105.侵略~the Chariots VII~
◇
地球に住む人々へ。
貴方たちの横暴をとても残念に思います。これは明らかな反逆行為です。
非常に残念に思いますが、貴方たちに交渉の意思がないことがはっきりしました。
私たちは貴方たちを滅ぼした後、この星の資源を使わせていただきます。
私たちにはそれを実行するだけの力があります。
それはすぐにわかることでしょう。
しかし、貴方たちが一枚岩でないことも承知しています。
降伏するのであれば、その地域には手を出さないことを誓いましょう。
◇
「それで地球側からアクションは?」
「まだ何も。まあ、どうするか判断に悩んでくれていればそれでいい。あと1日ですべてが終わる」
母船の中、ユゥヴェックは艦長と会話をしていた。地球側に送ったメッセージには降伏すれば助かるように書いてはいるが、上層部はそんな気はさらさらない。彼らは歴史から正しく教訓を学んだ。自分たちに争いを避けるなどという賢い真似は不可能なのだということを。
ならば争いの対象を完全に滅ぼすしかない。一瞬で消し飛ばされる横須賀コミューンの惨劇を見た他の地域は次々に降伏し、こちらはそれを受け入れる。それに安心した地球側がこちらへの対策を終わらせれば、対魔甲虫用兵器の完成とともに地球を一掃する。それが計画であった。
「しかし、まさか母船の爆発を防ぐとは……」
もちろん宇宙人たちもフリークスの能力について調べていた。だが、これほどまでに強大な力を持っているとは完全に予想外だった。
「あの風早暁という個体は特別だ。他の個体は記録を調べても街を消し飛ばす程度の事しかしていないが、奴は地球を覆うほどの事象の地平線を作り出したこともあるらしい」
「……正直その情報を聞いた時は記録の誤りか何かだと思っていました」
「私もだ。どうにもあの個体はおかしい……強さもそうだが寄生虫でフリークスが疑いあう状態を作っていたはずなのに奴だけは行動をはじめた。自分が寄生されていないという絶対の自信があったのか?」
「ですが、奴の能力は重力を操るというものでしょう? どうやって寄生の有無を……」
別に暁は能力を隠しているわけではないが、重力波の話をした相手が少ないために彼がそれを感じ取れることは公式な記録の中には残されていなかった。
「分からないが……私たちの計画の障害になるのは間違いないだろう。地球全体を人質に取られている今の状況で何かできるとは思わないが……」
それでも一抹の不安が残る。そう言いたげな艦長の表情にユゥヴェックは心の中で同意した。
「とにかく今の作戦を続けるしかないでしょう。地球人との共生は不可能です。なら滅ぼすしかない」
「ああ。はるかな時間をかけて、やっと先祖が望んだ景色に辿り着けたんだ。出発時に2000機あったと伝わっている宇宙船ももはや83機……この機を逃すわけにはいかない。必ずこの星を手に入れてみせる。それが我らコンウェルの民の悲願なのだ」
「ユゥヴェック、交代だ」
制御室に入って来た同僚がユゥヴェックに声をかけた。少し話に夢中になってしまったらしい。艦長に敬礼をしてユゥヴェックは制御室から出て行った。それと同時に通信機に連絡が入る。
「ケルレンドゥか? どうした?」
「こんな緊急事態なのに先生が宿題出してきた~。勉強手伝って~」
気の抜けたような甥の声にユゥヴェックは呆れたように笑った。
「わかったわかった。ちょうどヒマになったところだ」
避難員用の仮住宅に戻った時、ケルレンドゥは勉強机から離れてゲームをしていた。
「おい、勉強するんじゃなかったのか?」
「おじさん来るまでの隙間時間でゲームしてただけ。分かんない問題にうんうん悩んでてもタイパ悪いし」
正直なところ、ユゥヴェックは最近よく聞くようになった「タイパ」なる言葉の意味が良くわかっていなかった。いつの間にか最近の若者言葉についていけなくなっている。こういう時に自分がもう若くないと自覚する。
「それじゃあ勉強はじめるぞ」
「う~~~ん。もうちょっと! もうちょっとでセーブできるから!」
「そう言って夕飯時までゲームしていた事があったな」
ユゥヴェックは触手を使ってゲームに手を伸ばすとその電源を切った。
「ああ゙~~~~っ! 何すんだよ!」
「私にも親同士のつながりというやつがある。知っているぞ。そのゲーム機は自動再開機能がついてるから電源切ってもデータは消えない」
「ちぇっ」
ケルレンドゥは仕方なく勉強を再開する。詰まっているところがどこかを確認し、ユゥヴェック自身も教科書の内容に軽く目を通す。不思議なことに子供向けに出された問題を見ると複数の回答があり得そうなものが多くある。それは自分がその先の勉強まで進めた記憶があるからそう見えるのであって、子供にとってはそうではないのだ。だから、今ケルレンドゥはどこまで勉強を教わっているかを先に把握する必要がある。
「なるほど、この問題はな……」
結婚していないユゥヴェックにとってケルレンドゥと過ごす時間は面倒で嬉しい不思議な時間だった。いいことばかりでもなければ悪いことばかりでもない。いや、そう思えるのは……それまで姉家族がしっかりと教育してきた結果なのだろう。
「おじさん」
「なんだ?」
机に向かいながら、ケルレンドゥはしゃべりはじめる。
「地球人との交渉って上手くいってる?」
「ああ、そろそろ交渉がまとまるという話を聞いたぞ」
一般市民には上層部の決定を伝えていない。もし同じ星に住むことになったら地球人との争いは恒久的な問題になるだろう。だからこそ地球からはある程度の資源をもらい受け、近隣の星で永住可能な場所の情報も提供してもらう。そのように広報していたのだ。
「もしかして、僕が生きてるうちに新しい星に住める可能性もあるの?」
「ああ……あるかもしれない」
「星の生活ってどんな感じなんだろう……ここよりもずっと広いんだよね」
「そう聞いている。俺も星に住んだことはないからな」
コンウェルの民は2億年前に母星を魔甲虫に侵略され、脱出を余儀なくされた。それからずっと旅をしてきた民族だから星での生活を知っている者などいないのだ。だが、過去の歴史を学び続け新天地への渇望が消えることはなかった。
「僕、将来エンジニアになるよ」
「ん?」
ケルレンドゥの突然の宣言にユゥヴェックは目を丸くした。
「どうしてエンジニアに?」
「母船を改造するんだ!」
「母船を改造してどうする?」
「もっと早く動けるようにする!」
そこまで聞いてもケルレンドゥが何をしたいのかユゥヴェックには見当がつかなかった。
「そしたらおじさんが生きてる間に新しい母星に着けるでしょ?」
「………………!」
ユゥヴェックは無意識のうちにケルレンドゥの頭を撫でていた。どうしようもなく嬉しくて、どうしようもなく申し訳なかった。きっとこの心の奥深くから沸きあがる熱い感情は姉家族が受け取るべきものだったはずなのだ。
エンジニアになんてなれなくてもいい。
ただ、無事に大人になってさえくれれば……。
自分がこの世界に何も残すことができないとしても、ケルレンドゥを巣立たせてやることができればそれで満足だ。ユゥヴェックは心の底からそう思った。




