表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/104

第93話 前夜、舞台はまだ秘密を抱いている

 公演前日の朝は、少しだけ息が浅い。


苦しいわけじゃない。

胸が痛むわけでもない。


ただ、歌舞殿の戸を開けた瞬間、胸の奥がひとつきゅっと狭くなる。

ああ、明日だな、と身体の方が先に分かる。


中は、もう動いていた。


鍵盤の短い音。

靴裏が板を擦る音。

数を取る声。

止める声。

笑いそうになって、でも途中でちゃんと引っ込めた顔。


ミラベルの十二人が、もう並んでいる。


新入りの五人も、前みたいな“増えた子たち”の見え方ではなかった。もちろん差はある。立ち方の太さも、息の置き方も、まだ元の七人の方が強い。


でも、舞台に立たせた時に、ちゃんと十二人で見えるところまで来ていた。


中央にエレナ。


その横にセレスとリィナがいるだけで、舞台の骨が立つ。ミュラは甘さを入れすぎる手前で止まれるようになって、ミルファは跳ねたあとに迷子にならなくなった。ナディアは前へ出る時だけ目つきが少し変わる。リーシャはその反対側で、ちゃんと柔らかく残る。


新入りの五人も、それぞれ色を持ってから変わった。


陽黄のルミナ。

薄藤のノエル。

緋橙のサニア。

紅紫のベルナ。

青磁のユノ。


色って、やっぱり馬鹿にできないなとゼノは思う。


布一枚なのに、人はそれだけで立ちやすくなる。

自分がどこにいるか、どう見られるか、急に輪郭が出る。


「そこ、一回止めて」


声を掛けたのはリリアンだった。


ぴたりと、十二人が止まる。


 今日は旅の踊り子の顔じゃない。いや、見た目は相変わらず派手だ。布も飾りも、朝から目にうるさいくらいだ。


 でも目だけが違う。


 舞台を見ている目だ。


「一曲目で全部見せようとしすぎ」

 舞台へ上がりながら、リリアンが言う。

「気持ちは分かるけど、それやると客は“増えた”しか持って帰れないの。多い、すごい、で終わる。それじゃ足りないでしょ?」


エレナが小さく息を整えて、頷いた。


「……はい」


「最初は絞る」


リリアンは中央に立って、指先で位置を示した。


「エレナ。ミュラ。リーシャ。最初はこの三人。ここで“ああ、ミラベルだ”って思い出させる。そのあとよ、十二を見せるのは」


 そう言って、エレナを半歩だけ前へ出す。ミュラの角度を少し変え、リーシャを一歩ぶんだけ引く。後ろの列も、綺麗に揃えすぎない。視線の向きをほんの少しだけ散らす。


たったそれだけなのに、見え方が変わった。


ゼノは思わず眉を動かした。


上手い。


立ち位置を直しているだけじゃない。

客の目がどこから入るか、その順番で組み替えている。


「一曲目の『ミラベル』は、安心させる曲」

リリアンが言う。

「まず“知ってる顔”を出す。増えた話は、そのあと」


ベルナが、へえ、と笑った。


「細か」


「細かくないと雑になるの」

リリアンは即答する。

「二曲目の『笑って奪え』は逆。ここは最初から前へ出ていい。さっき預けた可愛さを、そのまま噛みにいく」


サニアが口元を上げた。


「それ、好き」


「でしょうね」

リリアンも笑う。

「でも一人で食べに行かない。ナディアと並ぶ時は、喧嘩じゃなくて、同じ獲物を追う感じ」


「言い方が嫌」

エレナが即座に返す。


「でも分かる」

ナディアが言った。


エレナは一瞬だけ黙って、それから小さく息を吐いた。認めたくない時の顔だった。


ゼノは少し離れた場所から、そのやり取りごと見ていた。


 一曲目『ミラベル』。

 二曲目『笑って奪え』。

 既存曲を三つ挟んで、六曲目『きみのリボンがほどける前に』。

 七曲目『恋の順番待ちなんて、してられない』。

 八曲目『ひみつのハートは、きみにだけ』。


流れはもう決まっている。

並びも、意味も、できている。


でも、見せ方ひとつで別物になる。


リリアンの指示は、妙に知りすぎていた。


最初に誰を抜くか。

どこで全体を見せるか。

可愛さをどう客へ渡して、どこで取り返すか。

熱を上げきらず、でも切らさず、次へ渡すやり方。


言葉にすると簡単だ。

でも、それを当たり前みたいな顔でやるのが引っかかった。


「ゼノ」

リリアンが振り返る。

「見てるだけ?」


「使い方が雑ですね」

ゼノは舞台へ上がった。


「雑に振った方が働くじゃない」

「否定しにくいです」


客席側へ立つ。


歌舞殿の広さ。

板の照り。

正面から見た十二人の密度。

温泉湖の方から入る空気。


リリアンが、隣に来た。


「一曲目の終わりで、一回ちゃんと全員を見せる」

「はい」

「でも見せきらない」

「……はい」

「“まだある”って思わせたまま、二曲目で前に出る」


その言い方が、妙に耳に残った。


全部見せたら終わる。

少し残すと、客は次を欲しがる。


分かる。

分かるのに、なんでこんなに引っかかるのかが嫌だった。


ゼノは横目でリリアンを見た。


異国の布。

細い指。

わざと人を食ったみたいな笑い方。


なのに、舞台の話になると急に具体的すぎる。


怪しい。


かなり。


でも今は飲み込むしかない。


明日が本番だ。

優先順位を間違えるな、と自分に言い聞かせる。


なのに神どもは、こういう時だけ絶妙にうるさい。


《リュケオン:お、気になってる気になってる》

《ノクティア:遅いのよ》

《エモーシア:あの女、知りすぎてるもの》

《フィクサル:今は明日のことだけやれ》

《ゼノ:分かってる》

《リュケオン:でも気になるだろ》

《ゼノ:……気にはなる》


 昼まで、練習は止まらなかった。


一曲目は“顔”だ。

エレナ、ミュラ、リーシャで客の目を先に取る。そこから十二へ広げる。


二曲目で熱を一段上げる。

ナディアとサニアが前へ出る。ベルナの少し危ない色もそこに混ざる。そこをエレナが散らしすぎず、セレスが締め、リィナが流れを切る。


六曲目『きみのリボンがほどける前に』で、柔らかく落とす。


七曲目『恋の順番待ちなんて、してられない』で、増えた意味を正面から叩きつける。


八曲目『ひみつのハートは、きみにだけ』は、客一人ひとりに“こっち見た”と思わせるための曲だ。


強い流れだと、ゼノは思った。


かなり強い。


「ルミナ」

イグニスが言う。


「は、はいっ!」


「六曲目で死ぬな。あそこでお前が笑うと、客の顔が変わる」


「その言い方だと余計死にます!」

「じゃあ死ぬな」

「雑すぎません!?」


場が少し笑う。


笑いが起きるくらいには、全員ちゃんと張りすぎていない。

それが良かった。


ノエルにはリィナがついている。


「七曲目で引きすぎます」

「……はい」

「でも今日は昨日よりいいです」


それだけで、ノエルの背筋が少しだけ伸びる。


ベルナにはセレス。


「危ないのは結構です。でも安売りしないでください」

「好き、その言い方」

「褒めてません」

「うん、知ってる」


ユノにはリーシャがついて、呼吸の合わせ方を教えている。サニアはナディアと張り合いながら、でも本当にぶつからないぎりぎりを覚え始めていた。


別の舞台側では、ノクシアも止まっていない。


ジュリアは腰で取る。

カレンは前のめりの熱をそのまま出す。

レティアは遊びを線へ変え、フィアは静かなまま目で刺す。

エマは、もう完全に盗る側の顔だった。


リリアンはミラベルとノクシアを行き来しながら、どっちもちゃんと別物として立たせている。


光は光。

夜は夜。


混ぜない。

でも、どっちにも舞台に立つ理由がある。


その仕事ぶりを見るたびに、ますます普通の旅芸人には見えなかった。


夕方前、ゼノはイグニスたちを集めた。


歌舞殿の端に卓を置く。

ダリオ、ボルグ、カイルス、リュシエル、マギウス。

イグニスは壁にもたれ、リリアンは椅子に浅く腰掛けた。


「最終確認、いきます」


曲順をもう一度なぞる。


 一曲目『ミラベル』。

 二曲目『笑って奪え』。

 三〜五曲目、既存曲。

 六曲目『きみのリボンがほどける前に』。

 七曲目『恋の順番待ちなんて、してられない』。

 八曲目『ひみつのハートは、きみにだけ』。


「頭の二曲で客の顔を変える」

イグニスが言う。

「『ミラベル』で掴む。『笑って奪え』で、いつもと違うと理解させる」


「既存曲三つは落としすぎない」

ダリオが続ける。

「でも六から八の前に、一回だけ呼吸は戻す」


「六曲目からは流れで見せる」

リリアンが言った。

「単曲で勝とうとすると弱い。三つでひとつの顔にする」


マギウスが共鳴鈴の箱に手を置く。


「鈴は八曲目のあとだな。最後に“自分だけに向けられた”と思ったまま手を伸ばさせた方が、売れる」


「さすがですね」

ゼノが言う。


「お前もその顔してる」

ダリオが笑った。


「してますよ」

ゼノは即答した。

「ここまで仕込んだんで」


細かい確認はかなり長引いた。


入りの間。

位置の詰め。

新曲三連のつなぎ。

共鳴鈴を売る導線。

終演後の流れ。


全部詰め終わる頃には、外はもう夕方をこえていた。


「飯にしましょう」

ゼノが言うと、誰も反対しなかった。


 温泉湖の店は、前夜らしい明るさを持っていた。


湖から少し冷えた風が入る。

店の中は暖かい。

魚を焼く匂い。汁の湯気。低い話し声。


明日が公演だと知っている顔が多いのだろう。

みんな少しずつ浮いている。


魚。汁。肉。野菜。酒。


話は自然に明日のことへ寄った。


「『ミラベル』で始めるのは正解だな」

ダリオが言う。


「顔として一番強いですから」

ゼノが答える。


「で、『笑って奪え』で温度を変える」

カイルスが笑う。

「嫌な並びだな。逃げる暇がない」


「逃がす気ないだろ」

ボルグが低く言う。


「ないですね」

ゼノは素直に返した。


マギウスが魚をほぐしながら言った。


「最後が『ひみつのハートは、きみにだけ』なのはいい」


「なぜです?」


「持ち帰る顔になるからだ」

 マギウスは即答した。

「終わったあとで客が一番反芻するのはあの感じだ。そこで鈴に流せる」


ゼノは頷く。


食事が進み、話も少しずつ緩んでいく。


やがて、ひとり、またひとりと席を立った。


ダリオ。

ボルグ。

カイルス。

リュシエル。

マギウス。


最後にイグニスが立ち上がる。


「明日」


短く言う。


「はい」


「遅れるな」


「遅れませんよ」


「信用はしてない」


それだけ言って、イグニスも帰った。


気づけば、残ったのはまた二人だった。


ゼノとリリアン。


妙にそうなる。

偶然なのかそうじゃないのかは分からない。


でもゼノは、その時間を嫌っていなかった。


リリアンは茶を飲みながら、湖の向こうを見ていた。

少ししてから、何でもない顔で言う。


「今度の町でも、会場は作るのでしょう」


「作ります」


「なら半端はやめなさい」


ゼノが顔を上げる。


「どうせならドーム規模」

リリアンはさらっと言った。

「トロッコも欲しいし、上からゴンドラを落とせる高さもいるわね。最後は花火も欲しい」


その瞬間、ゼノの中で何かが止まった。


ドーム。

トロッコ。

ゴンドラ。

花火。


言葉の並びが、あまりにも前世だった。


大きな箱。

外周。

移動演出。

上から降りる装置。

終盤の花火。


そんな光景を、ゼノは前の世界で何度も見てきた。


だから分かる。


それを自然に一息で繋げて話せるのは、おかしい。


「……どこで知ったんですか」

ゼノは思わず聞いていた。


「何を?」

リリアンが笑う。


「今の話です」


「企業秘密」


「またそれですか」


「便利だもの」

リリアンは平然としている。

「でも違う? 会場を作るなら、見に来る理由まで建物の中へ入れておいた方が強いでしょう」


ゼノは黙った。


建物だけじゃない。

見に来る理由まで、設計に入れる。


そんなの、ただ踊る側の人間の言葉じゃない。


神たちが、案の定うるさい。


《リュケオン:出た出た!》

《エモーシア:もう前世の匂いしかしないわよ》

《ノクティア:やっと繋がった?》

《ラグゼル:盛るなあ》

《フィクサル:だが嫌いじゃない》

《ゼノ:お前まで言うのか》

《リュケオン:絶対見てたやつの発想だろ!》

《ゼノ:……だよな》

《ノクティア:面白い女でしょ》

《ゼノ:かなりな》


面白い。


怪しい。


それに、かなり綺麗だ。


この女は、自分の知らないどこかの匂いを持っている。

しかも、それを隠してるのか、隠してないのかもよく分からない顔で、平然と先の会場の話まで広げてくる。


そんな相手に引っ張られない方が難しい。


「何」

リリアンがこちらを見る。

「そんな顔して」


「変なこと言うなと思ってます」

ゼノは正直に答えた。


「変?」


「かなり」


「褒めてる?」


「半分くらいは」


リリアンは目を細めた。


「じゃあ残り半分も、そのうちそうなりなさい」


ずるい返しだった。


ゼノは思わず笑ってしまう。


「公演が終わったら」

リリアンが言う。

「次は会場の話、ちゃんと詰めるわよ」


「そこまで手を出す気ですか」


「面白いものには出す」

リリアンは肩をすくめる。

「それに、あんたもそういうの好きでしょ」


好きだ。


かなり。


大きい会場。

客を飲み込む光。

近くまで来る推し。

上から降りる演出。

最後の花火。


そんなものをこの世界で本気で作れるなら、面白くないはずがない。


「……好きですね」

ゼノが小さく言う。


「何が?」


「両方です」


その答えに、リリアンは少しだけ笑った。

茶器を置く音がやけに小さかった。


「いい返事」


湖の向こうはもう暗い。

店の灯りだけが柔らかい。


ゼノはその明かりの中で、ようやく認めた。


かなり好きになっている。


まだ言葉にする段階じゃない。

でも、目が追う。声を拾う。気づくと背中を見ている。

そこまで来てしまっている。


《エモーシア:はい、落ちた》

《リュケオン:完全に落ちたな!》

《ノクティア:分かりやすい男》

《フィクサル:浮かれるな。明日が先だ》

《ゼノ:分かってる》

《エモーシア:でも終わったらもっと面倒そうね》

《ゼノ:それも分かってる》


リリアンが立ち上がる。


「じゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい」


数歩進んで、振り返った。


「明日、奪いなさいよ」

少し笑う。

「一曲目から八曲目まで、全部」


その言い方が、やっぱり好きだった。


ゼノは頷く。


「やります」


「よろしい」


そう言って、リリアンは湯気の向こうへ消えていった。


ゼノは、その背中が見えなくなったあともしばらく席を立たなかった。


前夜だ。


舞台の形は見えた。

十二人の光が、明日どう客席へ落ちるかも見えた。

町の先に作るべき会場の輪郭まで、少しだけ見えてしまった。


そして、自分の気持ちまで見えてしまった。


明日だ。


十二の光が客席を奪う。


その先の話は、そのあとでいい。


――――

次回

 第94話 十二人で、客席を奪う

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ