114.ELECTRICAL COMMUNICATION
目の前の男の珍妙な提案に、真夜はどう出るべきか一瞬迷った。その迷いを断ち切ったのはインカムから聞こえてきた声だった。
『真夜様。少々トラブルがありましたが、上陸部隊侵攻再開しました』
その言葉が真夜に自分のやるべきことを思い出させる。自分の役目は時間稼ぎなのだ。
「ふん、聞いちゃる」
真夜はできるだけ不機嫌そうな声でそう言った。実際に暁が自分に何を言うつもりかなど関係ない。戦闘をするよりも会話をしていた方が時間が稼げるだろうというのが真夜の判断だった。
「ありがとう。早速だがこの世界にある4つの力と言うのを知っているか?」
「は?」
さて、ここから暁の話がはじまるわけだが、すでに知っている人にとっては耳にタコだろうから飛ばしてしまおう。なんやかんやで4つの力について暁は説明を終えたのだ。
「そして、実際に目に見える範囲となると重力と電磁気力だけになる。重力と電磁気力は似ているところもあるが、多くは異なっている。発電所の時に真夜が俺の重力に逆らって立ち上がった時に使った特徴がその1つだ」
「? 何の話じゃ?」
「あの時、自分と床を同じ電荷で帯電させて重力を打ち消していただろう」
「確かにそうじゃが、重力も同じことができるじゃろ」
「いや、重力は引力しかないからまったく同じことはできない。対して電磁気力はプラスとマイナス、S極とN極があるから引力も斥力もある。これが違いの1つだ」
ただ、これは単純に「違いの1つ」というだけだ。暁の話の本題はこれからである。
「違いその二。重力と電磁気力では力の強さが違う。桁で言うと38桁も」
「ん? 38桁?」
「そう、俺の重力が物体を1m動かしたとすると、同じだけの強さの君の電磁気力は物体を宇宙の果てまで吹っ飛ばすことができる」
「そんなわけあるか!」
「電磁気力はさっき言った引力と斥力があるからな。普段は相殺されて力が小さくなるのさ。だが、君の能力ならそれを克服できるはずだ」
う~ん。と真夜は顎に手を当ててうなった。
「仮にそうだとしてもそんな巨大な力、周りに配慮して使うのが困難じゃろ」
「確かに、君のように組織の中で戦おうとすると巨大な力はむしろ扱いづらい」
うんうん、と頷く真夜に暁は本題の提案を開始した。
「そんな真夜にこれだ」
暁が懐から取り出したのは、コインだった。暁はそれを真夜に向かって投げる。
「なんじゃ」
「それ自体はただのコインさ。だがよく聞いてほしい。さっき言った通り目に見える範囲の力は重力と電磁気力だけ、つまり重力以外は全部電磁気力ということだ。真夜、そのコインを2つに割ってみてほしい。能力を使わずに」
「できるわけないじゃろ!」
真夜のツッコミに暁はうんうんと頷く。
「そう。普通無理だ。そのコインの原子同士を結び付けている力は普通の人間の力よりも上だからな」
「……まさか」
「流石真夜。察しがいいな。そのコインのように原子同士を結び付けている力、それも電磁気力だ。そしてそれはこの世界にあるすべての物質も同じ」
暁は真夜の持っているコインを指さす。
「そのコインも」
次に、トントンと甲板を靴で鳴らす。
「この船も」
最後に、暁は自分自身を指さした。
「人間もだ」
あらゆる物質を成り立たせている電磁気力。それを自由に操作できるということ。それが意味していることに真夜も気づいた。
「……」
真夜は自分の手の中にあるコインをじっと見つめ、能力を使った。途端に、コインは砂のように分解され、風に飛ばされ夜空に舞った。
「こんな、こんなことが……」
「そうだ! 化学結合に使われている電磁気力を無くしてしまえばあらゆる物体は形状を維持できない。君が触れただけで……いや、触れる必要もなく瓦解する。これが君の能力の真の素晴らしさだ。この世界にあまねく存在している電磁気力。それを自在に操作できる君は世界を自在に操作できると言っても過言ではない!」
興奮気味に話す暁の声を聞きながら、真夜は背筋に冷たいものが走るのを感じた。自分の能力 《サウンド・オブ・サンダー》を真夜は子供のころから扱ってきた。いったいどんなことができるのかある程度は把握していたつもりでいたが、まさかこれほどまでに強力なものだとは思ってもみなかった。
「……分不相応な力じゃ」
ぽつりと呟いたその言葉が、真夜の率直な感想だった。この力は、何の比喩でもなく世界を自由にできてしまう。どう考えても人の域を超えている。普通の人間ならば誰でもそう考えるだろう。だが、ここにいる人間は残念ながら普通ではなかった。
「分不相応? 君のような美人に不相応なら、相応しい人間なんて一人もいないさ。むしろ強力な力こそ君たちのような美しい人たちに渡っているべきなんだ」
真夜の感じている危機感など気にすることなく、暁はただただその力を賞賛していた。
「使い方を間違えたら、この世界が簡単に吹き飛ぶんじゃぞ!」
「君に滅ぼされるなら世界だって光栄だろうさ」
真夜は眉をひそめた。目の前の飄々とした男は、狂っているのか狂っているふりをしているだけなのか。どちらにせよ、危険な男であることは間違いなさそうだと結論づけ、スッと戦闘態勢に戻った。暁もその様子を見て、表情に少しだけ真剣さが戻ってくる。
「さて、ここまでのレクチャーをしっかり聞いてくれてありがとう。早速実戦で使ってみようか」
「ああ、まずはお前をぶっ飛ばしちゃるわ」
先ほどまでの口数が嘘だったかのように、お互い口をつぐんでにらみ合う。夜の海上は2人に心地のよい風を運んできている。
「戦う前に1つ言っておきたい」
「なんじゃ?」
「重力と電磁気力の違いその一とその二も思い出しながら戦ってくれると俺がうれしい」
「ワレのことなんか知るか!」
そう叫ぶと同時に、真夜は電撃を放った。それは以前と同じように見えるが、中身はまったく違っている。真夜と暁の間の電磁場も操作し、はるかに大きな出力を実現していた。だが、その電撃もやはり暁に届く前に甲板へと落ちていく。
「素晴らしい威力だ。だが、船にいる味方に気を使う必要のあるその技は今は向いてないな」
「やかましい! これならどうじゃ!」
通常の電撃では埒が明かないと判断し、真夜は早速あの力を試すことに決めた。暁の腕に意識を集中し、その結合に使われている電磁気力を、消す!
「……」
しかし、なにもおこらなかった!
「………………なんでじゃ!?」
「ふふ、体がバラバラになるのは勘弁だからな。電磁気力の代わりに重力で原子を結合させた。その技は俺には効かない」
「騙したんかい!」
「俺には効かないってだけだ。他の奴なら一撃必殺の威力があるのは本当さ」
今度は暁の番だった。真夜に重力の攻撃を仕掛ける。当然すぐさま真夜も電磁気力で対抗するが、今回は勝手が違った。
「んなっ!?」
本来なら余裕で打ち消せるほど電磁気力は強いはずなのに、真夜の体からは圧迫感が消えていかない。体を締め付けるような圧力がしだいに増えていっていた。
「な、なんじゃぁこりゃあ!?」
「おっと。言い忘れていたが重力と電磁気力の違いがもう1つあった。重力は時空の歪みなんだ。電磁気力で表面上の圧力は相殺できても時空の歪みは相殺できない。そのままだと絞られた雑巾みたいになってしまうぞ」
「こ、この……っ!」
暁の言うとおり、どれだけ電磁気力を強くしてもその圧力は無くならない。電磁気力は重力よりはるかに強いのに、これでは脱出不可能。おまけに真夜の技はすべて通用しない。
完全に詰み。そんな状況のはずだが、真夜には精神的な余裕があった。なぜかは彼女自身分からなかったが、直感で暁が自分を殺すことはないだろうと理解していたのだろう。追い込まれた状況の中で真夜は暁が行ったことを1つずつ思い出していた。
1つ、電磁気力には重力とは違い斥力がある。2つ、電磁気力は重力よりはるかに強い。3つ、電磁気力は原子が結合するために必要な力である。
「……!」
真夜はある1つの答えに到達した。すぐさま「それ」を余裕綽々の表情の暁に向かって使用する。
次の瞬間、暁の左腕は、血しぶきとともに爆ぜて消えた。




