118.蟷螂の斧
宇宙の終焉を防ぐと暁は大口をたたいたが、口で言うなら何とでも言える。とりあえずセシルはその場にいる全員が頭に浮かべているであろう疑問を口にした。
「あの……それでどうやって宇宙の縮小を止めるんでしょうか?」
心配と不安が入り混じったようなその表情を見て、暁は安心させるために微笑んだ。
「不安に思うみんなの気持ちはよくわかる。だが、俺には完璧な計画がある」
そこで暁は再びホワイトボードにペンを走らせた。
「まず最初の7日で縮小を止める方法を考える! 次の7日で縮小を止める準備をする! その次の7日で縮小を止める!」
7、7、7と雑な文字が書かれていく。
「正味21日でなんとかなるだろう」
「もっと真面目に答えろ!」
「そもそもまだ止める方法が分かっていないのに準備と実行に7日ずつかかるというのはどこから……」
「っていうか7日で方法考えつくってのも何を根拠に言ってんのよ」
一斉に暁に対して質問、というよりも非難が飛んだ。すると、暁は大きく両手を広げて、その場を収める。
「言いたいことはよくわかる。俺が今出した数字には根拠がない。だが自信はある」
「暁、いつも自信だけはあるもんね」
「ああ、自信が無くちゃ天才は務まらない。いつも謙虚に見える天才も心の中ではふんぞり返って全人類を見下しているもんさ」
「ひどい風評被害のように聞こえますが……」
「その陰キャの天才共に今回は助けを求めることにしよう」
「え?」
「俺1人では答えにたどり着くまでに時間がかかる。それに、せいぜい1つの方法を試すだけで限界だろう。だが俺のツテとコミューンのツテで世界中の物理学者たちに協力を仰げば、もっと早く、複数の方法を試せるはずだ」
そこで暁は霧羽のほうを向いた。
「頼めるか? 霧羽」
その見たこともない真摯な瞳に霧羽は一瞬動揺した。しかし、四十六室の一員として回答は決まっている。
「それしか方法がないならやるまでだ」
「よし。俺のほうでも知り合いの物理学者に声をかけよう。それと真夜」
「な、なんじゃ?」
「せっかく世界が繋がったんだ。そちらの世界の物理学者にも声をかけてくれ。実質そちらのせいでこんな危機になっているんだ。やってくれるよな?」
「ああ! わかった。上と掛け合おう」
希望が見えたことと、役目ができたことで真夜の顔はパッと明るくなった。その顔を見て、やはり女の子は明るい顔が一番だな、と暁は思った。
「それで、私たちは?」
今度はリコが暁に声をかける。
「何か手伝うことある?」
「今はない。が、おそらくみんなには準備と実行の段階で手を借りることになるだろうな」
暁を含め、世界中の物理学者たちはその日から世界を救うための方法を考えはじめた。さまざまな方法をああでもない、こうでもないと考えていく作業はやっている方は意外に楽しいものだが見ている方はそうでもない。やれることがないまま時間だけが過ぎていくと精神がすり減っていく。リコたちは焦燥感を抱いたまま、時を過ごすことになる。
そして、5日後。
再び会議室に集まった暁たちは、状況の報告をはじめていた。
「この5日間でさまざまな意見が出た。うち十数個はすでに検証準備に入っている」
会議室にはリコやセシルたちに加えて、真夜も参加していた。
「その中で普通のコミューンでは準備が不可能なものを横須賀コミューン側で請け負おうと考えている」
「他のコミューンで準備が不可能……ですか? 横須賀は平地が少なく何をするにしても他のコミューンより難しいと思いますが」
「確かに。だが、優秀なフリークスとの繋がりなら他のコミューンよりも上だと自負している」
そこで暁は全員に資料を配った。そこにはパイプで作ったドーナツのような絵が描かれている。
「これは一体?」
「粒子加速器だ」
「粒子加速器って何よ?」
その場の誰もが頭に? マークを乗せていたので、暁は簡単に説明を開始した。
「前に話したが高いエネルギーがあると物質が生成される。そしてこの世で一番有名な式と言われているE=mc2に基づけば、質量の大きい粒子を生み出すには相応のエネルギーがいる。この粒子加速器は2つの粒子を高エネルギーでぶつけて新しい粒子を見つけるための装置なんだ」
「ふーん。これが宇宙の縮小とどう関係してくるの?」
「今回やろうとしているのは初期宇宙の再現だ。資料の2ページ目を見てくれ」
そこには暁が行おうとしている実験とそのためになぜ粒子加速器が必要なのかが示されていた。
「宇宙は今まで膨張し続けていた。それは暗黒エネルギーというよくわからない力によってだ。だが初期宇宙ではその拡大と似たような現象が起こっていたと考えられている。インフレーション。宇宙の急激な膨張だ」
インフレーション理論。ビッグバンが起こる前、宇宙に起こったと言われる急激な空間の膨張である。これはビッグバンの初期条件をうまく説明できる理論として登場した。当時は検証不可能と言われていたが、宇宙マイクロ波背景放射のゆらぎの観測結果から実際に起こっていた可能性が高いとみなされるに至った。
「同じ宇宙の膨張ではあるが、インフレーションと暗黒エネルギーが関連しているかどうかは分かっていない。当然インフレーションがどのように発生したかも不明。それを今回粒子加速器で再現しようというわけだ。そうすれば今起こっている宇宙縮小解決の糸口が掴めるかもしれない」
「……ごめん。どうやって粒子加速器でインフレーションを再現させるの?」
さらに頭に? を浮かべるリコに暁は優しく説明する。
「当然の疑問だ。正直俺が今から説明する方法でインフレーションを再現できるかは分からない。だが可能性があるなら賭けてみたい。3ページ目を見てくれ」
そこには日常生活で決して使わないような数値が書かれた表が載っていた。
「な、なんですかこれは?」
「縦軸は時間さ。宇宙が誕生してから現在……138億年後までの、な。そして横軸は宇宙の温度と粒子の平均エネルギー。まあ細かく書いているが大事なのは一番上、宇宙が始まった時の粒子の平均エネルギーだ」
そこには「10の19乗ギガ電子ボルト」と記載されている。
「その値が宇宙の初期に1つ1つの粒子が持っていたエネルギーだ。端的に言えばこのエネルギーの衝突を粒子加速器で再現してやれば宇宙の初期に何が起きていたか、つまりインフレーションの謎に迫れるというわけだ」
「はい!」
そこまで説明して、元気よく手を上げた者がいた。エーコである。暁は学校の先生のようにエーコを指名する。
「はい、エーコ君。いつも元気で大変よろしい!」
「ありがとうございます! このような高エネルギーの衝突は現在の人類の技術力では実現不可能です!」
「非常にいい質問だ。人類の歴史の中で再現できたエネルギーは10の4乗ギガ電子ボルト程度。宇宙の初期に迫るには15桁足りないことになる。だが……」
暁は周囲を見渡し、リコ、セシル、ロジェ、エーコ、真夜の姿を目で捉えた。
「フリークスの力を集結すれば可能だと俺は考えている。だから横須賀コミューンで請け負うことにした。皆の力を貸して欲しい」
暁の声が驚くほど真面目なトーンだったため、リコたちは一瞬返事が遅れた。気を取り直したリコは微笑んで暁に伝える。
「あんたのやりたいこと、多分半分も分かってない気がするけど……わざわざお願いされなくても協力するわよ。一大事だしね」
「ええ。どのみち手をこまねいていれば45日後には世界は終わってしまいますから」
「うん! 何やればいいのか全然わかんないけど僕も手伝うよ~」
「非常に興味深いです! 私も暁さんのために粉骨砕身いたします!」
「よ、良くわからんがやったるぞ!」
暁は目頭が熱くなる思いだった。自分とみんなの気持ちが1つになったのだと確かに感じ取れたのだ。もはや暁の行く先を邪魔するものは誰一人いないのだ……!
「ちょっと待て」
そんな暁の思いに水を差す男が1人。
「……なんだ霧羽。発言を許可した覚えはないが?」
「だろうな。発言にお前の許可が必要な立場ではないからな。そんな下らん話はいい。いくつか質問させろ」
「おいおい、ここまで聞いててまさか反対するつもりか?」
「……反対はしない。だが確認しておかなければならないことがある」
「なんだ? 言ってみろ」
暁の尊大な態度にイラつきながらも霧羽は一番気になっていた点を質問した。
「この計画。予算はいくらだ?」
その質問のあまりの下らなさに暁は吹き出してしまった。しかし、霧羽の立場なら気になるだろうと正直に返答する。
「ざっと1000億くらいだな」
「いっ……!?」
「おいおい、これでもフリークスでまかなえる部分があるからかなり安くなってるぞ。かつて最大の粒子加速器だったLHCは3兆くらいかかったらしい。今回作ろうとしてるのはLHCよりも大きい全周30kmの加速器だ。こんな金額で作れるなんて奇跡みたいなもんだ」
「さ、30km!? 横須賀コミューンよりデカいぞ! 一体どうするつもりだ!?」
「そこはほら霧羽、お前がどうにかしてくれ。期待してるぞ幕僚長殿」
霧羽は、開いた口が塞がらなかった。この状況下では拒否も予算の見積もりし直しも困難であろうことは容易に想像がつく。
へたり込む霧羽の姿を、セシルは申し訳なさそうに見つめることしかできなかった。
タイムリミットまで、後45日。




