出発
俺を消そうと国の連中が捜査網を広げてしまった。
そんな訳で、この国ともお別れなんだが……一人で旅立たねばならない。
どうやらエンナは連れて行けないらしい、さて困った。
***
――午前二時。
「眠ぃ……」
あと少し……と我がままを言う体に鞭打って寝床から這い出す。
体が重い、おそらくこの重さは疲労だけではないだろう。
この国を出ろと言われた時は、なんというか……実感があまり湧かなかった。
だが、エンナを失くすとなると思うと、途端に腹の底から湧き上がってくるものが俺の行き場の無い悔しさに拍車をかける。
「……仕方ないか」
常に所持している剣は持っていかない。
大きなな音を立てて、エンナが起きてしまったら一貫の終わりだ。もったいないが、次の国で、もう少しいい物を買えばいい。
迷宮に行くときは常に常備してるリュックも置き去りにしていく。
よって、今の俺は金とステータスカプセル以外何も所持していない。
ドア手を掛ける。
姉さん達の時と違い、今回はすんなりと開けられた。
覚悟ができているというよりも、出て行かなければという使命感の方が強く感じられる。
***
「やっと来たか」
「すみません、随分待たせてしまって……」
「構わん」
店の壁にもたれかかっているベラルと言葉を交わす。
ベラルの周りにはビンが数本。どうやら俺が来る前に、飲んでいたようだ。
「しっかり割り切ったか?」
「はい、もう大丈夫です。なにも思い残しはないです」
「……そうか」
嘘だ、未練たらたらだ。
今からでも宿へ行ってベットに潜り込みたい。
だから、諦めるのだ、しょうがないと自分に言い聞かせながら。
「コイツをやる。受け取れ」
「……ん?」
一つの物体がきれいな放物線を描く。
ベラルから渡されたのは、見慣れたカプセル状の物――ステータスカプセルだ。
「これは……?」
「お前のジョブは特異だからな。関所の時なんかに使え。ちなみにジョブは剣士となっている」
「あ、ありがとうございます。でもこれって違法なんじゃ――」
「国が直々に命狙いにきてんだ。こんくらいしたって問題ないだろ」
それもそうか。
だが、この偽ステータスカプセルどうやって製造したんだろうか。
きっと他言にはできないあんなことや、こんなことを可能な限りやってみたのだろう。
「モトキ」
「なんですか?」
突如、ベラルがいつもより強い口調で、俺の名前を呼ぶ。
視線を交わすと、ベラルが歯を震わせながら食いしばる。
「なんで、お前は涙を流さないんだ?」
「へぇ?」
「これからお前は、いつ死んでもおかしくない人生をおくることになるんだぞ……」
「……分かっています。だけど、人前で泣いたらかっこ悪いじゃないですか」
「それは意地か?」
「そんな大層なもんじゃありませんよ」
この世界に来る前からそうだった。
泣きたい時は布団の中か、トイレや風呂場と決まっている。そう決めている。
なんか嫌なのだ……他人に見られると同情されてるように思えてくる。
「えっとキャラバンのある方どっちでしたっけ?」
「このまま真っ直ぐだ」
「それじゃあ、そろそろ行ってきます」
「そうか、行くのか」
俺はベラルの前を通り過ぎる。
ベラルは短剣の柄を持ったまま顔を俯かせる。
「モトキ」
「まだ何か?」
再度俺の歩みを止めるベラル。
どうやら、まだ俺に伝えたい事があるらしい。
「生き残れよ」
「できますかね……俺弱いですよ」
「そんなことはない。俺の少年時代なんかよりもよっぽど芯が強い」
「ただ、諦めが早いだけか、堪えてるだけかもしれませんよ」
「それでもだ」
今度こそキャラバンへ向かう。
少しずつベラルとの距離が縮まっていくのが分かる。
――これで俺は独りだ。
俺を救済してくれる人脈は完全に絶たれた。
もうエンナという希望にすがることは出来ない。
「独り……か」
俺が空を見上げると、満点の星に欠けている月が出迎える。
独りの俺には神々しさすら感じられる上弦の月が黒ずんだ石畳を淡く照らす。
こんな道のど真ん中で立ち止まっているの俺は、傍から見るとかなり不自然だろう。
「って不自然もなにも、誰もいないじゃないか」
こんな夜中に散歩している奴なんていない。
大通りの方へ行けばまだ栄えていると思うが、ここは住宅地だ、いまごろ皆は夢でも見ているだろう。
月の光とランプの明かりを浴びながら、また歩き始める。
「…………くそ」
独りだと認識した途端、悔しさ、怒り、憎しみといった負の感情がこみ上げてくる。
つい先ほどまではベラルがいたから我慢していたが、さすがに辛い。
――俺は泣いた。
自らの感情の思うままに涙を流した。
皆が自分の前から去っていってしまう、それが嫌だ。
――――悔しい。
――悔しい。
悔しい。
自分の守りたいものが守れないことが悔しい。
――俺は憎い。
俺を追っかけまわして親しい人々との間を引き裂く国が憎い。
たった一人のパートナーの隣にいたいという願いさえ叶わない。
「どうすりゃいいんだよ……」
憎しみはやがて怒りへと昇華し、俺の眉の辺りのしわを一層深くする。
この行き場の無い怒りの排出口は……
「……っふ!」
ガンッ!
俺の拳が石畳にヒビをを入れる。
もちろん俺の拳の方もタダでは済まない。
固くにぎった拳は、皮が引き裂かれ血が滴り落ち石畳のヒビの奥へと染み渡る。
国だ、俺の力なんて及ぶ筈が無い。
一万の弓兵、歴戦の兵隊が束になろうが適わない。
それこそ、国と渡り合える武力と権力が無ければ……
「あ、そっか……」
突如、俺の目が大きく見開かれる。
ひらめいた……勝つ方法を。
それは誰もが思いつかない……いや、思いつこうとしない方法。
「俺が……強くなればいい」
そうだ、俺が圧倒的な武力を手に入れればいい。
具体的にいえば千の槍兵を一発でなぎ払えるような力があればいい。
馬鹿げている――皆そう思うだろう。
俺もそう思う。だが立ち止まらない。
「国を脅かす存在になれば迂闊には手を出さないはずだ。そうしたら俺の勝ちか……」
お花畑のような脳のつくりをしている? そうかもしれない。
だが、俺なら可能だ、普通じゃない俺なら。
『君は勇者になり損ねた人間さ』
俺をこの世界に連れてきた少年が言った言葉だ。
一見絶望的だが、この言葉をポジティブに捉えると……
「俺は、勇者の一歩手前までいったってことだ」
その日、俺は国に立ち向かう事に決めた。
タカハシ・モトキ 男 十三歳
メイン:変動者
サブ:なし
固定能力:勇者もどき、剛剣、延斬、鉄の体躯
読んでいただきありがとうございます。




