116.星のまばたき
その現象が天文学者たちの間で話題になってから数週間後、ついに横須賀の新聞「フレンチ・ディスパッチ」に掲載された。
「……」
暁はその記事を興味深く読み進める。「新星発見相次ぐ」という見出しのその記事には、最近各コミューンの観測で見える星が増えてきていることが分かったと書かれていた。
宇宙関連の話は興味深いものが多い。今、この時期に新星が数多く発見される理由は何だろうか? 発見される星は地球から何光年離れている? そこに規則性はあるのか?
さまざまな疑問が暁の中に生まれるが、新聞にはその疑問に答えるだけの情報は載っていない。しかし、こう見えて暁は重力子を発見したことで界隈には結構顔が利くのである。知り合いの天文学者にメールを出し、この現象について詳しい話を教えてもらおうと考えた。
朝出したメールは昼頃には返ってきた。それに目を通した暁は驚きのあまりに椅子から立ち上がってしまった。そこにはこう書かれていた。
『新聞では新星ということになっているが、私たちの調査では宇宙の地平線の向こうにいた星が見えるようになった、というのが定説になっている。これが何を示すのか、説明する必要はないだろう。私たちはすでに各コミューンにこの情報の意味するところは伝えている。もうすぐ上役が血相を変えて君のところにくるんじゃないかな』
血相を変えたのは暁のほうだった。上役が何かを言ってくるまで待っているほどの余裕もない。暁はすぐさま部屋から出て、霧羽の所に急いだ。
「霧羽、俺に何か話しておくことはないか」
幕僚長室にノックもせずに乗り込んで、開口一番暁はそう言った。
「あああるぞ。私が声をかけるまで大人しくしてろ!」
「男が俺を待たせるな。宇宙の縮小がはじまっている件について話がしたい」
「……」
霧羽の顔から嫌味な雰囲気が消え、真剣なものに変わっていく。
「どこから聞いたかは知らんが、お前の言うとおりだ。天文学者たちの精査の結果、宇宙が縮小をはじめていることが分かった。しかも、急速に、だ」
宇宙は膨張し続けている。それは1929年、ちょうど今から200年前にハッブルが観測した結果であり、ほぼ疑いようのない事実である。
その宇宙が縮小をはじめた。観測結果が、そう言っているのだ。
「知り合いの天文学者から聞いたんだ。新聞に載っていた新星は新しくできたわけじゃない。宇宙が縮小をはじめた結果、本来光より速く遠ざかっていた銀河の光が届くようになっただけだ」
「……なぜだ? なぜそんなことが起こっている?」
「正直に言おう。分からない。宇宙が縮小しているということは、膨張に使うエネルギーが少なくなった結果だろう。だが、宇宙を膨張させているという暗黒エネルギーについてはさっぱり何も、てんで分かっていない」
「役立たずが!」
「俺はお前のストレス発散に付き合うためにここに来たんじゃない。分からないなら分かればいい。お前に集まっている情報をすべて俺に寄越せ。宇宙がぺしゃんこになる前にな」
2人の睨み合いは霧羽がイラついた表情で暁に資料を渡すまで続いた。それを受け取った暁はもう用無しとばかりに、何も言わずに幕僚長室を後にする。
部屋に戻り資料を読んでみたが、さまざまな観測結果が宇宙が縮小しはじめていることを示している、ということしか分からなかった。
本来赤方偏移していくはずの遠くの銀河の光が青方偏移している。それは宇宙マイクロ波背景放射も同様だ。すべての状況は宇宙が縮小していることを示している。それだけだ。それ以外は何も分からなかった。原因も解決策も。
頭を抱える暁に届けられたのは、事態の解決策ではなく耳をつんざくような警報音だった。
「これは……」
それは侵入者を表す警報だった。暁の頭の中にすぐさまロココとベティの顔が浮かぶ。また遊びにでも来たのだろうか。そう考えていると、今度は暁の携帯が鳴った。発信者の名前を確認して、暁は声を整えてから電話に出る。
「やあ、セシルさん。この警報に関係する話かな?」
「はい、その通りです。侵入者はすでに拘束済みですが、風早さんに会いたいと言っているんです」
「侵入者が? 俺に?」
「はい。侵入者は……彼女は千里香真夜と名乗っています」
「……なんだと」
暁は電話をかけたまま外に出た。セシルから場所を聞き、真夜が拘束されているという防衛隊の会議室に駆け込んだ。
「……これはこれは。しばらくぶりだな」
「! おおお! 風早暁!」
そこに居たのは間違いなくあの真夜だった。拘束したと言っていたもののとくに縛られているわけでもなく。ただ椅子にちょこんと座っているだけだった。部屋の中にはセシル、リコ、霧羽がすでにいた。
「どうやら、本当にこの人がこの前戦争を仕掛けてきた1人みたいですね」
「ああ、間違いない。ただ今日は……戦争をしに来たというわけではなさそうだな」
今椅子に座っている真夜には以前の気の強さが感じられない。端的に言って元気がない。まさかこの前戦争を仕掛けたことを謝りに来たわけでもないだろう。そう暁が思いにふけっていると真夜のほうから話をはじめた。
「厚かましい話だとは分かっとる! だが、わしらを助けてくれんか!?」
「ああ、もちろ」
「ふざけるな! 貴様が横須賀に何をしたのか分かっているのか!」
その怒鳴り声に、暁は真顔で霧羽のほうを振り向いた。
「霧羽。男は俺の言葉を遮ってはならないと教えたはずだがな?」
「知るか! 仮に教えられていても従わん。こいつらのせいで隊員に犠牲者が出ているんだぞ」
「真夜たちは沖合からミサイルを撃ってただけだ。1人も殺してないだろ」
「こいつらの仲間が殺したことに変わりはない」
「2人とも落ち着いてください」
言い争いが平行線になりそうなところでセシルが割って入った。
「風早さん。彼女の処遇をどうするかを決めるのは幕僚長である霧羽さん、ひいては四十六室です。あなたが口を挟めることではありません」
続いて、セシルは霧羽に顔を向けた。
「横須賀としては彼女の扱いは捕虜になると思います。何を言うつもりなのか聞いてみないことには拒否もできません。条例にも引っかかるかと」
「……そんなことは分かっている」
幾分か霧羽も落ち着いたところで、改めて真夜に事情を聞く。彼女の口から出たのは予想外の言葉だった。
「わしらの世界が縮小しはじめて、大騒ぎなんじゃ!」




