5 普通の人
「……キ」
「ん……」
「ミサキ」
「へっ?」
扉の向こうから名前を呼ばれ、うとうとしていたミサキは飛び起きた。
「すまないが、着方がわからん」
困ったような声でカイゼリスが言う。
「あ、はい。上から順番に説明します」
彼女は、洗面台に置いた順番を思い出して説明を始める。
「まず、タオルで体を拭きます」
「それはわかる」
「ですよね!」
ミサキは笑った。
「最初はトランクスです。下から履いてください。ちゃんと別々の穴に、足を入れるんですよ」
「!……わかった」
彼女は片方の穴に足を両方入れる彼を想像し、笑う。
「何故笑う?」
「え?笑ってませんよ」
彼女はコホンと咳をして、誤魔化した。
「次は肌着です。上から着てください。あ、これも……」
「腕は別々。わかる」
彼は少し拗ねたような声で言う。
「はい。次はズボンです。トランクスと同じように履いてください。そして最後にトレーナー。暑かったら着ないで肌着のまま出てきてもらっても大丈夫です」
「わかった」
少し経った後、扉が開いてカイゼリスが出てきた。
ルームウェアを着た彼は、普通の外国人に見えた。
「どうだ?」
「とっても、普通ですよ」
ミサキは満足そうに大きく頷いて座椅子を譲る。
カイゼリスは「そうか」と言って座った。
「服を着てみてどうですか?」
「そうだな……包まれている」
「え?包まれている?」
「ああ。それも嫌な感じは無く、違和感なく包まれている」
「へぇ……」
さすが、現代の服!着心地重視だ。
ミサキは思う。
そして、鎧も着ておらず、盾や槍を持たない彼は、自分とは何ら変わりのない人なんだと安心した。
服は完璧だった。
しかし気になってしまうことが一つある。
「髪の毛がびちょびちょです。拭かなかったんですか?」
「髪を拭く?」
きっと彼の時代では、髪の毛を拭くという習慣がないのかも知れない。
そう思ったミサキは、新しいタオルを取り、彼の頭に乗せて拭き始めた。
「何をする!」
「拭かないと、風邪をひいてしまいます!」
そう強く言われ、カイゼリスは黙ってしまった。
わしゃわしゃと拭かれ、何かに耐えるようにしている彼を見て、ミサキは笑いそうになるのを堪える。
そのままドライヤーを持ち出して、彼の耳元で電源を入れてしまった。
ブオォォォ
「!?」
カイゼリスが身構えたところで、ミサキはやってしまったと反省した。
彼にとっては、ドライヤーも魔物に見えるかも知れない。
「ごめんなさい、調子に乗ってしまいました。驚きましたよね?」
「……ああ。何かする時は、出来れば事前に言ってもらう方がいい」
彼はそう言うと、ドライヤーに視線を移す。
まだ少し警戒している。
「はい、気を付けます。今は、髪の毛を乾かしているんですよ」
ミサキはそう言って、ドライヤーで髪の毛を乾かし続けた。
彼は構えを解き、彼女の好意をそのまま受け入れる。
先程より丁寧な手つきで、彼の髪の毛へ触れて乾かすと、カイゼリスは気持ちよさそうな表情へと変わった。
「はい、出来ました。ほら!」
彼は、彼女が出してきた手鏡に映る自分を見る。
「……」
「とっても素敵ですね」
ゴワゴワしていた黒い癖っ毛は、コンディショナーのお陰で艶々だった。
前髪にある白いひと房も、輝いている。
カイゼリスは、彼女の『素敵』という言葉にくすぐったさを感じた。
「じゃあ、私もお風呂に入ってきます」
「ああ」
ミサキが扉の向こうへ消えると、彼は再び手鏡に映る自分を見た。
鎧を纏わず、彼女と同じような服装をした自分は、本当に普通だと思った。




