#12 勝利の雫
受け取ったのはーー《勝利》への希望
異世界では、朝に聞こえる鳥の鳴き声は小鳥ではなく不死鳥のものなのだとウェン爺に教わった。世界樹の上に棲む不死鳥の鳴き声は美しく、毎朝決まった時刻に鳴き、人々に朝の訪れを知らせる。
「んん……」
さて、今日も異世界冒険のお時間だ。1日目からいろいろ詰め込まれて大変だったから、こうやって平穏な朝を迎えられたことは嬉しい。
「んん……?」
平穏……ではないかも知れない。
(なんか……背中に暖かな感触が……)
まさか、そんなはずは。ただの想像……こんなこと考えるなんて、あんまり褒められたもんじゃないよな(笑)……って!
「さささささサフィール!?!?!? ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って!!! びっくりびっくり! え!? 本当にびっくり」
「んん……あと5分……むにゃ」
あぁ、もう、何だこの状況は。『彼女いない歴=年齢』人間が一変、異世界では金髪の美人……じゃなくて美エルフと添い寝? 本当に何なんだこの状況は。
「サフィールさーん……起きて……」
「んん……え」
嫌な予感がする。
「きゃあああああ!!!!!」
「ごめんなさあああああい!!!」
僕は顔面で枕を受け止め、それを鼻血で真っ赤にして、この世界2日目の朝を迎えた。
「ほっほっほ! お主もやりおるの! サフィールとやら」
サフィールは顔を真っ赤にして頭を下げてきた。僕としては多分2度と味わえない状況を楽しめたから良いのだけれど。
僕達は昨日出会ったことになるが、それにしてはお互いに心を許しあっていると思う。僕は外国人みたいなもんだが、様々な種族が入り交じるこの街では何も不思議なことはない。
「お邪魔します……!」
朝1番で向かったのは、道具屋だ。ウェン爺の勧めを受けて、早めに向かうことにしたのだ。
「……いらっしゃい……ませ」
受付に立っているのは、前髪で顔が隠れた男の人。こういう人、学校にも居たな。いつも教室の隅の席で本を読んでいる感じの。
「あの……旅に必要な道具を一式、揃えたいんです」
僕がそういうと、彼は声を和らげて言った。
「そう……ですか……私にできることなら致しま……しょう。初めて旅に出られる方のよう……ですね。お名前を……伺っても?」
「歩です」
「歩……ですか。まるで『将棋』とやらの『歩』のよう……ですね」
昨日将棋をやったけどそんなことは考えたこともなかった。なるほど。
「そう。そういう字を書いて、歩というんです」
「そういう字……? 漢字……ですよね。貴方はまさか……人……間?」
話すつもりは無かったのだが……仕方あるまい。これまでの経緯を話す。
「なるほど……そう……でしたか。人間の勇者の方に……お目にかかれるとは……思いません……でした。薬と道具を……用意しますね」
物分りが良すぎると思ったが、多分人間に関する本でもたくさん読んでいるんだな、と妙に納得できた。それだけ、人柄の良さそうな人物なのだ。
「こちらが……『薬草』……です。こちらが……『忘却草』……」
これから重要になってくる道具や薬の説明をしてくれた。
薬草:人間界でいう傷薬と同じ効果
忘却草:一時的に痛みを抑える
解毒薬:名称そのままの効果
聖水:瀕死の状態から回復させる
魔物草:一時的に魔物の目を逃れる
「道具屋……って縄とか袋とかも売ってるイメージだったんですけど、それは無いんですか?」
「歩様が腰に付けている……その剣……それを見ればもう縄や袋なんか要らないんじゃないかなって……思って」
「ど……どういうこと?」
道具屋の彼は、待っててください、と早口で言って2秒で帰ってきた。
「これを……差し上げます」
それは、聖水の瓶によく似た入れ物に入れられた、赤みがかった液体。ラベルに書いてある文字をサフィールが読み上げた。
《勝利の雫》
勝利の……何だって? 雫?
「歩様にはどこか独特なオーラが……ある。この世界に入ってきた……時点で、何か特別な魔力が働いているのかも、知れない……けど。私もとにかく役に立たなきゃ……いけない。そう思える」
大きく息を吸って彼は続ける。
「だから、鍛冶屋の主人もその強そうなのを……授けた。だったら、私もとびっきりのものをあげなきゃって……思ったので。それは……《勝利の雫》。自分の体力、魔力を著しく消耗するけれど絶対、持ってないと……ダメです」
今度はゆっくりと息を吸って、笑った。
「貴方が持ってないと……ダメなんです。いつか絶対……役に立ち……ます」
彼が伝えたいことは何となく分かった。僕はつくづく幸せ者だと思った。転移した世界でこんなにも優しい人達に囲まれて……助けられている。
「ありがとう……ありがとう」
サフィールが何故か泣きそうになっていたので、背中をさすると「おっ……表に出てますね」
と言って店を出、涙を拭っていた。
道具屋の彼はそんなサフィールを見てアワアワしている。
「わ……私は……何か彼女を泣かせるような……ことを……言ったでしょうか……?」
僕は笑って首を振った。
「最後に……名前を教えて頂けませんか? いつかまたこの道具屋に来たい。是非」
「リール……です」
僕は彼の名前を口の中で呟いて、微笑みかけてから店を出た。彼のことは、絶対に忘れないだろうな。絶対に。
僕とサフィールは笑い合いながら宿屋へ戻る。今、まさに今、僕達の仲間が死と向き合っていることなど知らずに。
この世界の闇が動き出したことも知らずに。
今日は長く書きました。
展開が早いか遅いかは読んで下さる方の感じ方次第だとは思います(笑)
それはそうと僕達も人間界でリールのような人に出会いたいですね。




