3 幸運な出会い
「そこの階段を上がった左側の手前の部屋です」
ミサキはそう言って階段をのぼる。
カイゼリスは、建物に槍をぶつけないよう慎重についていった。
彼女は鞄から鍵を取り出すと、扉を開けた。
「どうぞ」
「ああ」
そこは、カイゼリスにとって初めて見るものばかりだった。
6畳ワンルーム。小さな玄関の横にミニキッチン。
中には小さなローテーブルと座椅子。カラーボックスに数冊の本。
部屋の角にはテレビがある。
「狭いな」
「一人暮らしですから」
「合理的だ」
「それ、褒めてないですよね」
ミサキはくすくす笑うと、靴を脱いで部屋へ入って行く。
カイゼリスは玄関の外に槍と盾を置くと、彼女の真似をして脛当ての付いた網靴を脱いだ。
「ちょっと待ってください」
「どうした?」
「その槍と盾、そこではダメです」
誰に見られるかわからないのに、玄関の外に置いておくことは出来なかった。
「この槍、短くするとか出来ます?」
「無理だ」
「そうしたら、どうにか部屋に入れるしかないですね……」
ミサキが真剣に考えている表情を見て、カイゼリスは笑いそうになった。
何故、こんなに真剣なんだ。
「大丈夫だ。部屋へ入れる」
「お願いします」
カイゼリスは扉をめいっぱい開き、槍の角度を変えながら、何とか部屋に入れた。
そして彼女が言うように、槍を立て掛け、盾はクローゼットの中へ入れた。
「とりあえず、これで大丈夫ですね。カイゼリスさん、そこへ座ってください」
「ああ」
座椅子に彼を座らせ、自分は向かい側に座る。
そしておもむろに聞いた。
「ここに来る前、ご飯食べましたか?」
「……いいや」
「では、これをどうぞ」
ミサキはスーパーで買ったおにぎりとお茶を出した。
もちろん、ペットボトルの蓋は開け、おにぎりも包装を外し、海苔を巻いてから渡す。
カイゼリスはおにぎりを受け取ると、そのまま口へ放り込んだ。
「確認しなくてもいいんですか?」
ミサキは驚くと、もぐもぐと咀嚼する彼に聞く。
カイゼリスはごくんと飲み込んでから答えた。
「何をだ?」
「食べられるものかとか、毒が入っていないかとか?」
彼女の問いに、彼は目を見開いた。
そして笑う。
「ミサキ。お前が嘘をついたり、毒が入っているものを渡してくるとは思えん」
それは、先程までとは打って変わって、とても自然な表情だった。
「そう……ですか」
「ああ」
彼はミサキからもう1つおにぎりを受け取ると、先程と同じように口へ放り込み、もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。
「美味いな。とても……複雑な味だ」
ほら、毒など入っていないではないか!と言われているようだった。
そんな風に思ってくれる彼に、ミサキの胸は少し温かくなった。
「3日間何も食べていなかったから、腹が減っていた」
カイゼリスは、ペットボトルのお茶を一気に飲み干して言う。
「え?3日?」
「ああ。ちょうど戦の最中にここへ来た。飯どころでは無い」
「戦!?それはそうかも知れませんけど……」
「助かった。ありがとう、ミサキ」
「はい。どういたしまして」
ミサキは戦など経験したこともないので、何と返事すれば良いかはわからなかった。
ただ、彼がお礼を言ってくれたことは嬉しかった。
「もっと食べます?」
「いいのか?」
「はい。私もまだ夕飯食べてないので、一緒に食べましょう」
「……ああ」
ミサキは立ち上がると、何か食べられそうなものはないかと、冷蔵庫内を探し始めた。
「今から作りますから、少し待っていてください」
「ああ」
ミサキがキッチンで料理をし始めるのを眺めながら、カイゼリスは自分の中に不思議な感覚が芽生えていることに気付く。
ここは、全く知らないところだ。
全てが見たこともないようなもので溢れている。
確実に自分のいた世界とは違う。
それだけは分かった。
魔物がいない。夜なのに見張りがいない。
女が一人で当たり前のように歩いている。
そしてこの、俺を自分の家に連れてきたミサキという女は、全くの悪意も無く、ただの善意だけで食事を提供している。
不思議だった。
全てが初めてで不思議だ。
「出来ましたよ」
ミサキがニコニコしながら料理を持ってきた。
湯気と共に、とても美味しそうな香りが部屋中に広がる。
「どうぞ、召し上がれ」
この世界で、彼女に見つけて貰えて幸運だったと、カイゼリスは思った。




