108.Bad Day
目の前にあった地球が突然消失した。その理解不能な出来事に母船の制御室にいた面々は恐慌状態に陥っていた。当然その場にいたユゥヴェックも例外ではない。
すぐさま全方位索敵の指示が出されるがまったく見つからない。困惑の只中にいる彼らに、さらなる理不尽が襲い掛かる。母船が何か……何か巨大な重力源に引っ張られはじめたのだ。
「エンジンの出力を上げろ! 何としても脱出するんだ!」
艦長の指示に従いユゥヴェックはテレグラフを操作する。これで機関室も出力を上げるだろう。
「重力源確認できました!」
「いったい何だ!?」
「じゅ、重力源の付近に地球人がいます!」
「は、あ?」
「風早暁ですっ!」
「!!!」
その名前にユゥヴェックは全身が泡立つ感覚に襲われた。やはり生きていたのだ。母船を爆発させたにもかかわらず横須賀コミューンが無事であった時点で薄々分かっていた事だったが、やはり驚愕すべき事実だった。フリークスは、あの爆発に生身で耐えるだけの力を持っている。
モニターに風早暁の姿が映し出された。暁の顔はコンウェルの民とは違いすぎる。だからその『表情を読む』と言うのは困難極まりない。しかしユゥヴェックには……暁が薄く微笑んでいるように見えた。
「攻ぉー撃はじめぇ!」
艦長の叫びとともにミサイルが飛んでいく。
「ムダだ……」
誰の耳にも届かない声でユゥヴェックは呟いた。母船の爆弾をすべて起爆した状態でも生き延びた奴だ。これで死ぬわけがない。その予感通り、母船を引き寄せる力は一向に消えずむしろ強くなり続けていた。
そして、すべての船の間に混乱と恐怖が広がっていく。
『何!? 何なの? 何が起こっているの!』
『誰も出ないぞ、どうなっている?』
『操舵が効かない! 舵をやられてるのか?』
『一杯だと? 上で何が起きてる? 戦闘がはじまったのか?』
『駄目です! 第二操舵装置も効きません!』
『……緊急脱出装置の準備をしろ』
『重力装置が壊れてるぞ! 応急員はまだ来ないのか?』
『風早暁に発光信号を送れ。いますぐこの攻撃をやめさせるんだ!』
『どうして、どうしてこんなことに……?』
『ねえ、あなた。これ本当に重力装置の故障なの……なにかおかしいわよ?』
『まさか! 同志の皆を見捨てて私たちだけ脱出なんてできません!』
『そんなこと言っている場合か!?』
『お母さん。これ何かのお祭り?』
『降伏するつもりかっ! コンウェルの誇りを無くした者が艦橋に立つな!』
『い、いやあああああぁぁっ!? 何よこれ、どうなってるのっ!?』
『出せ! 俺たちをここから出せっ……! 早く、誰か! 出してくれっ……! せめて子供だけでも……』
『……緊急脱出装置の射出口が歪んで開きません。脱出は不可能です。誰1人……』
『死ねっ! 死ねっ! 誇りなき者は死ねっ!』
『……え? 嘘だろ?』
恐怖の伝染はユゥヴェックのいる制御室でも増殖をはじめた。
「に、逃げないと……」
「どこに逃げる? どうやって? もはや舵も効かない」
「脱出船で……」
「冷静になれ。母船よりも航行速度の遅い脱出船でこの重力場を抜けられるはずがない」
「こんな状態で冷静でいられるわけないでしょう!?」
艦長と副長の言い争いを尻目に、ユゥヴェックは通信機を操作し甥のケルレンドゥに連絡を取った。
「聞こえるかケルレンドゥ」
「おじさん! ねぇ、何が起きてるの!?」
「後で教える。それよりも制御室の近くまで来るんだ」
「どういうこと?」
「いいから早く!」
通信を切ると同時にユゥヴェックは自分の後ろにあるキーラックから1本のカギをくすねた。
「私たちはこれから風早暁に特攻をかける!」
「なぁ!?」
艦長の宣言にユゥヴェックを除いた全員が驚愕する。
「この船には民間人もいるんですよっ!? それで特攻なんて……正気の沙汰じゃない!」
「もうこの船に乗っている奴は誰も助からん……ならば僅かな可能性に賭ける。こちらの特攻を止めるために奴が力を使えば、この重力が弱まって脱出できる船が出てくるかもしれん」
そう言った後、艦長は他の者から反論が出る前に指示を飛ばした。
「エンジンを全開にしろ! 全速力で風早暁に突っ込む!」
「か、艦長!」
「なんだ! 泣き言なら……」
「ユゥヴェックがいません!」
「な……」
艦長が後ろを振り向いた時、配置の場所にユゥヴェックの姿は無かった。逃げた。そう頭が追いついた時、艦長の心によぎったのは怒りではなく哀れみであった。
◇
ユゥヴェックは制御室を出て居住区側に向かう。しばらく進むと目の前から誰かが向かってくるのが見えた。ケルレンドゥだ。
「ねえおじさん。何が……」
「こっちだ!」
ケルレンドゥの言葉に耳を貸さず、ユゥヴェックはとある場所に向けて引っ張っていく。そこは戦闘機の格納庫だった。母船や脱出船では突破できないかもしれないが、戦闘機はそれ以上の速度で飛行可能だ。
「早くこれに乗り込め」
「おじさん、まさか……」
「いくぞ」
ユゥヴェックもかつては戦闘兵として訓練を積んでいた。だいぶブランクがあるが飛ばせる自信はある。すでにハッチは開け放たれていた。戦闘機に乗り込みエンジンを始動させ、母船から飛び立つ。スロットルレバーを全開にしてその宙域から脱出しようともがく。とにかく逃げることに必死で脱出できたとしてその後どうするのか、という点はまったく考えていなかった。
「クソっ!」
あるいは暁の重力を感じた直後に戦闘機で脱出していれば助かる可能性もあったかもしれない。だが、すでにこの一帯を包み込む重力場はその次元を超えていた。ユゥヴェックが後ろを見ると先ほどまで自分がいた母船がひしゃげていく様が目に飛び込んでくる。
「そんな……そんなっ! みんな! おじさん! みんながっ!」
「振り向くんじゃない!」
必死に逃走を図ろうとするユゥヴェックの視界の横を何かが通り過ぎて行った。それが別の戦闘機だと気づいた時には後方でそれが圧壊した後だった。おそらく母船のハッチがすでに開いていたのは先に同じことを考えて逃げた奴がいたからだ。そして、その結末があれだ。
逃げられない。
それを悟ったユゥヴェックは戦闘機を方向転換させた。今までとは逆に、暁のいる方向へと向かっていったのである。同時に一縷の望みをかけて暁に向かって発光信号を送った。
「……」
その光は、暁にも届いた。その光源が自分に向かってくる戦闘機であることに気づいたが、攻撃をしてくる気配はない。光は規則的に明滅を繰り返していたので、おそらく発光信号か何かなのだろうと暁にも予想はついたが、その内容についてはまったく読み解けなかった。何らかの罠かもしれない。そんな考えが頭をよぎったが、何をしようとしているか興味はあったので暁はその戦闘機に対してだけ重力を弱めてやった。
ユゥヴェックの戦闘機が横を通り過ぎる時、ついに母船は耐久限界を迎えたようだった。一気に船体が収縮し、10分の1程度の大きさになってしまう。それにもかかわらず中にあるはずの水は一滴も漏れ出た様子がない。それが示すものが何か、ケルレンドゥにも理解できた。
「……うそだ」
戦闘機がしだいに近づく。目と鼻の先にまで近づいたところで暁は戦闘機を完全に固定した。そして暁は戦闘機に手をついて、会話をはじめた。
『何か用かな宇宙人』
重力を操り、水で満たされた戦闘機の中に振動を作り出す。きっと中の宇宙人には言葉として伝わっていることだろう。彼らの持っている翻訳機があれば意味も理解できるはずだ。
『たの』『何でこんなことをしたっ!?』
ユゥヴェックの言葉を遮り、ケルレンドゥが叫ぶ。その時になって暁は戦闘機に2人目の乗客がいたことに気が付いた。
『ケルレンドゥ! よせ!』
『友達がみんなあの船に居たんだ! お前が殺したんだぞっ! 何でだよ! 何でこんなことをしたんだ! 俺たちが何をしたってんだよ!』
激昂するケルレンドゥの言葉を聞きながら、暁はチラッとユゥヴェックの様子を窺った。宇宙人の顔色を窺うような能力は暁には無かったが……何となく青ざめているように見える。その様子を見て、暁はケルレンドゥへの回答を決めた。
『不快だったからさ』
『……え?』
『自分の部屋をブンブン飛び回る蠅をたたき潰すのと一緒。おっと、水生生物にはこの例えは伝わりづらかったかな。まあ目障りだから殺したってだけさ』
『何なんだよそれ……そんな理由で殺したりしていいわけないだろ!』
『じゃあどんな理由なら良かった?』
『え?』
『どんな理由なら納得できる?』
『そんなの……そんなのどんな理由でもダメだ! どんな理由でも皆殺しなんて納得できるわけない!』
『そうか。こいつはお前の息子か?』
暁はケルレンドゥとの会話を止めてユゥヴェックに目線を向けた。
『息子じゃない……甥だ』
『真っ直ぐないい子だな。殺すのが少し躊躇われるくらいに』
『…………なら、そのまま躊躇ってもらえるか?』
『ん?』
ユゥヴェックの言葉に宿る真摯さに暁は僅かに反応した。
『こ、この子だけでも助けてくれないか……?』
『!? 何言ってんだよおじさん!』
『頼む! 少しでも情と言うものがあるのなら……! 私は結局何も残せなかったが……せめてこの子だけは世界に残してやりたい。姉の忘れ形見なんだ……』
『おじさん!』
今度は暁そっちのけで2人の宇宙人が言い争いをしはじめた。その応酬を聞きながら、暁は目を閉じ腕を組んだ。そして少しだけ、過去の記録の余韻に浸る。3機ほどの宇宙船が圧壊したのを感覚で察知する。目を開け、いまだに喧嘩している宇宙人に話しかけた。
『その子が生き残ったとしてもお前たちの種族はいつか消え去る。まさか無性生殖できるのか?』
『……できない。だがそういう問題ではない』
ユゥヴェックはじっと暁を見つめた。
『自分の大切な者の命を助けたいと思うのは、お前たちにとってはそんなに不思議なことなのか?』
その言葉を聞いたとき、暁の心の中になにかふつふつと……言い知れぬ……何か出てきてはいけない類の感情が……現れた気がした。頭を横に振って無理やり思考を止めるとその感情もどこかに消えてしまい、一体それが何だったのか思い出すこともできなくなった。じっとりとした汗の感覚だけが背中に残った。
『……わかった。その甥の命は助けよう』
『!』
『だがお前は殺すぞ』
『ああ……それでいい』
『いいわけないだろ!』
ユゥヴェックは必死に抵抗しようとする甥をなだめようとする。だが、ケルレンドゥは頑として譲らない。暁は助け船を出してやることにした。
『どうしておじさんの言うことを素直に聞けないんだ? おじさんがお前のことを大切に思っていることは頭の悪そうな君にもわかるだろう?』
『大切に思ってくれてることくらい分かってるよ! だから一緒に居たいんじゃん! もう大切な人が居なくなるのは嫌なんだ! おじさんも友達もいない、全然知らない場所で、1人で生きていくなんて嫌に決まってる! どうしてそんなことが、そんなことも分からないんだよ!』
ひとしきりケルレンドゥの話を聞いた後、暁は黙って何もない宙を見上げた。最後まで耐えていた宇宙船がついに潰れたのを感じる。これで宇宙人の生き残りは目の前の2人だけになった。暁は無言のまま、ケルレンドゥを水ごと重力で包み込み戦闘機の中から取り出した。
『甥は助けよう。何も知らなさそうだしな。最後に言い残すことはあるか?』
『……』
ケルレンドゥが何かわめいている。だが翻訳機の範囲外に出たためか、一体何を言っているのか暁には分からなかった。
『どこか、遠くに……』
『……』
『どこか遠くに、私たちの楽園があるはずだと信じてここまで進んできた……だが、それは幻想だったんだな。楽園なんてありはしなかった。コンウェルの民はここで潰える……お前たちが私たちの二の轍を踏まないよう、祈っておこう』
『ご忠告痛み入る』
バチュ
戦闘機ごとユゥヴェックは爆縮し、後には何も残らなかった。ケルレンドゥは絶叫するが、それが誰かに届くことはもうない。暁は叫ぶケルレンドゥに近づいていく。
『さて、あいつの遺言でもあるしお前は生かしておこう……ああ、翻訳機がないと言葉が分からないか……まあ、エーコなら何とかしてくれるだろう』
そうして目と鼻の先にまで近づいた時だった。
シュッ
暁の死角から首筋に針のようなものが突き立てられた。ケルレンドゥが自身の触手を器用に伸ばし、その先端の毒針を突き刺したのだ。
『死ね! この悪魔!』
言葉は通じない。だが暁もケルレンドゥが害意をもって今の行動を起こしていることは良くわかった。UFOの中で捕まえた機関員は自殺のために毒を用いたが、本来の使い方はこちらだ。触手の針を使い、毒を流し込んで相手を殺す。近代兵器が発達した今でもその体の機能は消えてはいなかった。
暁にも毒を注いで殺す……はずだった。
『……っ!?』
ケルレンドゥの毒は暁の体に入っていかなかった。宇宙船が重力から逃れられなかったのと同じだ。毒を押し込む力よりも強い力で逆方向から引っ張れば、あらゆる物体は前に進むことができない。
暁は自分を殺そうとしているケルレンドゥをじっと見つめていた。その行動と必死な形相の意味を汲み取り、暁は微笑んだ。
『そうだな。俺もきっとそうするだろう。おじさんの元に、送ってあげよう』
バチュ
一瞬だった。ユゥヴェックの最期と同じく、ケルレンドゥも爆縮し宇宙からその姿を消した。その後、UFOの残骸もすべて暁の周りに集まり固められ小さな小さなブラックホールができ上がる。そしてそれも一瞬で蒸発した。
はるかな遠い星に生まれ2億年という年月をかけて新天地を求めた彼らの旅路は、ここに終わりを告げたのだ。




