107.さよなら人類
暁のドヤ顔に最初に質問したのはリコだった。
「暁が事象の地平線作るの時間かかるでしょ。その間に逃げられちゃうんじゃないの?」
「以前は他に被害が出ないように事象の地平線を作ってたが、今回は必要ないさ。重力自体は光の速さで伝わるんだ。一瞬でUFOの最高速度を超える重力を作り出すだけでいい」
「ああ……前言ってた脱出速度ってやつね」
「一度脱出速度以上の重力に捕らえられたら最後だ。宇宙人が気づいた時には死が確定している」
その説明を聞いていたロジェが思わず口走った。
「う~ん。クソゲー!」
説明を終えた暁は時計を見た。宇宙人の対魔甲虫兵器完成予定は不明だが、地球よりはるかに優れた技術と知識を持っている奴らである。早めに行動する必要があるだろう。
「さて、ロココちゃん。早速頼めるかな?」
「え!? 今からですか?」
「ああ、向こうがいつ動きはじめるか分からないからな。先手を打ちたい」
宇宙人の技術力なら今まさに対魔甲虫兵器を完成させて人類を滅ぼしにかかっても不思議ではない。本当であればもう少しロココに準備の時間を与えてあげたかったというのが暁の本音だったが、少々自分は過保護すぎるかもしれないと自分を戒めた。俯いた後、暁を見上げたロココの表情には決意と覚悟が現れていた。
「わかりました。やってやります」
「好きだよその心意気。君はやっぱり俺のお嫁さんになるべきだ」
「いやです」
「悲しい」
暁たちは建物の外に出た。地球が移動した後、ロココには暁をUFOたちの近くに転移させる仕事もある。宇宙の状況が分かりやすい方が移動もやりやすい。見上げる夜空はいつもと変わらない美しさがあった。
「ではやります……さっきも言いましたけど、失敗しても文句言わないでくださいね」
落ち着いた表情でロココは深呼吸をはじめる。その様子を暁たちは黙って見つめていた。ロココの体から淡い光が放たれはじめる。そして、かつて暁も見たあの幾何学的な羽がロココの背中に発現した。その羽はしだいに大きく広がり、ついには防衛隊本部の全高を超えるほどになる。
「頑張れ私……」
囁くような声を聞いた後、暁たちは転移が終わったことを理解した。
「え……」
なぜほとんど代わり映えのしないはずの夜空を見て転移が終わったことを知れたのか? その夜空にさっきまで存在しなかったものが浮かんでいたからである。そして、それは本来暗いはずの空を完全に自らの色で染め上げてしまっていた。
「あれって……」
「見間違いでなければ……木星、ですね」
木星。地球の11倍の直径に318倍の質量を誇る太陽系最大の惑星。今、地球の空は学生なら教科書で見たことのあるあの特徴的な縞模様で覆われていた。巨大な大赤斑も肉眼で捕らえることができる。暁を含めてその場にいる誰もがその圧倒的な光景に目を釘付けにされていた。
「んえっ!?」
次の異変に気づいたのはロココの声が聞こえたからだ。見るとロココの体がふわりと浮いていた。少女は慌てて手足をバタバタと動かしている。《ジェイコブス・ラダー》を使っているわけではないのは雰囲気で分かった。
「どうやらホントに木星まで来たらしいな」
暁は精霊魔装を発現させ切っ先を地面に突き刺す。すると、浮いていたロココの体が少しずつ地面に近づいていく。
「こ、これって……」
「ふふ。ロココちゃんが気合を入れ過ぎたな。木星まで転移してしまったらしい。さっきのは木星の重力に引っ張られてしまったんだ。俺が地球の重力を強めたからもう大丈夫」
「ええ~~~」
ロココ本人も口をポカンと開けてしまった。ちょっと移動するつもりが地球を丸ごと木星まで大旅行させてしまったらしい。
「つまりロココの大暴投ってことね」
「ちょ、ちょっと! 失敗しても文句言わないでっていったじゃないですか!」
「文句じゃないわよ。感想」
口げんかをはじめたリコとロココの間にベティが体ごと割って入る。
「まあまあ。喧嘩してる場合じゃないでしょ。ちょっと距離は間違えたけど、地球を動かすことはできたし成功でいいんじゃない?」
ちらりと暁の方を見やるベティに暁は笑顔で答えた。
「もちろん。素晴らしい成果だ。ロココちゃん、今ので感覚がつかめたかい? ちょうどUFOが捉えられる位置に地球を動かすことも可能かな?」
「大丈夫です。今度こそ完璧に移動してみせますよ」
「よかった。他のみんなは」
暁は天空の木星を指さした。
「移動するまで木星を良く見ておいた方がいい。こんなに近くで見られるなんて二度とないぞ」
「確かに……こんな経験間違いなくできないでしょうね……」
セシルも含めて暁の言葉に従い……いや、暁が言い出さなくても釘付けになっていたとは思うが、一様に空を見上げた。その素晴らしい天体ショーも時間にしておよそ40秒といったところ。すぐさまロココが《ジェイコブス・ラダー》を再発動する。次の瞬間には見慣れた夜空がそこにあった。
「流石ロココちゃんだ。エーコ、UFOの場所はわかるか」
「はい! ちょうどベガとアルタイルの間あたり、距離は4万kmです!」
「ありがとう。ロココちゃん。頼めるかな」
「わかってます」
ロココが言い終える前に暁の転移は完了していた。目の前には満天の星空と青い星。輝く太陽。そして、その景色に少しだけ入ったノイズであるUFOたち。暁はすべてのUFOの位置を確認するようなことはせず、一気に自らの力を解放した。ロココが完璧にUFOたちの中心に転移させたと暁は信用したのだ。
重力は光の速さで伝わる。宇宙人たちが重力源に気づいた時にはもう手遅れなのだ。視界に映る宇宙船は少しずつ暁のほうへと近づいていっていた。それを見ながら暁は心の中で独白する。
お前たちは悪くない。だが、運が無かったな……。
異常に気づいたのだろう。UFOは一斉に自分たちを襲う引力とは反対側へと逃れようと移動を開始した。だが……ムダである。UFOのデータはエーコが持ち帰った。その速度の限界が光速の約25%ほど。すべてのUFOが持てる限りの力を出して暁から逃れようとするが、無慈悲にも少しずつ吸い寄せられていく。
いくつかのUFOが攻撃を開始した。水素爆弾を搭載したミサイル状の兵器が一斉に暁のいる方向に向かって発射される。他のUFOもそれに続いて攻撃をはじめると、そのミサイルの軌跡が暗い宇宙に美しい幾何学模様を描き出す。
その美しさに暁が見惚れる間も与えず爆弾が起爆し、その場のすべてが光に包まれた。
光が消えていく。
UFOの黒い船体がその姿を再び現す。
そのすべてが、光が小さくなるその中心へと変わらず引き寄せられていく。
そして光が収まった後、その中心に顔色1つ変えずに風早暁が浮かんでいた。
長い歴史の中で命を繋ぎ続けたある種族の物語が今、幕を閉じようとしていた。




