6話:未知なる調合と、驚きの開店準備
床と窓の掃除を終え、大工ギルドから届いた白木の商品棚や接客カウンターを配置すると、殺風景だった空き家はようやく「店舗」らしい輪郭を持ち始めていた。
「よし……これで内装の土台はできたな。次はいよいよ、店頭に並べる商品の準備だ」
俺が腕まくりをして奥の調剤スペースへ向かうと、カトレアとリリアが興味津々といった様子でついてきた。
「レン様、商品というと……やはり初級回復ポーションや、傷口を塞ぐ煎じ薬の調合でしょうか?」
リリアの問いに、俺は首を横に振った。
「もちろんそれも作るけれど、うちの目玉にしたいのはもっと日常的で、安価に体の不調を治せる薬だよ。例えば――この布を使った『貼り薬』とかね」
「……は、布を貼る……薬、ですか?」
カトレアが大きな目を丸くして首を傾げた。
無理もない。この世界において「薬」といえば、苦い汁を無理やり飲むか、高価なポーションを傷口に直接振りかけるのが当たり前だ。「布に薬を塗って肌に貼り付ける」という外用パップ剤の概念など、誰も見たことがないのだ。
「ええと、レン様……? 布を体に巻くのは怪我の包帯くらいしか存じ上げませんが……それ自体に病や痛みを治す力があるのですか?」
「まあ見ててごらん。まずは一番大事な『油』の抽出から始めるよ」
俺は作業台の上に、工房で組み上げた特製のガラス器具をセットした。
底の丸いフラスコに水を入れ、その上部に大量の乾燥薄荷草を敷き詰めた容器を接続。さらにそこから細いガラス管を伸ばし、冷水を循環させる二重構造の冷却筒へと繋いである。
「レン様、その複雑怪奇なガラス細工は一体……? 宮廷魔導士の実験室でも見たことがありませんが……」
カトレアがおっかなびっくり覗き込み、リリアも「魔道具……ではないのですよね?」と目を白黒させている。
「これは『水蒸気蒸留器』という装置だよ。植物を直接煮詰めるのではなく、下から沸騰させた蒸気をハーブに通すんだ。そうすると、熱で気化した植物の芳香成分が蒸気と一緒に上がってくる。それを冷水で一気に冷やすと――」
下から魔導バーナーの火を点けると、ポコポコと水が沸騰し、ガラス管を通って蒸気が冷却筒へと流れ込んでいく。
先端の受け皿に、冷やされた液体がポタポタと滴り落ち始めた。
「……あ、見てください! 水の表面に、何か透明な油のようなものが浮いてきました!」
リリアが声を上げる。
俺はスポイトを手に取り、水の上澄みにわずかに浮き上がったその黄金色の油膜を、慎重に吸い上げて小さな遮光瓶へと移した。
栓を開けた瞬間――フワッと、部屋中の空気を一新するような、鮮烈で澄み切った清涼な香りが爆発的に広がった。
「っ……!? な、なんですかこの香り……! 鼻を抜けた瞬間、頭の奥までスーッと霧が晴れるような……!」
「うわぁ……! 目が覚めるような、とんでもなく爽快な匂いです! レン様、これって薄荷草ですよね!? 同じ草なのに、どうしてこんなに澄んだ強い力になるんですか!?」
二人が目を輝かせ、驚愕の声を上げる。
この世界には、植物の油胞に含まれる高純度の薬効成分だけを抽出する『精油』の技術が存在しなかった。乾燥草を油に漬け込む程度の粗悪な浸出油しか知られていないこの世界において、純度百パーセントの精油は、もはや錬金術の秘儀に等しい衝撃だったのだ。
「これが植物の命そのものを濃縮した『精油』だよ。これを使って、次は貼り薬のベースを作る」
俺は乳鉢を取り出し、消炎作用のあるキハダの樹皮粉末(黄柏末)に、つなぎとなる小麦粉と少量の卵白を加えた。
すりこぎで丹念に練り合わせ、耳たぶほどの滑らかなペースト状にしたところで、先ほど抽出した薄荷精油を二滴、垂らして混ぜ合わせる。
「カトレア、少し肩を貸してくれるかい? 剣の稽古で張っているだろう」
「えっ、あ、はい! 昨日から右肩がちょっとズキズキしてまして……」
切り分けた清潔な木綿布の中央に、ヘラで生薬ペーストを五ミリほどの厚さに均一に塗り広げる。その上に薄いガーゼを重ね、カトレアの肩口にペタリと密着させて軽く押さえた。
「……? 冷たい泥を塗られたような感触ですが……うわっ!?」
数秒後、カトレアの体がビクッと跳ね上がった。
「つ、冷たっ!? いえ、氷のような冷たさじゃありません! じわじわと……肩の筋肉の芯まで冷たい風が吹き抜けていくみたいです! あ、あれ……? 重たく熱を持っていた肩の痛みが、すーっと消えていく……!?」
「局所の熱を奪って炎症を鎮めつつ、薄荷の油が皮膚の奥まで浸透して血行を整えているんだ。これを貼っておくだけで、日々の筋肉疲労や腰痛が劇的に和らぐ」
「す、すごいですレン様……! 飲むポーションじゃこんなピンポイントに効きませんし、何より体が驚くほど軽くなりました!」
「まあ……! 飲む薬しか知らなかった平民の方々にとって、これはまさに魔法のようなお薬ですわ……!」
リリアも感嘆の息を漏らし、出来上がった湿布をまじまじと見つめていた。
「これなら、高価な治癒魔法やポーションに手が出ない大工の職人さんや、駆け出しの冒険者にも銅貨数枚で提供できる。他にも、肌荒れを防ぐ保湿軟膏や、疲れを取る生薬ドリンクも順に作っていくよ」
「はいっ! 私、いくらでも布を切ったり粉を挽いたりします!」
「私もお手伝いいたします、レン様!」
前世の知識とこの世界の素材が融合した、未知の新薬たち。
驚きと熱気に包まれながら、空っぽだった棚は着実に、頼もしい商品たちで埋め尽くされていくのだった。
◇
湿布とのど飴の試作で盛り上がった後、俺は手元の仕入れ伝票をカウンターの上に広げた。
「さて、オリジナル商品の試作は上々だけど……もちろん、これだけじゃ普通の薬房とは呼べないからね。湿布とのど飴の専門店になってしまう」
俺が苦笑いしながら言うと、リリアも「確かに、それだけでは看板に偽りありと言われてしまいますね」とクスリと笑った。
「基本となる医療品や標準ポーションは、王都の認可を受けた大手製剤工房から仕入れる手筈を整えてあるよ」
「あ、それならエドワード団長から紹介状をもらっていた『アルケミア中央製剤工房』ですね!」
カトレアが思い出したようにポンと手を打つ。
「はい。あそこなら騎士団や冒険者ギルドにも納品している最大手ですから、品質は折り紙付きです。初級から中級の回復ポーション、毒消し薬、止血粉、それに魔力回復薬の基本ロットは、明日の早朝に一括で搬入される予定になっています」
リリアが完璧に整理された仕入れ帳簿をめくりながら補足してくれた。
この世界でも、大量消費される基礎的な液剤や粉末薬は、大規模な設備を持つ専門の製剤工房で規格生産・瓶詰めされたものを仕入れるのが流通の基本なのだ。
「標準的な薬品の仕入れルートがあるからこそ、うちの強みが活きるんだ」
俺は棚のスペースを指差しながら二人に説明した。
「どこでも買える基本ポーションや解毒薬は工房からの仕入れで揃えて、安心感を出す。その上で、他店には絶対にない『生薬アロマ湿布』や『薄荷のど飴』、それに個別カウンセリングによる『特製スキンケア軟膏』をうちの独自商品として並べる。……これで、下町の日常使いから冒険者の緊急用まで、完璧なドラッグストアの品揃えになるはずだ」
「なるほど……! 仕入れの既製品で信頼と品数を確保しつつ、オリジナルの独自商品で他店と差別化するわけですね!」
カトレアが感心したように目を輝かせ、リリアも誇らしげに頷く。
「はい。これならどんなお客様がいらしても、胸を張ってお迎えできますね、レン様」
工房からの仕入れ納品と、自家製の特製薬の準備。
二つの車輪がしっかりと噛み合い、薬房としての本格的な品揃えが整ったのだった。
◇
「開店初日は、思っている以上に混み合うかもしれないな。二人に相談なんだが、誰か臨時のアルバイトを頼めるような当てはないかい?」
並び始めた商品棚を眺めながら俺が問いかけると、二人はそれぞれ対照的な反応を見せた。
「アルバイト、ですか?」
まず口を開いたのはカトレアだった。人懐こい瞳を輝かせ、自信満々に胸を叩く。
「それならレン様、私の非番の騎士仲間に声をかけてみましょうか! 近衛の精鋭なら重い荷物の搬入も一瞬ですし、万が一の暴動や万引き対策も完璧ですよ! フルプレートメイルを着て店頭に立たせれば、威圧感……じゃなくて防犯意識の高さもアピールできますっ!」
「いや、下町の薬房のレジ横に甲冑姿の屈強な近衛兵が立ってたら、普通のお客さんが怖がって逃げちゃうよ」
俺がすかさず突っ込むと、カトレアは「あ、そうですね……!」と頭を掻いて照れ笑いした。
その隣で、リリアが小さくため息を漏らしながら、冷静な声で割って入る。
「カトレア様、レン様のおっしゃる通りです。お客様を威圧してどうするのですか。……レン様、もし臨時の手配でしたら、下町で手が空いている信頼できる知り合いを何名かピックアップいたしましょうか?」
「リリアに心当たりがあるのかい?」
「はい。本邸の息がかかっていない、口が堅くて手先の器用な下町の娘たちに顔が利きます。接客の基本や金銭の扱いを心得ている者を、開店初日と週末の繁忙期に合わせて数名、日当で手配できますよ」
「それは助かるな。接客や袋詰め、品出しをテキパキこなしてくれる人がいると本当にありがたい」
「お任せください。早速、今日のうちに手配をつけて面通しを済ませておきますね」
リリアはそう言い残すと、手早くエプロンを外して下町の通りへと出かけていった。
――それから二時間後。
「レン様、連れてまいりました」
リリアが戻ってくると、その後ろには下町の仕立て屋や商家で働いていたという若い女性が二人、緊張した面持ちでおずおずと会釈をした。
「初めまして、レンと申します。今回は開店初日の数日間、品出しや簡単な接客、袋詰めを手伝ってほしくてね」
俺が前世の店長面接の感覚で、基本的な受け答えや手先の器用さ、立ち振る舞いを確認していく。
二人とも真面目で礼儀正しく、一般的な商店なら申し分ない人材だった。だが――。
(……悪くはないけれど、初日に予想される『あの混乱』を捌き切れるかというと、少し不安だな)
姉エレオノーラが送り込んでくるであろう貴族令嬢たちの圧の強さ、そして下町の荒くれ冒険者や職人たちが押し寄せるカオスな現場。
おとなしい彼女たちでは、威圧感に気圧されて萎縮してしまうか、予期せぬトラブルでパニックを起こしてしまう可能性が高い。
「お二人とも、来てくれてありがとう。条件や仕事内容について少し検討したいので、採用の可否は夕方までにリリアを通じてお伝えしますね」
丁寧に見送りを済ませた後、俺はカウンターに戻って腕を組んだ。
「どうでしたか、レン様?」
「うん、二人ともとても素直で良い人たちだよ。ただ……開店初日はかなり特殊な客層になりそうだからね。もっと度胸があって、突発的なトラブルや人混みにも動じないタイプが欲しいところだ」
「なるほど……となると、普通の町娘では少々荷が重いかもしれませんね」
リリアも納得したように顎に手を当てる。そこへ、待ってましたとばかりにカトレアが身を乗り出してきた。
「それならレン様! 冒険者ギルドに数日間の短期依頼を出してみませんか!?」
「冒険者ギルドにかい?」
「はい! 冒険者ギルドには魔物討伐だけでなく、店舗の警備や荷運び、雑用といった『短期の街中依頼』もたくさん集まるんです。腕っぷしはもちろん、場慣れしていて度胸のある登録者がいくらでもいますよ!」
「確かに、それなら気気後れすることもないし、カトレアの顔も利くから安心ですね」
「よし、じゃあ良い人が見つかるか、ギルドに依頼票を出しに行ってみようか」
俺は上着を羽織り、カトレアを案内役に連れて、下町の中央にある冒険者ギルドへと足を向けた。
下町の石畳を抜け、活気と喧騒が渦巻く冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けた。
昼間からエールを煽る屈強な戦士、武具の手入れをする魔法使い、依頼板の前に群がる冒険者たち。独特の熱気と鉄の匂いが立ち込める中、カトレアが慣れた様子で先頭を切って受付カウンターへと進む。
「お邪魔します! ミリアさん、急ぎで短期の依頼を出したいんですが!」
「あら、カトレアちゃんじゃない。……あら? そちらの尋常じゃなく育ちの良さそうな美少年は誰!?」
受付嬢のミリアは、カトレアの後ろに立つ俺を一目見るなり、目を丸くして身を乗り出してきた。
「こちら、私が専属護衛を務めておりますレン様です! 新しく下町に薬房を開店するにあたり、初日の混雑に備えて【店舗警備兼、荷運び・列の誘導補助】をしてくれる冒険者パーティを雇いたくて」
「報酬は日当でパーティ宛てに銀貨五枚、さらに当店特製の疲労回復ドリンクと湿布の現物支給付きです」
俺が依頼書を差し出すと、ミリアはパッと表情を明るくした。
「街中の安全な雑用・警備依頼ね! それならちょうど、手頃で真面目な駆け出し――Dランクのパーティにうってつけの子たちがいるわよ。……おーい、サーシャ! ちょっとこっち来て!」
ミリアがギルドの奥へ声をかけると、酒場スペースの端で装備の手入れをしていた三人の少女たちが、小走りでやってきた。
「呼んだかしら、ミリアさん?」
声をかけてきたのは、ポニーテールを揺らす快活そうな赤髪の女戦士だった。軽装の胸当てに片手剣を差したリーダー格の少女だ。後ろには、軽装レザーを着た小柄な獣人(猫耳)の斥候の少女と、大きな杖を抱えた眼鏡姿の見習い魔導士の少女が続いている。
「彼女たちはDランクパーティの『リリィ・ブリーズ』よ。登録して一年目の全員女の子の新人パーティだけど、規律もしっかり守るし、近隣のゴブリン討伐や薬草採取でもトラブルを起こしたことがない真面目な子たちなの」
「リーダーのサーシャです! こっちが斥候のミーシャ、魔導士のエレン。……あの、私たちでお役に立てる依頼でしょうか?」
サーシャは少し緊張した面持ちで、俺の顔をまじまじと見つめたあと、ふと頬をほんのり赤らめた。
「初めまして、レンと申します。明日オープンする俺の薬房で、開店初日の荷運びや列の誘導、それと店内の見張りをお願いしたいのです。急な混雑や思わぬ人混みが予想されるので、連携の取れる冒険者パーティの力を借りたいと思いまして」
「荷運びと警備……! しかも、銀貨五枚に薬の現物支給まで……!?」
条件を聞いた三人の目が一斉に輝いた。駆け出しのDランク冒険者にとって、危険な魔物と戦わずにまとまった日当と貴重な薬品が手に入る街中依頼は、喉から手が出るほどありがたい好条件だ。
「私たち、力仕事や見張りなら慣れてます! ミーシャは目が利くから割り込みや万引きの警戒も得意だし、エレンは生活魔法でちょっとした汚れや埃を払うのも手伝えます!」
「任せてほしいにゃ、雇い主!」
「は、はいっ! 一生懸命頑張ります!」
三人とも礼儀正しく、やる気に満ち溢れていた。
華奢に見えても鍛えている冒険者なら力仕事も問題ないし、物腰も柔らかいので下町のお客さんを威圧する心配もない。
「よし、決まりですね。『リリィ・ブリーズ』の皆さん、明日の早朝からよろしくお願いします」
「「「ありがとうございますっ、レン様!!」」」
三人は嬉しそうに依頼票の控えを受け取り、笑顔で手を振って去っていった。
「ふふっ、真面目で可愛らしい助っ人が見つかってよかったですね、レン様!」
依頼の手続きを終え、冒険者ギルドを出ようとしたところで、カトレアが満足げに笑いかけてきた。
「ああ、これで明日の人手不足も安心だな。力仕事も案内もスムーズに回りそうだ」
俺は純粋に、店舗運営のピースが綺麗に揃ったことに安堵して頷いた。前世のドラッグストア店長時代に培った「初日の人員配置計画」が完璧に整ったという、ただそれだけの達成感だった。
だが、ギルドの出入り口の扉に手をかけたその時――。
「……おや。そこにいるのはカトレア副隊長と……レン様ではありませんか?」
背後から、よく通る落ち着いた声が投げかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは私服姿ながらも隙のない体幹を感じさせる長身の青年だった。腰には近衛の佩刀を帯びており、爽やかな笑みを浮かべて軽く右手を胸に当てて礼を取る。
「……ラインハルト副隊長!」
カトレアが背筋をピンと伸ばして敬礼しかけ、慌てて手を下ろした。
「非番のところ失礼いたします。レン様、こちらはエドワード団長の直属の部下で、私の同僚でもある近衛騎士団のラインハルトです」
「初めまして、レン様。団長からお噂はかねがね伺っております。下町で薬房を開かれるとかで、ギルドへ資材の調達にでも?」
「ええ、初めまして、ラインハルトさん。明日の開店初日に備えて、列の誘導や警備を手伝ってくれる冒険者を雇いに来たところなんですよ」
俺が当たり前の業務連絡のように答えると、ラインハルトは「なるほど」と頷き、先ほどギルドの奥へ戻っていった三人娘パーティの背中へと視線を向けた。
「……なるほど。あちらの『リリィ・ブリーズ』の三人ですね。真面目で良いパーティを選ばれたと思います。……ところで、レン様」
「はい?」
ラインハルトはスッと眉を寄せ、顎に手を当てて真剣な顔つきになった。歴戦の騎士が戦況を分析するような鋭い眼差しだ。
「少し戦況……いえ、陣容の確認をさせていただきたいのですが。現在、店内に常駐されるのは専属侍女のリリア殿、護衛兼家事担当のカトレア……そして明日の警備補助として、あの三人娘。……これで間違いありませんか?」
「ええ、完璧な配置でしょう? 接客、調剤補助、警備、誘導と、すべて隙なく回せる布陣です」
胸を張る俺に対し、ラインハルトはなんとも言えない深く重い溜め息を漏らし、カトレアに向き直った。
「カトレア。お前、これの異常性に気づいていないのか?」
「えっ……? 何がですか、ラインハルト先輩? 人員は十分ですし、みんなやる気満々ですよ!」
「お前は本当に現場の空気しか読めんな……」
ラインハルトは額を押さえ、首を小さく左右に振った。
「いいですか、レン様。男はお一人。それを取り囲むのは、見事に若い女性ばかり総勢五名です。はたから見れば、ただの『美少女ハーレム薬房』にしか見えません」
「……は?」
思いもよらない単語が飛び出し、俺は思わず目を丸くした。
「い、いや、ラインハルトさん。全員純粋な業務上の役割があって集まってもらっただけで、やましい意図など微塵も――」
「レン様が無自覚なのはよく分かります。ですが、問題は『周囲がどう受け止めるか』です」
ラインハルトは声を一段低くし、冷たい事実を突きつけるように告げた。
「特に……団長とエレオノーラ様です。もしこの陣容が耳に入れば、団長は『レンが下町で女を囲って放蕩に溺れているのでは』と胃を痛めて即座に踏み込んできますし……何よりエレオノーラ様は、間違いなく凄まじい嫉妬と怒りで王都を焦土に変えかねません」
「…………っ!!」
その瞬間、俺の背筋にツツーッと冷たい悪寒が走った。
――兄上と、姉上。
リリアとの同居疑惑だけで氷点下の殺気を放ち、カトレアの配属には「飢えた女豹」と叫んで呪具を持ち出そうとしていた、あの重度の過保護姉弟。
兄の部下であるラインハルトに見咎められたということは、すでに情報が本邸へ筒抜けになる秒読み段階に入っているということだ。
「ど、どうしましょうレン様……! エドワード団長に知られたら、私も『適切な人員管理を怠った』として減給と腕立て千回の刑になっちゃいます……!」
カトレアが真っ青になって俺の袖を引く。
「ラ、ラインハルトさん……! これは純粋に、開店初日の混雑事故を防ぐための安全対策なんです。どうか兄上には『真面目な防犯対策を講じている』とだけ報告していただけませんか……!?」
俺が必死に頼み込むと、ラインハルトは肩をすくめ、小さく苦笑いを浮かべた。
「……承知いたしました。日頃、団長と令嬢の過保護ぶりに振り回されているカトレアに免じて、私からは余計な詮索は伏せておきましょう。ただし、隠し通せるかどうかは明日のレン様の立ち回り次第ですよ」
「あ、ありがとうございます……!」
胸を撫で下ろしたものの、危機が去ったわけではない。
業務効率だけを考えて組んだ完璧なシフト表が、本邸に知られた瞬間に即死級の特大爆弾へと変貌するという事実を噛み締めながら、俺は急ぎ足で薬房への帰路についた。
翌朝、東の空が白み始めた頃。
下町の通りにカタカタと車輪の軋む音が響き、一頭立ての大型荷馬車が店の前に横付けされた。
「おはようございます! 『アルケミア中央製剤工房』より、ご発注いただいた基礎薬品一式をお届けに上がりました!」
屈強な配達員の声に、俺は調剤用の白衣を羽織って表へと出た。
すでに起きて身支度を整えていたカトレアと、今日のために新調した統一感のあるエプロンを身につけたリリアも手早く後に続く。
「ご苦労様です。早速、荷降ろしと検品をお願いします」
木箱が次々と店内へ運び込まれ、カウンターの上に整然と並べられていく。
頑丈な緩衝材で保護された木箱の蓋を開けると、そこには王都規格のガラス瓶に詰められた色鮮やかな液剤や粉末薬がぎっしりと収まっていた。
「リリア、納品書と照合しながら検品を頼むよ」
「はい、レン様」
リリアがペンと羊皮紙を手に取り、一本ずつ小瓶を透かして液漏れや沈殿物がないかを手際よくチェックしていく。
初級・中級回復ポーション(ヒールポーション): 傷口の治癒と細胞活性を促す、澄んだ淡い緑色の液剤。五十本。
魔力回復薬: 精神疲労を和らげ魔力を再充填する、深みのある藍色の液剤。三十本。
解毒薬: 毒草や低級魔獣の毒を中和する琥珀色の液剤。二十本。
止血粉・殺菌パウダー: 携帯性に優れた遮光缶入りの粉末薬。各三十缶。
「破損なし、液体の濁りや結晶化も見られません。すべて最高品質の規格品です」
「よし、完璧だ。カトレア、この仕入れ品を入り口から見て右手側の『標準薬品コーナー』へ陳列してくれ。効能書きの木札も見やすい位置に立ててね」
「了解ですっ! 重い木箱の運搬はお任せを!」
カトレアが元気に棚へ商品を並べていく。
大手製剤工房の規格品がズラリと棚を埋めるだけで、店舗全体にしっかりとした「薬房」としての風格と信頼感が漂い始めた。
そして――。
「左側のメイン棚には、うちの看板商品を並べよう」
俺が作業台から運び出したのは、昨日作り上げた自家製のオリジナル商品群だ。
キハダ樹皮粉末と薄荷精油を練り込み、木綿布に塗って一枚ずつ丁寧に油紙で包んだ『生薬アロマ湿布(冷感パップ剤)』。
薄荷精油をごく微量、煮詰めたハチミツシロップに混ぜて一口サイズに固めた『薄荷ハニーのど飴』。
そして、月光草とホホバ油を配合した低刺激の『保湿スキンケア軟膏』。
「仕入れの定番薬品で安心感を与え、自家製のオリジナル商品で他店にはない悩みを解決する……うん、理想的なドラッグストアの売り場になったな」
「おはようございまーす! 雇い主!」
満足げに頷いていると、カラリとドアベルが鳴り、元気な声が飛び込んできた。
約束の時間きっかりに現れたのは、昨日ギルドで雇ったDランク冒険者パーティ『リリィ・ブリーズ』の三人だ。
「おはよう、みんな。早いね」
「街中の初仕事ですから気合入ってます! リーダーのサーシャ、斥候のミーシャ、魔導士のエレン、全員揃ってます!」
軽装鎧のサーシャが胸を張り、猫耳のミーシャが「怪しいヤツや割り込みは逃さないにゃ!」としっぽを立て、眼鏡のエレンが「クリーン魔法で店内の清掃と換気、いつでもいけます!」と杖を握り直す。
「頼もしいね。サーシャとミーシャは表の列の整理と誘導、エレンは店内の案内とカゴ渡しをお願いできるかい?」
「「「了解ですっ!」」」
これで役者は揃った。
カウンター奥には落ち着いた佇まいのリリア。
棚の整理と呼び込みを担当するカトレア。
表の警備と誘導を担う三人娘の冒険者パーティ。
……改めて見渡すと、俺以外のスタッフ総勢五名、全員が揃いも揃って見事なまでに華やかな若い女性ばかりだ。昨日のラインハルトの「ハーレム薬房」という指摘が頭をよぎり、思わずこめかみが引き攣る。
(……いや、これは健全なシフト管理だ。決してやましい意図はない。……姉上がどこからか見ていないことだけを祈ろう)
俺は心の中で冷や汗を拭いながら、大きく一つ深呼吸をした。
時計の針が、開店時刻である午前八時を指す。
「みんな、準備はいいかい?」
「「「はいっ、レン様!」」」
五人の声が気持ちよく調剤室に響き渡る。
俺はカトレアに頷き、入り口の木製看板を【準備中】から【営業中】へと裏返させた。
◇
「レン様、一体何をしてらっしゃるんですか……?」
工房の奥で鍋とフラスコを囲み、真剣な眼差しで作業していた俺に、リリアがおずおずと声をかけてきた。
俺の足元には、絞りかすのオリーブ油が入った大樽と、木灰を煮詰めて作った強いアルカリ液(灰汁)、そして塩の袋が並んでいる。
鍋の中では、油脂と灰汁が混ざり合い、独特の油の匂いとともにドロドロとしたペースト状に煮詰まっていた。
「ん? ああ、グリセリンを作っているんだよ」
「……ぐりせ、りん……?」
リリアと、後ろからのぞき込んでいたカトレアが、揃って頭上に巨大な「?」を浮かべた。
無理もない。この世界の住人にとって、油脂を灰汁で煮て作るものといえば「身体や食器を洗う固形石鹸」だけだ。その製造過程の副産物に、別の価値があることなど誰も知らない。
「レン様、それは……石鹸を作られているのではないのですか? 下町の工房でも、油と灰汁を煮て石鹸を作る職人がおりますが……」
「半分は正解だよ、リリア。でも、俺が本当に欲しいのは石鹸の方じゃない。この後に出てくる『透明な液体』なんだ」
「透明な液体……?」
「まあ見ててごらん」
俺は煮詰まった鍋の中に、濃い食塩水を一気に流し込んだ。
すると――化学反応(塩析)によって、白く固まった石鹸の塊がプカプカと表面に浮き上がってきた。
「わっ! 白い塊が浮いてきました!」
「ここまでは普通の石鹸作りと同じだね。この上の白い塊をすくい取れば、よく泡立つ高級石鹸になる」
俺が手際よく石鹸の塊を別の木枠へとすくい出していくと、鍋の底には、少し濁った液体だけが残された。
「……レン様、上の塊を取ったら、残ったのはただの『捨て汁(廃液)』では……?」
カトレアが不思議そうに眉をひそめる。
一般的には、石鹸を取り出した後のこの濁り水は、役に立たないゴミとして下水に捨てられるのが常識だった。
「ふふっ、この世界ではみんなこれを捨てちゃうんだよね。でも実は、この液体の中にこそ、肌をしっとり潤す最高の保湿成分――『グリセリン』が溶け込んでいるんだ」
「えっ……!?」
俺は残った液体に薄めた果実酢をごく微量加えて中和し、木炭の微粉末(活性炭)を投入して軽く煮立たせた。
炭が余計な油臭さと不純物を吸着したところで、清潔な布でじっくりとろ過する。
漆黒の炭水を通って落ちてきたのは――濁りひとつない、無色透明の澄み切った液体だった。
「これを弱火でじっくり煮詰めて、余分な水分を飛ばすと……」
水分が蒸発するにつれ、液体はとろりと濃厚な粘り気を帯びていく。
粗熱を取って小瓶に移し替えたところで、俺はガラス棒の先にほんの少しだけその液体を取り、自分の手の甲に伸ばして見せた。
「……触ってみるかい?」
おずおずと指を伸ばしたリリアが、俺の手の甲の澄んだ液体に触れる。
「……っ!? な、なんですかこれ……! とろっとしているのに、肌に吸い付くように馴染んで……触れた部分が、まるで赤ちゃんの肌のようにしっとり吸い付いてきます……!」
「うわぁ、本当だ! 全然ベタつかないのに、奥まで潤いが閉じ込められてるみたいです!」
カトレアも目を丸くして感嘆の声を上げた。
「これがグリセリンだよ。この世界では捨てられていた水から、最高級の保湿剤が採れるんだ。昨日抽出したハーブの芳香水にこれを数滴混ぜれば『極上の保湿化粧水』ができるし、植物油と混ぜて乳化させれば『潤いを閉じ込める乳液』が作れる」
「す、捨てていた廃液から、貴族の令嬢たちが大金を積むような高級化粧水の素が作れるなんて……!」
リリアは小瓶に収まった透明なグリセリンを、まるで宝石でも見るかのような眼差しで見つめていた。
「ははは、美容にもいいよね。傷薬を作ろうかなと思ったんだけど……せっかくだし、化粧水でも作ろうか?」
俺が笑いながら言うと、リリアとカトレアの目の色がカッと変わった。
「「け、化粧水……!?」」
二人の声が綺麗にハモる。
この世界において、貴族令嬢や裕福な女性たちのスキンケアといえば、高価な香油(植物油)をベタベタと肌に塗りたくるか、水で顔を洗う程度が関の山だ。「肌に水分を与えて潤わせる」という化粧水の概念自体が存在しない。
「ええ、昨日の蒸留で採れた『ハーブの芳香水』がたっぷり残っているだろう? あれにこのグリセリンを適量溶かし込めば、肌に潤いを与えてキメを整える、最高峰の化粧水ができるんだ」
「ぜ、ぜひ作ってくださいレン様!!」
普段は冷静沈着なリリアが、珍しく身を乗り出して懇願してきた。瞳の奥に、かつてないほどの情熱の炎が宿っている。
「王都の貴族街では、冬場になると乾燥で肌が荒れ、粉を吹いた肌を隠すために厚化粧をしてさらに荒れる……という悪循環に悩む令嬢方が山ほどいらっしゃいます! もしその『化粧水』が完成したら、宮廷中の女性たちが喉から手が出るほど欲しがりますわ!」
「わ、私も欲しいです! 騎士団の稽古で毎日砂埃と日差しにさらされて、肌がガサガサになっちゃうのが悩みで……!」
カトレアも自分の頬を両手で包みながら必死にアピールしてくる。女性陣の食いつきっぷりは、先ほどの湿布やのど飴の比ではない。
「よし、じゃあ早速調合してみようか」
俺はガラスビーカーに、昨日薄荷や月光草を蒸留した際に副産物として得られた芳香蒸留水を注ぎ入れた。
ほんのりと甘く爽やかなハーブの香りが立ち上る中、先ほど抽出・精製したばかりのとろみのあるグリセリンを数滴垂らし、ガラス棒でゆっくりと円を描くように撹拌する。
水とグリセリンが完全に馴染み、とろりとした透明なローションへと仕上がっていく。
「……うん、混ざり具合も粘度もちょうどいい。試しに二人とも、腕の内側に少し塗ってみてごらん」
俺がスポイトで二人の手の甲に一滴ずつ落とすと、二人は息を呑んでそれを指先で優しく伸ばした。
「……っ! す、すごいです……! 水のようにすーっと肌に吸い込まれていくのに、乾いたあともずっと手のひらが吸い付くようにみずみずしい……!」
「冷たくて気持ちいいのに、全然突っ張らない……! 香油みたいにギトギトしないから、服も汚れません!」
感動のあまり手を見つめて震える二人に、俺はさらに微笑みかけた。
「これにね、少量の植物油と乳化剤を混ぜて白く練り上げると、今度は水分を逃がさない『乳液』というフタになるんだ。化粧水で水を与えて、乳液でフタをする。これが美肌の基本だよ」
「「化粧水で水を与えて、乳液でフタをする……!!」」
前世のドラッグストアでは常識中の常識である「保湿の黄金ルール」が、この世界の二人の少女にとっては、古代魔法の真理を聞いたかのような衝撃として響いたようだった。
「レン様……これはもう、ただの薬房の枠を超えていますわ……」
「ですね……これ、もしエレオノーラ様が知ったら、うちの店を丸ごと買い占めに来るんじゃないでしょうか……?」
カトレアがポツリと漏らした一言に、俺は「あ」と動きを止めた。
美と流行に誰よりも敏感で、弟の作ったものなら石ころでも家宝にするあの姉が、世界初の「化粧水&乳液」の存在を知った時の反応を想像し――俺は静かに冷や汗を流すのだった。
「……ふぅ。一から油と灰汁を煮て、炭でろ過して煮詰めるとなると、意外と骨が折れるな」
俺が額の汗を拭いながら苦笑いすると、リリアがすかさず清潔な手ぬぐいを差し出してくれた。
「お疲れ様でございます、レン様。確かに、すべての工程をこの狭い調剤室で一人でこなすのは、時間も体力もいくらあっても足りませんね」
「ああ。それに、うちの店先で大量の油を煮込むのは匂いも出るし、火の元の安全上もあまり良くない。……そうだ、下町で石鹸を専門に作っている工房に掛け合ってみようか」
「石鹸工房に、ですか?」
カトレアが不思議そうに首を傾げる。
「ええ。彼らにとって、石鹸を取り出した後に残るこの『塩析廃液』は、処理に困ってそのまま下水に流しているだけのタダのゴミだ。それをうちが二束三文で買い取るか、あるいは『塩を入れて上澄みの石鹸を取ったあとの残液を、炭でろ過して樽に詰めて届けてくれ』と加工の手順ごと依頼するんだよ」
前世の化学産業でも、製鉄所の廃熱や食品工場の副産物を別の工場が買い取って有効活用するのは基本中の基本だ。
「石鹸工房にとっては、今まで捨てていた厄介な廃液がお金に変わるから大喜びだし、こちらは重労働の仕込みを格安で外注できる。うちは届いた粗製グリセリン液をここで最終蒸留して、高純度の化粧品グレードに仕上げるだけで済むからね」
「な、なるほど……! 捨てるはずのゴミがお金になるなら、職人たちも喜んで協力してくれますね!」
カトレアがポンと手を打つと、リリアも手帳にサラサラとメモを走らせながら、頼もしい笑みを浮かべた。
「素晴らしい着眼点ですわ、レン様。下町の西区画に、ギルドに属さない実直な親方が営む古参の石鹸工房がございます。あそこなら口も堅いですし、日頃から廃油の処分費用に頭を悩ませていましたから、渡りに船の話になるはずです。早速、仕入れ契約の草案をまとめておきますね」
「助かるよ、リリア。これでグリセリンの大量確保ルートも目処が立ったな」
廃物利用による低コスト化と、下町の職人との共存共栄。
ビジネスとしての盤石な足がかりを築いたところで、俺は手元に残った純度百パーセントのグリセリンを手に取り、仕上げの工程へと入った。
「さて、グリセリンが確保できたことで、もう一つ大事なものが作れる。……傷薬や塗り薬の『基剤』だ」
「基剤……薬を練り込むための土台、でしょうか?」
リリアが興味深そうに手元を覗き込んでくる。
「その通り。今までの塗り薬は、動物の脂に薬草を混ぜるだけだったから、酸化してすぐに傷んだり、肌に塗っても油分だけが浮いて有効成分が奥まで届かなかった。でも、このグリセリンに親水性の植物ワックスを合わせれば、水分と油分を両方抱え込める万能の軟膏ベースができるんだ」
俺は乳鉢に精製ワックスとグリセリンを適量入れ、すりこぎで手早く均一に練り上げていく。
次第に透明感が落ち着き、滑らかで真っ白なクリーム状のペーストへと変化していった。
「これさえ作っておけば、あとは止血薬でも、抗菌ハーブでも、消炎エキスでも、治したい症状に合わせた成分を練り込むだけで、いつでも最高品質の外用薬が作れるようになる」
「まあ……! これなら傷口にピタッと密着して、薬効もしっかり長持ちしますね!」
カトレアが感嘆の声を漏らし、リリアも「軟膏の調剤効率が格段に上がりますわ」と深く頷いた。
傷薬・塗り薬の基剤が完成し、これで外用薬の調合環境は完全に整った。
そして――。
「よし、最後は店頭に並べる『特製化粧水』のサンプル作りだ」
俺は作業台の上に、昨日蒸留したハーブの芳香水と、精製したばかりの高純度グリセリン、そして手のひらサイズの小さな遮光ガラス瓶を並べた。
ビーカーに芳香水を注ぎ、グリセリンをスポイトで正確に数滴落としてガラス棒で静かに攪拌する。さらに肌を整える消炎エキスをごく微量加え、完全に溶け合わせた。
淡く澄んだローションを小さな漏斗で小瓶へと注ぎ分け、コルク栓をきゅっと閉める。
手のひらに収まる愛らしい試作サンプル瓶が、机の上にコトコトと数本並んだ。
「うん、完璧な仕上がりだ。これをカウンターの目立つところに置いて、来店したお客さんに自由に試してもらおう」
「はい! お客様の手の甲にお試しいただければ、その潤いと使い心地に誰もが驚くはずですわ!」
リリアが自信に満ちた笑顔で小瓶をトレイへと並べ、カトレアも「明日の反応が今から楽しみですっ!」と拳を握りしめた。
大手工房から仕入れた定番薬品の安心感。
生薬アロマ湿布、薄荷のど飴、そして世界初のグリセリン配合の傷薬基剤と特製化粧水。
前世の知識とこの世界の素材が融合した、理想のラインナップがここに完成した。
「よし、これで全ての準備が整ったね」
綺麗に並んだ商品棚と、整然とした調剤台を見渡し、俺は満足感とともに深く息を吸い込んだ。
明日はいよいよ、下町の小さな薬房の記念すべきオープンの日だ。




