第83話 十二人の光と、五人の夜は、最初の一歩から揃わない
我の強い者同士の集まりは、だいたい最初から上手くはいかない。
ゼノはそれを知っていた。
ホスト時代がそうだ。
自分が一番だと思っている奴らを、一つにまとめるのは難しい。
最初からぴたりと噛み合う方が難しい。
どこかで引っかかる。
誰かがムッとする。
空気が濁る。
それを越えて、やっと形になる。
だから、新しく増えたミラベルの五人と、結成されたばかりのノクシアの五人を前にした時、ゼノはむしろ少し安心した。
あ、ちゃんと面倒くさそうだな、と思ったのだ。
――
翌朝。
歌舞殿の空気は、いつもより明らかに濃かった。
十二人になったミラベルは、まず立ち位置だけで一度揉める。
当たり前だ。
今まで七人で立っていた場所へ、いきなり五人増えるのだから。
前へ出たい者。
端でもいいから立ちたい者。
逆に、目立つ位置へ押し出されると固まる者。
「近いです」
セレスが真顔で言った。
「いや、そっちが寄ってきたんでしょ」
ベルナが返す。
「寄っていません」
「寄ってるって」
朝一番から、小さな火花。
ミルファが横で「始まった」と笑っている。
ナディアは腕を組んだまま「だろうな」という顔だ。
エレナは頭の中で全体を見ている。
リィナは喋らずに全員の立ち姿を見ていた。
リーシャは新入りのルミナが半分泣きそうになっているのに気づいて、そっと横に立っている。
ミュラはすでにユノとベルナの間をふわふわ往復していた。
「ルミナ」
ゼノが声をかける。
「は、はい!」
「死にそうな顔してますけど」
「してません……!」
「してます」
イグニスが切った。
ルミナが、う、と小さく詰まる。
でも、そこで逃げないのは偉かった。
一次で喉を裏返し、三次まで残った子だ。
元々、芯だけは強い。
「位置が分からないなら、分からないって言え」
イグニスが言う。
「分かった顔するな。余計に死ぬ」
「……はい」
「あと、お前は隣に強いの置いた方がいい」
そう言って、顎を少し動かす。
「リーシャの横」
リーシャが少し目を丸くしたが、すぐに頷いた。
「お願いします」
ルミナが言う。
「う、うん」
リーシャも少し緊張気味に返した。
それだけで、ルミナの肩が少し下がる。
ノエルはノエルで、後ろへ下がりすぎていた。
「お前、消えるな」
ナディアが言う。
「消えてません」
「消えてる」
ナディアは即答した。
「立った瞬間に“私ここでいいです”って顔してる。良くねえんだよ」
ノエルは少し黙る。
言い返さない。
だが、飲み込むだけでもない顔だ。
「……前に出るの、慣れてないので」
「慣れろ」
ナディアが言う。
「残ったんだから」
きつい言い方だった。
だが間違っていない。
ノエルも、それが分かった顔をしていた。
サニアは逆に前へ出すぎる。
「押さないで」
エレナが言った。
「押してない」
サニアが言い返す。
「押してる」
今度はセレスが言う。
「一人で勝つ動き方をしている」
「勝つつもりだけど?」
いい返しだった。
ミルファが吹き出す。
ベルナが「いいじゃん、こいつ」と笑う。
エレナは笑わなかった。
「ミラベルは、一人で勝つ場所じゃないです」
静かに言う。
「あなたが強いのは分かります。でも、そこを今のまま出すと、周りが死にます」
サニアの目が少し細くなった。
ああ、この二人は今後ちょっとやるな、とゼノは思った。
だが悪くない。
エレナは中心を張る子で、サニアは食いに行く子だ。
ぶつかる。
ぶつかるが、そのくらいの方が多分いい。
そしてベルナは、ミラベルに入ったくせに、妙に色っぽかった。
「お前、朝から何でそんな目してんだ」
ダリオが笑う。
「どんな目」
「男が見たら“あ、俺いけるかも”って勘違いする目」
ベルナが肩を揺らして笑う。
酒場育ちだ。
目の使い方がもうそういう育ちをしている。
「別にいいでしょ」
「ミラベルでは少し抑えろ」
ゼノが言う。
「今のままだと、曲によっては一人だけ夜になる」
「夜、駄目?」
ベルナが聞く。
「駄目じゃないです」
ゼノは答えた。
「でも、昼の花の中で一人だけ夜の香りが強すぎると、客が困る」
ベルナは、それを聞いて少し考えたあと、にやりと笑う。
「分かった。じゃあ半分にする」
「半分にできるんですね」
「できるよ」
その返しに、イグニスが少しだけ面白そうな顔をした。
ユノは、逆に一番柔らかかった。
柔らかいが、拍の取り方が鋭い。
だから他の子の揺れを拾ってしまう。
「ユノ」
リィナが呼ぶ。
「はい」
「あなた、人に合わせすぎます」
ユノが目を瞬く。
「でも、合わせた方がいいんじゃ」
「違います」
リィナは静かに言った。
「あなたは合わせる前に、一本持っていないといけない。でないと、ただ揺れるだけになります」
ユノは真面目な顔で頷いた。
ゼノはそれを見て、ああやっぱりリィナはこういう役をやるんだなと思った。
強く押すわけじゃない。
でも、細く切る。
それで十分に効く。
ミラベル側は、そうやって朝から賑やかだった。
七人の時とは違う。
空気が増えた。
ぶつかる音も増えた。
だが、そのぶつかり方はちゃんと前向きだ。
そして問題は、ノクシアの方だった。
――
ノクシアの五人は、歌舞殿ではなく、まず挨拶の儀の舞台へ入れた。
あっちは広い。
広い舞台にいきなり五人を放ると、見栄えばかり先に立つ。
まずは近いところで、身体と視線を揃える。
ジュリア。
カレン。
フィア。
レティア。
エマ。
並んだだけで、もう空気が違った。
ミラベルが前から光を取りにいくなら、こっちは横から掠め取る感じがある。
客席を明るく包むんじゃない。
目を離した瞬間に持っていく。
だが――
「揃わねえな」
ダリオが一言で言った。
そう。
まるで揃わない。
ジュリアは前へ出すぎる。
エマは人に合わせる気が薄い。
カレンは動ける分だけ、先に身体が走る。
レティアは目線で遊ぶ。
フィアだけが、静かに全体を見ていた。
「これ、最初から揃ったら逆に怖いだろ」
カイルスが笑う。
「笑い事じゃない」
ボルグが低く言う。
「かなりバラバラだ」
「だから面白いんですよ」
ゼノが言う。
「お前はそう言うと思った」
ダリオが肩を回した。
ジュリアが腕を組む。
「で、何やるの?」
少し退屈そうに言った。
「歌うだけじゃないんでしょ」
「踊ります」
ゼノが答える。
エマが露骨に嫌そうな顔をした。
「うわ」
「何ですか、その顔」
「いや、だって歌うのは分かるけど、踊るの?」
「踊るよ」
ジュリアが横で面白そうに言う。
「嫌なの?」
「嫌っていうか……」
エマが言いよどむ。
「やったことないし」
「私も本格的にはないわ」
レティアが言う。
「でも、身体を見せるのは嫌いじゃない」
「言い方」
フィアが初めて口を開いた。
低い声だった。
静かなのに、残る。
「でも合ってる」
カレンが言う。
「歌ってるだけじゃなくて、身体まで含めて見せる方が、この五人は強い」
そこでゼノが頷いた。
「そうです。
ミラベルと同じことはさせません。向こうは光。こっちは夜です」
「偉そうに言うなあ」
ジュリアが笑う。
「実際決めてるんで」
ゼノが言う。
「で、ノクシアは“可愛い”で取りません。刺して取ります。近くで持っていく。だから揃える場所も違います」
イグニスが壁にもたれたまま言った。
「まず歩け」
「は?」
エマが言う。
「歩けって言った」
イグニスは半眼のままだ。
「歌う前に歩き方で半分決まる」
「何それ」
ジュリアが言う。
「事実だ」
イグニスは答える。
「ミラベルは前へ光を出す。お前らは、横と奥へ影を落とす。なら歩き方が違う」
ゼノはその瞬間、少しだけ神経が熱くなるのを感じた。
ああ、今のイグニスはいい。
完全に作る側へ戻っている。
そして、その時だった。
《視聴者数:1,921,447》
〈コメント:ノクシアきたあああ〉
〈コメント:揃わなさすぎて逆に好き〉
〈コメント:歩き方で半分決まる、わかる〉
〈コメント:エマ絶対苦労するw〉
《リュケオン:いいねえ、この失敗しそうな感じ》
《エモーシア:でも、こっちはこっちで癖になるわよ》
《ノクティア:当然よ》
《ゼノ:やっと出たな》
《ノクティア:私の群れだもの》
《ゼノ:誰のだよ》
《ノクティア:少なくとも、お行儀よく笑う花たちよりは、こっちの方が話が早いわ》
《ゼノ:偉そうだな》
《ノクティア:誰に言ってるの?》
ゼノは内心で鼻を鳴らした。
「じゃあ、口出すなら役に立つこと言え」
《ノクティア:最初から揃えようとするな》
《ゼノ:あ?》
《ノクティア:そのバラつきが色なの。消すな。揃えるのは“足”と“視線の切り”だけでいい》
《フィクサル:同意だ》
《ゼノ:お前が同意すんの珍しいな》
《フィクサル:動線の話だ。感性の話じゃない》
《ラグゼル:ジュリアを真ん中固定にするな。流れが死ぬ》
《ゼノ:そこもか》
《エモーシア:エマを端へ置きすぎないで。あの子、噛みつけなくなる》
《ゼノ:……分かった》
ゼノは舞台の前へ一歩出た。
「位置、変えます」
ジュリアが眉を上げる。
「何で?」
「真ん中固定、やめます」
ゼノは言う。
「ジュリアは前へ出るけど、常時センターにしない。カレンは外から切る。フィアは軸。レティアは視線を散らす。エマは――」
エマを見る。
「中に置きます」
「は?」
エマが言う。
「何で」
「お前、端に置くと噛みにいけないので」
「そんな犬みたいに言う?」
「似たようなもんだろ」
イグニスが言った。
エマが本気で嫌そうな顔をした。
だが否定はしなかった。
立ち位置を変える。
ジュリアを少し外す。
フィアを軸に置く。
カレンは流す。
レティアは逆。
エマを食い込みやすい位置へ。
それだけで、空気が少し変わる。
「……あ」
ジュリアが小さく言った。
「分かったか?」
ゼノが聞く。
「さっきより息しやすい」
ジュリアが答える。
フィアも、静かに頷いた。
「こっちの方が、一人ずつ死なない」
「そういうことです」
ゼノが言う。
《ノクティア:やっとね》
《ゼノ:お前、本当に偉そうだな》
《ノクティア:あなたにだけは言われたくないわ》
ダリオが、何も知らない顔で言う。
「お、良くなった」
「雑だな」
カイルスが笑う。
「でも本当だ」
ボルグが低く言う。
「さっきより、見える」
そこで初めて、エマが少しだけ真面目な顔になった。
「……じゃあ」
小さく言う。
「やれば、ちゃんと形になるの?」
その問いに、ゼノは少しだけ笑った。
「最初から綺麗に揃うなら、逆に気持ち悪いでしょう」
言う。
「一回ぐちゃぐちゃになった方が、あとで強いです」
エマはそこで、少し黙ったあと、ぽつりと言う。
「それ、ちょっと分かる」
その返しが出たなら十分だった。
午前は、ミラベルとノクシアを行ったり来たりしながら過ぎた。
ミラベルは、増えた五人をどう光へ混ぜるか。
ノクシアは、バラバラな五人の足と視線をどう切るか。
やっていることは全然違う。
だが、どっちも面白かった。
そして昼前、ゼノは一度だけ全員を止めた。
「休憩」
ゼノが言う。
「助かったー!」
ミルファが床にへたり込む。
「だらしない」
セレスが言うが、自分もかなり息が上がっていた。
ベルナは汗を拭きながら、ノエルを見る。
「あなた、見た目より根性あるね」
「……あなたは、見た目通りです」
「何それ、褒めてる?」
「半分くらい」
ナディアがサニアに水を投げるように渡す。
「飲め。熱い顔してる」
「誰のせいだと思ってんの」
サニアが言う。
「お前が前に出すぎるからだ」
「勝ちたいんだよ」
「勝て」
ナディアは言った。
「でも一人で勝つな」
その言葉に、サニアは返事をしなかった。
でも、飲み込んだ顔はしていた。
別箱では、ノクシアがまだ少し距離を測っている。
ジュリアとレティアは、もうお互いの匂いを嗅いでいる感じだ。
カレンは身体を動かしたくてたまらない。
フィアは静かに見ている。
エマは、どうにか平然とした顔を作ろうとして、少し失敗している。
そこへ、ミュラがふらっと現れた。
「ノクシア、かっこいいにゃ」
ジュリアが笑う。
「そう?」
「うん。ちょっと怖いにゃ」
「褒めてる?」
「褒めてるにゃ」
エマがそこで、小さく息を吐いた。
多分、少しだけ緩んだ。
ゼノはその光景を見ながら、胸の奥で少しだけ熱が動くのを感じた。
悪くない。
いや、かなりいい。
まだ揃わない。
まだ噛み合わない。
でも、噛み合わなさがちゃんと“始まり”の顔をしている。
神の加護も、町も、ダンジョンも、歌も、たぶん全部同じだ。
最初はだいたい、少しみっともない。
でもそのみっともなさを越えたものだけが、ちゃんと残る。
昼の光が、歌舞殿の床へ細く落ちていた。
ゼノは腕を組み、二つの群れを見た。
十二人の光。
五人の夜。
どっちも、まだ完成にはほど遠い。
けれど、もう“ただの寄せ集め”ではなかった。
《視聴者数:1,947,202》
〈コメント:おもしれえええ〉
〈コメント:ミラベルもノクシアも全然違って最高〉
〈コメント:神との会話もいい感じ〉
〈コメント:ノクティア、かなり好き〉
《リュケオン:いいじゃんいいじゃん》
《ノクティア:当然よ》
《フィクサル:浮かれるな。まだ骨だけだ》
《ゼノ:分かってるよ。うるせえな》
でも、うるさいのは嫌いじゃなかった。
それだけ、ちゃんと見られているということだからだ。
――――
次回
第84話 異国の腰つき




