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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第88話 十二の色、夜の牙

 可愛いは、数が増えると鈍ることがある。


ただ並べただけなら、そうだ。

一人ひとりの輪郭が溶けて、ただ賑やかなだけになる。

笑顔も、リボンも、スカートも、全部がぼやける。


だから、十二人になったミラベルを“とびきり可愛く”見せるには、ただ足すだけじゃ足りない。


抜き方が要る。

重ね方が要る。

誰が先に笑い、誰が少し遅れて目を合わせ、誰が最後に客席へ手を伸ばすか。

そこまで決めて、やっと花は花束になる。


そして、その日の歌舞殿は、朝からそのための戦場だった。


 ――


「違う」

イグニスが言った。

「今のは十二人で一斉に可愛い顔して終わってる。客が困る」


朝一番から、かなり容赦がなかった。


ミラベル十二人が舞台に広がる。

一曲目『きみのリボンがほどける前に』。

二曲目『恋の順番待ちなんて、してられない』。

三曲目『ひみつのハートは、きみにだけ』。


どれも可愛い。

だが、可愛いだけではない。

だからこそ、立ち位置も顔の出し方も、少しズレただけで一気に安くなる。


「エレナ、前」

イグニスが言う。


「はい」


「リーシャ、半歩遅れろ」


「は、はい」


「ミルファ、笑うの早い」


「えっ!?」


「早い。お前、一人で春になるな」


そこで歌舞殿の空気が少しだけ笑う。

ミルファは「ひどい!」と抗議したが、ナディアに肩を叩かれていた。


「言われてるうちが花だぞ」


セレスは少しだけ口元を上げる。

リィナはもう、全体の流れを見ていた。

ミュラは可愛い顔の作り方が元々うまい。

だからこそ、今日は「少し抜く」を覚えさせられている。

ナディアは押しが強い。

そこを活かしながら、前へ出すぎない位置へ置く。

リーシャは優しい。

その優しさが十二人の中で埋もれないように、ルミナの隣へ置く。


新入り五人も、昨日とは明らかに違った。


ルミナは、相変わらず死にそうな顔をする。

でも、今日はちゃんと笑えている。

ほんの一瞬だけだが、舞台の真ん中で“見つけてほしい顔”が出た。


「今の」

ゼノが言う。


イグニスは短く頷く。

「それだ」


ルミナが、自分の顔がどうなっていたのか分からないまま真っ赤になる。

「い、今のって、どこがですか……」


「全部です」

ゼノが答える。

「今の一瞬、かなり良かったですよ」


「やめてください、言われると消えます……!」


「消えるな」

ナディアが言う。


「そんな簡単に言わないでください……!」


ノエルは、昨日までより半歩前に立てるようになっていた。

まだ遠慮はある。

だが、遠慮しながらも輪に残るようになった。


サニアは逆だ。

前に出たい。

目立ちたい。

勝ちたい。


その欲が顔から漏れている。

だからこそエレナの横に置くと、妙に映える。


「サニア」

エレナが静かに言う。

「食いに来るのはいいです。でも、今はミラベルを食わないでください」


「難しいこと言うなぁ」

サニアが笑う。


「やることは簡単です」

セレスが横から言った。

「自分が強いのを分かった上で、周りを殺さなければいいだけです」


「簡単じゃないね」


「でしょうね」

ベルナが楽しそうに言う。


そのベルナは、やはり半分だけ夜を持っている。

可愛い曲で笑っても、どこか少し危ない。

だが今はそれがいい。


「ベルナ」

リィナが呼ぶ。


「なに?」


「今日は夜が三割です」


「減った」


「半分だと多いので」


「細かいねえ」


「必要です」

リィナは静かだったが、その静けさが妙に効く。


ユノは、やっと“合わせる前に一本持つ”を覚え始めていた。

まだ完全ではない。

だが、今日のユノは前より少しだけ、自分から光っていた。


ミラベルの練習は、可愛いのに、ちゃんと戦いだった。


リボンを揺らす角度。

目線を投げる順番。

スカートをひらかせる足の運び。

手を振る時の高さ。

笑顔を合わせすぎないズレ。


そして、可愛いのに、どこか強い。


ゼノは舞台の下からそれを見ていて、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。


かなりいい。


十二人になったことで、可愛さが薄まるどころか、むしろ増えている。

増えた分だけ、客が迷える。

迷えるから、面白い。


《視聴者数:2,288,771》


〈コメント:ミラベル、めっちゃ可愛い〉

〈コメント:12人でちゃんと個が見えるの強すぎる〉

〈コメント:ルミナがんばれ……!〉

〈コメント:サニアとエレナの火花いい〉

〈コメント:ベルナ3割夜は草〉


《エモーシア:かわいい……かわいい……》

《リュケオン:いいなこれ、並んだ時の圧がある》

《ラグゼル:迷わせるのは正解だ》

《フィクサル:だがズレるな。揃えろ》

《ノクティア:光の方がこんなにやるなんてね》

《ゼノ:やるって言っただろ》

《ノクティア:ええ。だから見てるのよ》


 昼前に、いったん練習を止めた。


「休憩」

ゼノが言う。


その一言で、かなり分かりやすく空気が落ちる。


「助かったぁ……」

ミルファがその場にへたり込む。


「だらしない」

セレスが言うが、本人も肩で息をしている。


新入り五人も、さすがに疲れていた。

ただし、疲れ方は昨日よりずっと前向きだった。


「で」

ゼノは言う。

「色を決めましょう」


空気が少し変わる。


そうだ。

今日はそれもある。


元の七人には、それぞれ象徴色がある。


エレナは紅。

リィナは深緑。

ミュラは琥珀。

セレスは月白。

ミルファは蒼。

ナディアは黒金。

リーシャは薄桃。


そこへ、新しい五人の色を入れる。


「ようやくか」

ベルナが笑う。


「待ってた」

サニアも腕を組む。


「待ってたけど怖いです……」

ルミナが言う。


「わかる」

ユノも小さく頷く。


ゼノは順番に顔を見る。


歌い方。

笑い方。

抜け方。

目の残り方。

立った時の輪郭。


そこまで見てから、一人ずつ言った。


「ルミナは、陽黄」


「……えっ」

ルミナが目を瞬く。


「ひよこ色より少し大人で、でもちゃんと明るい」

ゼノが言う。

「朝に似合う色です」


ルミナは、自分の胸元を少し押さえた。

「陽黄……」


エレナがそこで頷く。

「合うと思います」


リーシャも笑った。

「うん。ルミナっぽい」


次に、ゼノはノエルを見る。


「ノエルは、薄藤」


ノエルが少しだけ息を呑む。


「前に出すぎない。でも、弱くもない」

ゼノが言う。

「静かな色だけど、残る」


ノエルは少し黙ってから、小さく言った。

「……好きです」


その返しが、かなり良かった。


「サニア」

ゼノは視線を移す。

「緋橙」


サニアが笑う。

「へえ」


「赤より暴れすぎない。でも橙より温くない」

ゼノが言った。

「ちょうどお前です」


「気に入った」

サニアは即答した。


ベルナは、もう自分の番が面白くて仕方ない顔をしている。


「ベルナは、紅紫」


「それはずるいね」

ベルナがすぐ笑った。

「ぴったりじゃん」


「ぴったりだからです」

ゼノが答える。


「夜三割どころじゃない色だにゃ」

ミュラが言う。


「ミラベルに入るなら、そこを抑えなさい」

セレスが即座に釘を刺す。


「はいはい」

ベルナは全然はいと言っていない顔で笑った。


最後に、ユノ。


「ユノは、青磁」


ユノが目を丸くする。


「水色ほど軽くない。緑ほど強くない」

ゼノが言う。

「でも、空気を落ち着かせて、ちゃんとつなぐ色です」


ユノは、しばらく黙っていたが、やがて少しだけ笑った。

「……うれしいです」


これで揃った。


陽黄。

薄藤。

緋橙。

紅紫。

青磁。


ミラベル十二人の色が、そこで初めて埋まった。


舞台の上に並ばせて、ゼノは少しだけ息を止める。


紅。

深緑。

琥珀。

月白。

蒼。

黒金。

薄桃。

そこへ、陽黄、薄藤、緋橙、紅紫、青磁。


強い。


色だけで、もう楽しい。


「うわ……」

ミルファが素直に言った。

「絶対かわいい」


「かわいいですね」

リーシャも頷く。


「色だけで客取れそう」

ベルナが笑う。


「取りますよ」

ゼノは答えた。

「取るために決めたので」


《視聴者数:2,314,226》


〈コメント:新色きたあああ〉

〈コメント:陽黄、薄藤、緋橙、紅紫、青磁、全部いい!〉

〈コメント:12色並ぶの想像するだけで強い〉

〈コメント:ミラベル完成度上がってく感じたまらん〉


《エモーシア:可愛い色ばっかり!》

《ラグゼル:色だけで売りになるな》

《リュケオン:現地でペンライト振りてえ》

《フィクサル:振るな》

《ゼノ:お前ら、だいぶ染まってきたな》

《ノクティア:そっちが賑やかすぎるのよ》


だが、その“そっち”も、ちゃんと動いていた。


 ――


 別の舞台側では、ノクシアが踊っていた。


昨日までと、明らかに違う。


揃わない五人だった。

いや、今も完璧には揃わない。

だが、バラつきが“下手”ではなく、“色”として見え始めている。


リリアンが、前に立つ。


「ジュリア、色気に逃げるな」

「逃げてない」

「逃げてる」

「ひどい」


「カレン、先に身体が走る」

「分かってる」

「分かってるなら止める」


「それが難しいの!」


「レティア、遊ぶのを半拍遅らせる」

「はいはい」


「フィア、静かすぎ」

「……はい」


「エマ」

「何」


「ようやく肩が喧嘩じゃなくなってきた」


エマが露骨に嫌そうな顔をする。

「褒め方が嫌なんだけど」


「でも嬉しいでしょ」


「……ちょっとだけ」


その返しに、ジュリアが吹き出した。


ノクシアは、ちゃんと上達していた。


ジュリアは前に出る場所を覚え始めた。

カレンは速さを制御し始めた。

レティアは遊びを計算へ寄せた。

フィアは静かな熱を見せるようになった。

エマはようやく、肩で殴るのではなく、腰と目で取る感覚を掴み始めている。


「へえ」

ゼノが少し離れた位置で言う。

「かなり変わりましたね」


「当然でしょ」

リリアンが振り返りもせずに言う。

「私が見てるのよ」


その言い方がいちいち腹立たしいのに、ちゃんと事実だから困る。


イグニスは、その練習をずっと壁際で見ていた。


何も言わない。

でも、何も見ていない顔でもない。


ゼノは、その横顔を見て、少しだけ笑った。


「来てますか」

小さく言う。


「うるさい」

イグニスは返す。


「来てますね」


「うるさい」


だが、その否定の仕方が、もう半分答えだった。


リリアンがそこで振り返る。

「イグニス」


「何だ」


「この子たち、もう“動ける”だけじゃ足りない」

リリアンは言った。

「音が要る。しかも、ただ強いだけじゃ駄目。女の意地と、夜の見せ方を分かってる音が」


「分かってる」

イグニスは答える。


「へえ」

リリアンが少しだけ笑う。

「なら、聞かせて」


その一言で、空気が変わった。


ノクシアの五人が止まる。

ミラベル十二人も、そっちへ視線を寄せる。

音楽団も静かになる。


そして、その時だった。


《リュケオン:来る来る来る!》

《ノクティア:やっと私の番ね》

《エモーシア:空気が変わった》

《ラグゼル:夜側だ》

《フィクサル:逃がすな》

《ゼノ:お前ら、朝から晩まで元気だな》

《ノクティア:この瞬間のために見てたのよ》


 誰にも見えない加護が、一気に落ちる。


今度は、かなり派手だった。


イグニスの周りの空気が、見えないまま一段濃くなる。

誰も理由は分からない。

でも、全員が何かを感じて息を止める。


イグニスが、鍵盤の前へ座った。


「一曲目」

低く言う。

「ノクシア」


ジュリアの目が細くなる。

カレンが一歩だけ前へ出る。

レティアが笑うのをやめる。

フィアが静かに息を呑む。

エマは腕を組んだまま、でも視線を逸らさない。


「タイトルは」

イグニスが言う。

「『夜を着て、笑え』」


ゼノの背に、小さくぞくりと何かが走る。


いい。


そして、鍵盤が鳴った。


ミラベルとは、最初の一音で違う。


軽くない。

でも重すぎない。

低く入る。

腰で取る。

視線を逸らした客の首を、横から持っていく音だ。


リリアンが、そこで初めて静かに笑った。

「それよ」


イグニスが歌う。


「綺麗なだけの夜じゃない

 傷のぶんだけ 光ってる

 名前を呼ぶなら 熱で呼んで

 半端な視線は いらないわ


 ねえ こっち見て

 逃げないで

 その目ごと奪ってあげる

 笑ってるのに 甘くない

 そういう女で悪い?


 火花みたいに 散るくせに

 ちゃんと最後は 焼きつける

 踊るたびに 塗り替える

 昨日までの 正解を


 夜を着て 笑え

 もっと深く 刺され

 可愛いだけで終わるなら

 ここに立つ意味なんてない


 息が止まるなら それでいい

 忘れられないなら もっといい

 あたしたち そういう群れ

 目を逸らすなら もう遅い」


歌い終わる。


歌舞殿の空気が、一瞬だけ止まった。


最初に口を開いたのは、ジュリアだった。


「……好き」

低く言う。


「わかる」

レティアが笑う。

「すごい好き」


「これ、踊りたい」

カレンが即答する。


フィアは静かに言った。

「合う」


そして、エマ。


しばらく黙ったあとで、ぽつりと落とす。


「むかつく」

「何が?」

ジュリアが聞く。


「似合いすぎる」


その返しに、場が少しだけ笑った。


リリアンは、ゆっくり頷く。

「ええ。ちゃんと“立たせる”曲ね」


ミラベル側の反応も大きかった。


「うわ、強」

ナディアが言う。


「すごい……全然違う」

リーシャが息を呑む。


「昼じゃないにゃ」

ミュラが言う。

「でも、めちゃくちゃいいにゃ」


ベルナが面白そうに言う。

「いいなぁ。こっちもやっぱり好き」


サニアは笑う。

「負けたくないね」


エレナも静かに頷いた。

「ええ。だから、いいんです」


ゼノは、その場の空気を一度だけ見回した。


十二人の光。

五人の夜。

どっちも、ちゃんと別の刃になり始めている。


《視聴者数:2,361,504》


〈コメント:ノクシアの一曲目きたあああ〉

〈コメント:ダンスの強さあって最高〉

〈コメント:ミラベルもノクシアも両方強いのやばい〉

〈コメント:リリアンの反応良すぎる〉

〈コメント:今日めちゃくちゃ当たり回じゃん〉


《ノクティア:ふふ、ようやく来たわね》

《リュケオン:夜側も強え!》

《エモーシア:どっちも全然違って、どっちもいい!》

《ラグゼル:商品になる》

《フィクサル:ここから仕上げろ。遊ぶな》

《ゼノ:遊んでねえよ》

《ノクティア:でも楽しんでる》

《ゼノ:……かなりな》


そうだ。


かなり楽しい。


色が決まった。

衣装の線も見えた。

ミラベルは三曲で頭を取れる。

ノクシアも、ようやく最初の刃を持った。


だったら、次は仕上げるだけだ。


忙しい。

でも、その忙しさごと前へ出せるなら、たぶん今がいちばん面白い。


――――

次回

 第89話 心臓を叩く女

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