表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/104

第94話 十二人で、客席を奪う

 公演の日の朝は、温泉郷の空気そのものが少し熱かった。


まだ陽が高くなる前だというのに、商縁通りにはもう人が流れている。湯へ向かう足より、湖の方へ急ぐ足の方が多い。紙を握ったまま早足になる旅人。王都から来たらしい上等な靴。近くの村や町から来た家族連れ。いつもの賑わいに似ているのに、今日はちゃんと目的のある賑わいだった。


「午前の部、もう並んでるらしいぞ」

「午後も見る?」

「今回、十二人なんだろ?」

「新曲三つって書いてた」

「共鳴鈴も新しい色が出るって」

「札入りのやつだろ? 欲しいな」


今回の特別公演は、午前と午後の二部構成。


いつもの“温泉郷へ遊びに来たついでに見る舞台”とは違う。

今日は最初から、ミラベルを見るために人が来ている。


音舞殿の裏からその流れを見ながら、ゼノは小さく息を吐いた。


「……来てますね」


隣でロイドが鼻を鳴らす。


「お前が王都まで紙を回したんだろうが」


「そうなんですけど」

「撒いといて今さらびびるな」


その通りだった。


でも、紙の上で“来るはずだ”と考えるのと、実際に朝から人が押し寄せているのを見るのは別だ。

今日のために来た顔がある。

舞台を見に来た顔がある。


それが、思ったよりずっと胸にきた。


ゼノはそのまま控室の方へ向かった。


扉を開けた瞬間、少しだけ空気が変わる。


香油と布の匂い。髪を結い直す手。リボンの擦れる音。小さな笑い声。緊張で少しだけ上ずる声。

開演前の控室だけが持つ、あの独特の熱だ。


ミラベルの十二人は、もう衣装に着替え終わっていた。


今回の衣装は、本当に強かった。


ただ可愛いだけじゃない。

立った時に可愛く見えるだけじゃなく、動いた時に目を持っていくようにできている。


エレナの紅は、見た瞬間に真ん中だと分かる。華やかだが、押しつけがましくない。

ミュラの琥珀は甘い。耳と尻尾まで込みで反則みたいに可愛い。

リーシャの薄桃は守りたくなるのに、舞台に立つとちゃんと埋もれない。


そして新入り五人も、色をもらってから一気に“入っただけの子”じゃなくなっていた。


陽黄のルミナ。

薄藤のノエル。

緋橙のサニア。

紅紫のベルナ。

青磁のユノ。


十二人並ぶと、もうそれだけで見栄えが違う。


だが、今の控室は見栄えより会話の方が忙しかった。


「ねえ、これやっぱ短くない?」

ミルファが自分のスカートをつまんで言う。


「短くないよ」

ベルナが笑う。

「むしろそれで脚長く見えるやつ」


「そうなんだけど、なんか落ち着かない!」

「分かる」

ルミナがすぐ乗った。

「私もずっと変な感じです……!」


「ルミナは衣装のせいじゃなくて、朝からずっと変」

ナディアが言う。


「だって今日なんですよ!?」

ルミナが半泣きみたいな顔で言い返す。

「今日ってことはお客さんいるんですよ!?」

「今さら何言ってるの」

サニアが笑う。

「そこまで来てから慌てるの、逆に才能あるよ」


「褒めてないですよね!?」

「全然」


場が小さく笑う。


ノエルは髪飾りに触れながら、鏡越しに小さく息を吐いていた。

その横でユノが、何度も袖口を直している。


「ユノちゃん、それさっきから三回目」

リーシャがやわらかく言う。


「……気になる」

「大丈夫。可愛いよ」

「そういう問題じゃなくて」

「うん、分かる。分かるけど、可愛いのも本当」


ユノはそれで少しだけ困ったみたいに笑った。

リーシャはこういう時、ちゃんと相手の緊張をほどく。


一方でエレナは、鏡の前で最後の確認をしながらも、ちゃんと全体を見ていた。


「サニア」

「なに?」

「二曲目で前に出るのはいいけど、笑いすぎないで」

「えー、いいじゃん」

「よくない。あそこで崩れすぎると軽くなる」

「分かった分かった。半分くらいにする」

「半分もいらない」

「厳し」


そう言いながら、サニアは楽しそうだった。


セレスは静かに肩飾りを整え、ベルナを見た。


「ベルナ」

「ん?」

「その顔のまま七曲目へ行くと、少し強すぎます」

「だめ?」

「だめではないです。でも、出し切らない方がもっと効きます」

「……ああ、そういうやつか」

「そういうやつです」


ベルナは少しだけ目を細めて、鏡の中の自分を見た。


「好きだなあ、そういう言い方」

「褒めてません」

「知ってる」


ミュラは、控室のすみでエレナに寄りかかりかけて怒られていた。


「ミュラ、衣装崩れる」

「ちょっとだけ」

「ちょっとでも」

「だって緊張するにゃ」

「語尾で誤魔化さないで」


けれど、エレナの声は少しだけやわらかかった。

今日のエレナは静かだ。静かだけれど、中心の強さはいつもより太い。


リィナはその様子を見て、小さく言う。


「いいですね」

「何が?」

ミルファが聞く。

「騒がしいのに、ちゃんとまとまってる」


その言葉に、ノエルが少しだけ顔を上げた。

“まとまっている”と言われることが、今はたぶん一番効く。


そこへ、リリアンがベルナの髪飾りを直しながら入ってきた。


「騒いでるくらいでちょうどいいわ」

さらっと言う。

「本番前に静かすぎる控室は、大体ろくな舞台にならないもの」


「それ本当?」

ミルファが聞く。


「本当」

リリアンは即答した。

「浮ついてるくらいでいいのよ。あとは舞台に出た時、ちゃんと一本になるなら」


ゼノはその言葉を聞きながら、自然とリリアンを見た。


何でもない顔をしている。

だが、衣装の細部を直す手つきも、全体を見る目も、やっぱり知りすぎている。


怪しい。


《リュケオン:また見てるな》

《エモーシア:分かりやすいわね》

《ノクティア:でもあの女、ほんとに衣装うまいのよね》

《ラグゼル:知りすぎてる》

《フィクサル:今は公演に集中しろ》

《ゼノ:分かってるよ》


「ゼノ」

壁際からイグニスの声が飛んできた。


「はい」


「顔」

「そんなにですか」

「かなり」

「最悪ですね」

「最悪だな」


でも、その返し方に少しだけ笑いが落ちた。

張りつめすぎていない。いい空気だ。


やがて開演の合図が入る。


控室の中の空気が、そこで一度きゅっと締まった。


ルミナが明らかに固まり、ノエルが一度だけ深呼吸する。

サニアは逆に口元を上げた。

ベルナは目だけ細める。

ユノはリーシャの手に一瞬だけ触れて、それで少し落ち着いた顔になった。


「行こう」

エレナが言う。


大きい声ではない。

でも、その一言で十二人の背筋がそろう。


「はい」

「うん」

「行こ」

「……はい」


ばらついた返事なのに、不思議と一つに聞こえた。


午前の部、開演。


音舞殿の席は、ほぼ全て埋まっていた。

座って待つ客。立ったまま身を乗り出す客。湯上がりの顔。王都から来たらしい服。村の子どもたち。商縁通りの常連まで、今日は妙にまっすぐ舞台を見ている。


そのざわめきの前へ、十二人のミラベルが出る。


舞台袖にノクシアの五人も入ってきた。


ジュリア。カレン。レティア。フィア。エマ。

今日は出ない。だからこそ、見る目が本気だ。


「……うわ」

カレンが小さく言った。

「始まるとやっぱやばいね」


「控室で見るのと全然違う」

ジュリアも珍しく真面目な声になる。


エマは腕を組んだまま、何も言わなかった。

ただ、目だけは最初から外していない。


一曲目、『ミラベル』。


最初はエレナ、ミュラ、リーシャの三人で入る。


これが、効いた。


エレナが立った瞬間、客席の空気がすっと落ち着く。

ああ、ミラベルだ、と身体が先に理解する。

そこへミュラの甘さがふわっと乗って、リーシャのやわらかさが残る。


そのあとで、十二へ広がる。


花が一気に増えた。

でも散らない。


ルミナの陽黄は少し危なっかしいのに、そこが可愛い。頑張って笑っているのが見えるのに、その必死さごと目を引く。

ノエルの薄藤は静かだ。前へ出すぎないのに、気づくと見てしまう。

サニアの緋橙は元気がいい。強いのに重たくならない。

ベルナの紅紫は、ちょっと危ない。ちょっと危ないのに、そこがいい。

ユノの青磁は派手じゃないのに、全体を綺麗につなぐ。


客席のざわめきが、途中でもう変わった。


「かわいい……」

「増えてるのに全員見える」

「黄色の子、めっちゃ頑張ってていいな」

「いや薄藤の子もやばい」

「真ん中の赤はやっぱり強い……」


舞台袖で、レティアが息を漏らす。


「ちゃんと全員見える」

「そこ、すごいよね」

フィアが静かに答えた。


二曲目、『笑って奪え』。


ここで温度が変わる。


さっきまでの可愛さが、そのまま“取る笑い”になる。

ナディアが前へ出る。サニアが食らいつく。ベルナが危ない色を足す。そこをエレナが崩しすぎずにまとめ、セレスが締める。


「うわ、好き」

舞台袖でカレンが言った。


「でしょ」

ジュリアも頷く。

「これ、笑ってるのにちゃんと食いに来てる」


エマが低く言う。


「……腹立つ」

「褒めてる?」

 レティアが笑う。

「知らない」

「褒めてるね」

「うるさい」


三〜五曲目の既存曲も、ちゃんと熱を落とさなかった。


そして終盤。


六曲目、『きみのリボンがほどける前に』。


空気が少し甘くなる。

でも、甘いだけじゃ終わらない。


ルミナが笑った瞬間、前の方の客席が揺れた。

ノエルの静けさが残る。

ユノが繋ぐ。

ミュラがさらう。

リーシャがやわらかく前へ出る。


かわいい、の種類が増えている。


七曲目、『恋の順番待ちなんて、してられない』。


ここで十二人に増えた意味を叩きつける。


一人が強いんじゃない。

増えたぶんだけ、目が迷う。

迷うのに、どれも見たい。


「やば」

カレンがまた呟く。

「推し決められないやつじゃん、これ」


「分かる」

ジュリアが笑わないまま言う。


そして最後。


八曲目、『ひみつのハートは、きみにだけ』。


これが午前の部の客席を完全に持っていった。


近い。

甘い。

やわらかい。


なのに、ちゃんと刺さる。


一人ひとりが“今、こっちを見た”と思わせる。

手を振る順番。

笑い方。

目線の落とし方。

衣装の揺れ方まで全部噛んでいる。


歌い終わったあと、一瞬だけ拍手が遅れた。


客が、少し息を呑んでいたのだ。


それから一気に爆ぜる。


拍手。歓声。名前を呼ぶ声。笑い声。

舞台袖から見ていても、午前の部でかなり取ったのが分かった。


《視聴者数:2,611,920》


〈コメント:一曲目からつええええ〉

〈コメント:12人ちゃんと全員見えるのやばい〉

〈コメント:新入り五人にもちゃんと推しできる〉

〈コメント:終盤三曲が強すぎる〉

〈コメント:午前からもう取ってる〉


《エモーシア:かわいい……!》

《ラグゼル:掴んだな》

《フィクサル:いい入りだ》

《リュケオン:終盤三連で持っていった!》

《ノクティア:光の方、やるじゃない》

《ゼノ:当然だ》


今回は挨拶の儀をしない。

特別公演で、しかも二部構成だからだ。


余韻を切らず、そのまま共鳴鈴の販売へ流す。


今回からは、十二色の象徴色を持つ共鳴鈴。

しかも、次回使える挨拶の儀の札入り。


「えっ、札入ってるの!?」

「推し色どうしよう!」

「陽黄ほしい!」

「いや紅紫!」

「薄藤もやばいんだけど」

「札付きなら二個いる!」


そうだ。

今回、挨拶の儀をしないからこそ、次へ繋ぐ札が効く。


熱を切らない。

でも次の約束を渡す。


午前の熱は、そのまま午後へ繋がった。


そして午後の部は、さらに濃かった。


午前を見て残った客。

噂を聞いて増えた客。

午後だけ狙って来た客。


舞台袖のノクシアも、午前以上に黙っていた。


「……やば」

今度はジュリアが先に言った。


「知ってたけど、やばい」

カレンが頷く。


エマは腕を組んだまま、舞台から目を離さない。


「むかつく」

低く言う。

「でも、いい」


「それ、かなり褒めてる」

レティアが笑う。


「うるさい」


午後のミラベルは、午前より吹っ切れていた。


ルミナがちゃんと笑えた。

ノエルが残った。

サニアが食った。

ベルナが危うさをうまく混ぜた。

ユノが繋いだ。


元の七人も、それを全部受け止めて押し上げる。


最後の『ひみつのハートは、きみにだけ』が終わった時、拍手はもう爆発に近かった。


声。拍手。笑い。名前を呼ぶ声。

舞台袖で見ていたノクシアの五人の顔まで、少し変わっていた。


「見た?」

ジュリアが言う。


「見た」

カレンが答える。


「腹立つね」

エマが言う。


「うん」

フィアが頷く。

「でも、いい」


レティアが笑う。


「次はこっちって顔してるよ、みんな」


ゼノは、その言葉に少しだけ笑った。


そうだ。

今日で終わりじゃない。

ここからだ。


光が客席を奪った。

なら次は、夜がどう噛むか。


温泉郷の熱は、まだしばらく落ちそうになかった。


――――

次回

 第95話 拍手のあとで、夜が口を開く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ