開けて、エーコが現れる。


「よし、これで役者が揃う」

「まーたあんたの講演会がはじまるわけ?」


 リコが呆れたように言う。暁が女の子を集めはじめると、そこから持論の展開や実験がはじまるということはすでに周知の事実であった。もちろんリコの予想が外れるわけもなく、しばらくしてロジェが到着したと同時に暁の演説がはじまった。


「さて、みんな知っての通り現在我々の宇宙は絶賛縮小中だ」

「え? なにそれ」

「私もさっきはじめて聞いた」


 まだ事情を詳しく知らないロジェとリコが声をあげる。暁は簡単に現状を説明した。


「そしてそれは別の世界から来ている真夜の世界でも起こっているらしい」

「別の世界!? どういうこと!?」


 またしても何も知らないロジェ・ランブランさん。ただ、今度の話は以前暁から多世界解釈の説明を受けていたため、比較的楽に理解できたようだった。多世界解釈では選択の数だけ世界が作られる。その結果、遠く離れ離れになった2つの世界。それが暁たちの世界と真夜たちの世界なのだ。フリークスは存在するが名前が異なり、魔甲虫は存在せず、日本が健在という「ありえたかもしれない世界」。


 そして今、その2つの世界で同時に宇宙の縮小が起きている。


「さて、この奇妙な状況に対する俺の推測はこうだ」


 暁はホワイトボードに2つの丸を描く。片方は暁たちの世界、もう片方は真夜の世界だ。


「2つの世界は異なっているが、過去のどこかで1つの世界から分岐した世界のはずだ。多世界解釈に基づけばな。そう考えると奇妙な点が1つ出てくる」

「2つの世界があるって時点ですでに奇妙なんだけど……」

「はは、まったくリコの言う通りだ。まあ、それは置いておこう。元々1つの世界が2つに分離したが地球や太陽は両方の世界に変わらずあるし、宇宙は膨張し続けていた。つまり分離の瞬間、世界に存在するエネルギーが2倍に増えている」


 暁は2つの丸の中にそれぞれ「1」という数字を書き加える。


「これは一見エネルギー保存則に逆らうように見えるが、多世界解釈ではこの2つの宇宙は物理的に孤立し干渉は不可能だから問題はない。エネルギー保存則は孤立系のエネルギー総量が変化しない、という定義だからお互いが干渉不可能なこの場合はエネルギー保存則は守られる」

「……まさか」


 この意味にいち早く気づいたセシルが目を見開いた。暁は2つの丸の間をつなぐように線を付け足した。


「セシルさんの考えている通りだ。本来孤立していたはずの2つの世界に物質とエネルギーのやり取りが発生してしまった。真夜たちの侵攻によってな。2つの孤立系はここで1つの孤立系となった……すると元々1つの孤立系だったのにエネルギーだけ2倍ある。これはおかしい」


 2つの丸の中に書かれた「1」という数字を「1/2」に書き換える。


「だから宇宙は帳尻を合わせたんだ。2つの世界のエネルギーを半分ずつにして、合計で『1』になるようにな」


 暁はドヤ顔で話を終えた。完璧な説明だったと鼻高々だったが、その場にいる全員が納得いかない表情で黙ってしまう。沈黙の中でロジェが手をあげる。


「はい。ロジェちゃん」

「あのさ。エネルギーが半分になった! ってのは分かったんだけど、それが何で宇宙の縮小って話に繋がるの?」


 興奮しながら演説していると前提を話し忘れている時がよくある。暁もこのトラップに引っかかってしまっていたようだ。


「おっと! ごめんよ。その話が必要だった。宇宙全体の構成成分を見たとき、大きく3つの種類がある」


 コンコン、と暁はホワイトボードをたたく。


「1つ目はこうした物質たち。これが宇宙の大体5%程度。この中に人間も含まれている」


 次に暁は大きく手を広げた。


「2つ目は『暗黒物質』。これはいまだに観測できていないが銀河の動きを見るに存在しているはずの物質だ。今も俺たちの周囲を飛び交っているはず。これが大体25%程度」


 そして最後に天を指す。


「最後が『暗黒エネルギー』。こいつは暗黒物質以上に謎に包まれているが、宇宙を膨張させていると言われるエネルギーだ。残りの約70%がこれだ」

「……その『暗黒エネルギー』ってのが半分になっちゃったから宇宙が縮小に向かってるってこと?」

「正確には三分の一以下になった、だろう。目に見える星が半分になったり、銀河の運行が変わったりした話は聞いていないから通常物質と暗黒物質に変化はないはず。暗黒エネルギー分だけごっそりと消えたんだ。今の宇宙の構成は通常物質10%、暗黒物質50%、暗黒エネルギー40%」


 言いながら、暁はホワイトボードにペンを滑らせる。


「元々暗黒エネルギーは宇宙の膨張を説明するために考えられた概念でその量は拡張スピードからの逆算だ。もしこのエネルギーが物質の放つ重力よりも小さくなれば……」

「宇宙が縮小する、ってこと?」

「その通り」


 そこまでの話でセシルたちは大体暁の考えていることを理解することができた。そしてそのうえでセシルは手をあげる。


「セシルさん。どうぞ」

「言いたいことは分かりました。ただ、実際にこれが事実なのか判別する方法はあるんでしょうか?」

「ああもちろん。暗黒エネルギーが俺の想定通りの量になった前提でアインシュタイン方程式を解いて、その時得られる縮小スピードと観測された星たちの青方偏移のスピードを比べればいい」

「青方偏移って何?」

「星が近づいてくるとその光の波長が短くなることさ。ドップラー効果と同じ。緊急車両が近づくときは音が高く聞こえて、遠ざかる時には低く聞こえるだろう? それが光でも起きるのさ」

「ふ~ん」

「計算できました!」


 ロジェが納得するのとエーコが口を開くのがほぼ同時だった。


「どうかな。計算結果は」

「暁さんが想定した暗黒エネルギー量で計算した宇宙の縮小スピードと青方偏移で確認された縮小スピードが1億分の1の精度で一致しました!」


 その報告を聞いて、暁はふう、と息を吐いた。


「早速論文にまとめたいところだが、そんな時間もなさそうだな」

「はい! 計算によるとこの宇宙で人間が生存できるのはあと50日ほどが限度です!」

「ご……」


 宇宙終焉までの期限があまりに短いことに霧羽は絶句した。この会議室にいる者たちもほとんど変わらない反応だった。


「ちょっと待ってよ! この宇宙って何億年も膨張し続けて来たんでしょ? それが50日で終わっちゃうって……早すぎない?」

「リコの疑問はごもっともだな。ただ、宇宙も一定の速度で膨張していたわけじゃない。だんだんとその速度をあげながら膨張していた……同様に、この縮小も加速度的に速くなっているんだろう。おそらく現時点で光の速さをとっくに超えている」

「光って……前に光の速さは超えられないって言ってなかった?」

「物質にエネルギーを加えて加速させる場合はそれで合っている。だが空間自体の膨張や縮小はそれには当てはまらない。宇宙のある2点間において、その膨張あるいは縮小のスピードが光速を超えることはあり得る」

「そんな……」


 弱々しく言葉を吐き出したリコを元気づけるように暁は宣言した。


「安心してくれ。俺がこの宇宙の終焉を防いでみせる」

「え!?」


 誰もが暁の顔を見た。彼はいつものような不遜な笑顔とギラギラと輝く目でホワイトボードを眺めていたのだった。


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