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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第十五幕『春日狂想』編
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109/140

109.VOYAGER〜日付のない墓標

 UFOの騒動が収まってから1週間ほどが経っていた。寄生されていた人間はUFOが消え去ってから半日ほどで活動を止め脳死状態となった。どうやらUFOから定期的に出ていた電磁波が寄生虫への制御信号だったらしい。脳を食われてしまった人間に回復手段は存在せず、寄生された人間はその時点で死が決まっていた。


「あれで本当に良かったのかなぁ……」


 ヴェルニー公園を歩きながら、リコはぽつりと呟いた。隣を歩いていたセシルが振り向く。


「宇宙人のことですか?」

「それもだし、魔甲虫を倒す兵器のことも……。もっといい解決方法って無かったのかな……」

「あったと思いますよ」

「え……」


 リコは足を止めた。てっきり「そんな方法はない」と否定されると思っていたのだ。


「どんな問題でも問題の原因を消し去ることが対策としての効果が高いです。今回はそれができたから実行したまでです。大抵の問題はこの解決方法は使えないことが多いですから。これは単純な解決策ですが、だから簡単というわけではありません。風早さんには足を向けて寝られませんよ」

「……やりようによっては宇宙人と共に暮らして魔甲虫を倒す兵器も活用できる未来があったってこと?」

「きっとあったと思います。ですが、いばらの道ですよ。私たちだけではなく私たちの子供や孫の世代まで続くいばらの道です。そして世代を重ねるごとにいばらが複雑になり、進むすべての者を傷つける」

「……」

「とはいえ、これは私の感想です。もっと頭のいい人なら完璧な解決策を提示できるのかもしれません」


 2人の間に沈黙が訪れる。黙って歩いているうちに、ついに目的地が見えてきた。ヴェルニー公園のほぼ中心。大きく開けた広場にその男は立っていた。


「やあ! 2人とも呼び出して悪かったな」


 笑顔の主は当然暁である。


「本当はロジェちゃんも呼びたかったが、防衛隊待機じゃしょうがない。また今度にしよう」

「で、あんたが見せたいものって……その後ろの」

「その通り」


 暁の後ろ、広場の中央辺りで「モニュメント建設中」の文字とともに立ち入り制限の看板が掲げられていた。


「何を作ってるんです?」

「記念碑さ。宇宙人がここまで到達したぞってね」


 暁は手に持っていた横断幕を広げた。そこには「遠い銀河からの来訪者 コンウェル星人 ここまで到達」と書いてある。


「……なにこれ」

「この文字を今作ってるモニュメントに刻んでおくんだ。あいつらは俺が全員、跡形もなく消し去った。このままだとあいつらの功績まで無くなってしまうと思ってな」

「功績? 一体何の功績ですか?」


 暁は振り向き、まだ作りかけのモニュメントに向かって手を広げる。


「困難な宇宙の旅に挑戦し、この地球まで到達したって功績さ! エーコが持ち帰った情報によるとあいつらは天の川銀河とは別の銀河からはるばるやって来たらしい」


 2人はその暁の言葉に唖然としてしまった。


「あの宇宙人たちは私たちを絶滅させてこの地球を乗っ取ろうとしていたんですが……」

「ああ。だが、そのことと彼らの成し遂げたことは別の話さ」

「だからモニュメントを?」

「そう! できるだけ長くその功績が残るように石柱にしようと思っている。鉄やステンレスだとすぐに傷むからな。やっぱり長く残しておきたいなら石だ」


 暁とセシルのやり取りを聞きながら、リコは1つの質問を暁に投げかけようと決めた。


「あんたはさ、あの宇宙人は滅ぼすしか無かったと思う? それとも別の道もあったと思う?」


 暁はリコの質問を驚きとともに聞き、そして笑った。


「ははは。俺にとっては専門外の質問だなリコ。倫理も政治も物理学の範囲じゃない」


 真剣な表情に戻った暁は、少しうつむき再びリコとセシルに向き直った。


「だが、理科の範囲であれば言えることもある」

「……聞かせて」

「死滅回遊や無効分散という言葉がある。主に魚が海流に乗って本来の生息地から遠く離れた所に行き着いて、そこで死んでしまう現象だ」


 暁は目の前に広がる浦賀水道を見つめた。


「この横須賀だと黒潮に乗って南の暖かい海から魚がやってくる。そういった奴らはほとんどが冬の寒さに耐えられず死んでしまう」

「……宇宙人もそういう可哀想な奴らだったってこと?」

「ふふ。リコは優しいな」

「何よいきなり」

「魚や宇宙人の心情はこの際無視しよう。こいつらははっきり言ってムダ死にするための旅をするわけだ。だが、必ずしも死んでしまうわけじゃあない。気候変動で海の温度が住むのに適した状態になっていれば流れ着いた地域で生存圏を獲得できる。他の生物よりも早くな」


 カタン、と音がする。柵の上にトンビがとまり羽を休めていた。


「この旅は挑戦なんだ。自分たちの種族をより繁栄させるための挑戦。コンウェル星人はそれを実行し、そして敗れた。そこには正義も悪もない。単なる運の問題さ」


 しばらく水面を見ていたトンビは再び羽を広げ、スッと柵から足を離し滑空をはじめる。


「宇宙人は失敗したが、同じように地球にやって来た魔甲虫は大成功。生存圏をしっかり手に入れた」

「はた迷惑な回遊ですね」

「人間にとってはね。だが自然の中では良くある出来事の1つに過ぎない。その中でついさっき、1つの種族が滅びた。奴らは魚たちとは違う。自分たちの意志でこの星までやって来た。つまるところ自業自得ってやつだ。リコが気に病むことじゃない。自分の選択の結果が……」


 トンビは水面の周りを旋回していたかと思うと一気に急降下し、ピチャンと水に触れるとすぐに上昇をはじめた。足で鷲掴みにした魚と一緒に。


「……暁?」


 言葉が途切れた暁をリコとセシルが不思議そうに見つめている。はっと気を取り直して暁は何事もなかったかのように続けた。


「……そう。自分で選んだ結末なんだ。よほど切羽詰まってその選択肢以外ないと思っても、それが間違いな場合も当然ある。おや、何の話をしてたんだったかな。とにかく勝手に走って勝手にこけた奴なんて気にする必要ないってことさ。もっとも悩ましいことに、俺は悩める君の姿も好きなんだけどね」


 暁が自分を元気づけるために言っているというのがリコには理解できた。そして不可解なことに実際心が軽くなっているようにも感じる。リコは暁の気遣いへの感謝を微笑みに、お礼を言葉に乗せた。


 宇宙人のモニュメントは完成に一ヶ月ほどかかるらしい。完成したらまた招待するよ、という暁の言葉にリコは快く頷いた。



 数ヵ月後、モニュメントは完成した。そこには暁が発注した通りの文字が刻まれている。そして……その裏側にも碑文が刻まれていた。


『どこか遠くに、私たちの楽園があるはずだと信じてここまで進んできた……だが、それは幻想だったんだな。楽園なんてありはしなかった。コンウェルの民はここで潰える……お前たちが私たちの二の轍を踏まないよう、祈っておこう』


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