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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第82話 二つの未来へ

 二次審査の朝、ゼノ、イグニス、ダリオ、、リュシエル、ボルグ、カイルスは候補者よりも先に、

仮設の審査場で次の審査内容について、打ち合わせをしていた。


ゼノは紙を見下ろす。


一次通過、四十八名。


多い。

だが、ここから先は数じゃない。

“何を残すか”の話になる。


イグニスは椅子に浅く座ったまま、半眼で前を見ていた。

 

「二次は長く見る」

ぽつりと言う。

「声だけじゃない。何を抱えてここに来たか、そこも見る」


リュシエルが紙を整えながら淡々と補足した。

「経歴、動機、今までの歌の場。必要に応じて質問します。誤魔化してもたぶん分かります」


「怖えな」

カイルスが笑う。


「事実です」

リュシエルは本当に笑わなかった。


ダリオが肩を鳴らす。

「まあ、やるか」


 ――


 二次選考は、挨拶の儀の舞台を使った。


音舞殿の中央より少し近い。

客との距離も近い。

大舞台ほど誤魔化しが利かず、仮設の狭さほど逃げも利かない。


ちょうどいい。


一人ずつ呼ばれる。

名前を言う。

どこから来たのかを言う。

なぜ来たのかを言う。

その上で歌う。


そこで、人間がかなり出る。


王都から来た娘がいた。

薄紫の布を肩に巻き、立ち姿はきれいだった。


「名前」

ゼノが聞く。


「ジュリア」


「どこから」


「王都、西区画」


「何で応募した」


ジュリアは少しだけ笑う。

「紙を見たから」


「その先」


笑みが少しだけ止まる。


「王都は、誰かの形にされる場所だから」

静かに言った。

「それが嫌だった」


その返しで、イグニスの指先が一度止まった。


「歌え」


ジュリアが歌う。


最初は整っている。

整いすぎている、と言った方が近い。

上手い。

でも、王都で慣らされた気配が強い。


だが二番の終わり、少し息が乱れたところで、喉の底のざらつきが出た。


そこだけ、生きていた。


「今の、もう一回」

イグニスが言う。


ジュリアが目を細める。

「どこ」


「分かってるだろ」

イグニスは即答した。

「隠してるところ」


ジュリアは数秒だけ黙った。

その沈黙で、ほぼ答えは出ている。


「……出したら?」


「出せ」


もう一度歌わせる。


今度は前より少し荒い。

でも、その分、身体が入った。

綺麗に見せるための歌じゃない。

ちゃんと掴む歌だ。


ダリオが口元を歪める。

「やっと出たな」


「残す」

イグニスが言った。


ジュリアは、そこで初めて少しだけ本気で笑った。


そういうのがいた。


逆に、経歴だけは立派なのもいた。


王都劇場所属見習い。

地方舞台経験あり。

酒場の夜席、常連持ち。


肩書きだけ聞けば強そうだ。

でも、歌うと妙に何も残らない。


ダリオが途中で聞いた。


「お前、誰の前で歌ってきた」


「たくさんのお客様の前で」

女が答える。


「違う」

ダリオが言った。

「誰に見てもらう歌を覚えてきた」


女が黙る。


「客じゃないな」

カイルスがぼそっと言う。

「男だ」


女はそこで嫌そうな顔をしたが、否定はしなかった。


「落とす?」

ゼノが聞く。


「落とせ」

イグニスが言った。

「歌がもう、人に向いてない」


切った。


また別の娘は、経歴を聞かれた瞬間に泣きそうになった。


「名前」

ゼノが聞く。


「ノエル、です」


「どこから」


「北の村……です」


「何で来た」


ノエルはそこでしばらく口を閉じた。

もう駄目かと思った時、小さく言った。


「家にいると、たぶんこの先ずっと、嫁に行くか畑やるかしかないから」


飾っていない。

だから逆に強かった。


歌わせる。


目立たない。

顔も薄い。

並ぶと埋もれる。

でも、声を置く場所が上手い。


前へ出すのではなく、じわじわ舞台の中央へ輪を作る。

地味なくせに、耳が勝手にそっちを向く。


「残す」

イグニスが言う。


「早いですね」

ゼノが横目で言う。


「いいからだ」


その返しに、ノエルはきょとんとしていた。

褒められ慣れていない顔だった。


そして、もう一人。


名前を聞かれた時点で、やたら強かった女がいる。


「サニア」

顎を少し上げて言う。


「どこから」


「南の町」


「何で来た」


「歌いたいから」


「雑ですね」


「じゃあ勝ちたいから」

サニアが言う。


その返しに、カイルスが吹き出した。


「お前、いいな」


「歌え」

イグニスが言う。


歌う。


真っ直ぐだ。

変に飾らない。

でも、煽る勘がある。

客に“乗れ”と命令する手前の音が出る。


「山育ちだな」

ダリオが言う。


「分かる?」

サニアが少し笑う。


「分かる。で、お前はそのままでいい」

ダリオが言った。

「王都で削られる前に拾えて良かったな」


サニアは、その言葉にだけほんの少し真面目な顔になった。


二次は、そうやってかなり人間の輪郭が出た。


色気で押してくる者。

それを自覚している者。

自覚なしに人を引く者。

酒場でしか育たなかった声。

王都で削られた声。

何も知らないくせに、舞台に立つと妙に映る者。


 エマも二次を受けた。


「名前」

ゼノが聞く。


「知ってるでしょ」


「手順です」


「エマ」


「どこから」


少しだけ止まる。


「王都の裏」


「何で来た」


「……拾われたから」


そこだけで、後ろの何人かが少しざわついた。

ゼノは無視する。


「歌え」


エマは、前よりよかった。

腹が座っている。

喉の掠れも、そのまま武器にしている。

ただ、まだ一人で立つ気の歌だ。

誰かと組む気配が薄い。


ゼノはそこを見た。

イグニスも多分見た。


「残す」

イグニスが言う。


当然の顔だった。

エマも当然だという顔をしていた。

腹立つが、似合っている。


二次が終わった時、残ったのは二十三名だった。


九十七から四十八。

そこから二十三。


かなり削った。

かなり削ったのに、まだ濃い。


「思ったより残ったな」

ボルグが言う。


「濃いですからね」

ゼノが紙を見る。

「でも、ここからはもう“うまい”だけじゃ残せない」


「舞台だな」

ダリオが言う。


「舞台です」

ゼノが答えた。


《視聴者数:1,781,093》


〈コメント:二次おもしれえええ〉

〈コメント:サニア好きすぎる〉

〈コメント:ジュリアもエマもつええ〉

〈コメント:ここから舞台審査か……!〉


《リュケオン:いいねえ、ようやく本番だ》

《エモーシア:ここで泣く子、結構いるわよ》

《フィクサル:甘くするな》

《ゼノ:分かってるって》


 ――


 三次選考は、音舞殿の舞台でやった。


ここで初めて、本当の意味で人前に立たせる。

客はいない。

だが、空の舞台というのは、下手な客より残酷だ。


何も返ってこない。

そのくせ、全部見返してくる。


二十三人が順番に立つ。


緊張で足が震える子。

逆に、舞台に上がった瞬間に生き返る子。

普段は綺麗でも、広い場所に立つと薄くなる子。

身体の線は綺麗なのに、声が置いていかれる子。

胸元も脚も目を引くのに、結局歌が残らない子。


見た目で得してきたんだろうな、という子もいたが、そういうのはここで意外と落ちる。


舞台は、誤魔化しが効かない。


逆に、普段は地味でも、立った瞬間に空気を取る子がいる。

ゼノはそれを見るのが好きだった。


九番目の女は、かなり綺麗だった。

身体つきも、仕草も、目線の流し方も上手い。

サビ前でわざと髪を払ったのも、多分計算だ。


ミルファあたりが見たら「ずるい!」と騒ぎそうな感じだ。


だが、歌い終わってからゼノが言ったのは一言だけだった。


「惜しいですね」


「何が?」

女が聞く。


「そこまで分かってるのに、歌に使えてないです」


女の目が少しだけ止まる。


「身体の見せ方は上手いです」

ゼノは続ける。

「でも、それで客の目を取った後、声で刺せてない。今はまだ“綺麗なお姉さん”で止まってる」


ダリオが横で吹き出しかけた。

「言うなあ」


「審査なので」

ゼノは答える。


その女は、三秒だけ黙ってから言った。


「……嫌い」


「ありがとうございます」


落とした。


逆に、十三番目の娘は、見た目では全然目立たなかった。

薄い。

地味。

並ぶと埋もれる。


だが、歌い始めた瞬間に空気が変わった。


声が前へ出る。

しかも、無理に張らない。

舞台の真ん中に自分の輪を作れる。


「残す」

イグニスが短く言う。


「早いですね」

ゼノが言う。


「いいからだ」


その“いいから”の一言に、何人かが少しざわついた。

音舞殿の舞台は、そういうのも全部残す。


レティアは三次で一気に化けた。


一次、二次の時点でも悪くなかった。

だが三次では、立った瞬間に空気の温度を少し上げた。


派手すぎない。

露骨でもない。

でも、こいつ見られることを知ってるな、と思わせる気配がある。


脚を出したわけじゃない。

胸元も閉じている。

なのに、なぜか身体の線が見えるような立ち方をする。


「……うまいな」

カイルスが言った。


「何がです?」

レティアが余裕の顔で返す。


「全部だよ」

ダリオが笑った。


歌も残る。

それが厄介だった。


「残す」

ゼノが言う。


ジュリアはもう言うまでもなかった。

三次で完全に腹を決めた。


前半は削られた王都の顔。

後半は、削られきらなかった本人の顔。

その切り替わりが、妙にえろかった。


身体じゃない。

覚悟の方が、だ。


イグニスがぼそりと言う。

「前に立つな、こいつは」


「ええ」

ゼノが頷く。

「真ん中で笑うより、引っ張る方ですね」


フィアは、逆に熱を隠してくる。


低い。

静か。

でも、サビで一気に燃える。

夜っぽい。

近くで聴かせた時、かなり危ない。


「残す」

ボルグが低く言った。


珍しく、イグニスより先だった。


カレンは脚が長く、立ち方がすでに踊る人間だった。

歌はまだ荒い。

だが、歩かせた時の映え方が強い。


「お前、動いた方がいいな」

ダリオが言う。


「踊れます」

カレンが即答する。


「でしょうね」

ゼノが言った。


残した。


そして、エマ。


最後の方で出した。

流れを見たかったからだ。


エマは舞台の真ん中に立った時、少しだけ周りを見た。

それだけで、まだこいつは“盗る側”だなと分かる。

客席があれば、その顔で奪いに行く。

悪くない。


歌い終わる。


沈黙。


「……残す」

イグニスが言った。


「当たり前でしょ」

エマが返す。


ダリオが吹き出した。

「かわいくねえな」


「別に、そこ求めてないでしょ」


「その通りだ」

ゼノが言う。


最後まで見て、残ったのはエマを入れて十名だった。


長かった。

でも、終わってみると妙に一瞬でもあった。


残った十人は、見た目も声も、全員違った。


王都上がりの艶っぽい声。

田舎のから来た真っ直ぐな声。

酒場育ちの太い声。

まだ削れていない若い芯。

そして、エマみたいに最初から少し傷んでいるのに、その傷ごと残る声。


ゼノは、舞台の下からその十人を見上げた。


悪くない。

かなり良い。


「お疲れさまでした」

ゼノが言う。


誰もすぐには返事をしない。

当然だ。

喜びきれていない。

まだ何が始まるのか分かっていない。


だからゼノは、少しだけ口元を上げて続けた。


「で、ここからが本番です」


その一言で、十人の目が一気に変わった。


いい。

その顔だ。


まだ終わりじゃない。

むしろ、ここからだ。


ゼノは、一人ずつ名を呼んだ。


「ルミナ」

小柄で、緊張するとすぐ喉が裏返るくせに、芯だけは強い。


「ジュリア」

長身。夜の気配を持つ王都育ち。


「サニア」

南の町の祭り上がり。煽りがうまい。


「ノエル」

地味なのに舞台の中央へ輪を作る声。


「ベルナ」

酒場育ち。太い声。素で色がある。


「ユノ」

柔らかい顔で、拍の取り方だけ妙に鋭い。


「カレン」

踊る身体を持っている。


「フィア」

低い。静か。熱を隠している。


「レティア」

見られることを知っている目を持つ。


「エマ」

王都の外れで拾った声。


そして、その十人を前にしてゼノは言った。


「今から、二つに分けます」


場がざわつく。


《視聴者数:1,829,664》


〈コメント:きたあああ〉

〈コメント:ここで分けるの熱い〉

〈コメント:エマどうなる!?〉

〈コメント:二つの未来ってそういうことか!〉


《リュケオン:いい切り方だ》

《エモーシア:泣くわよ》

《フィクサル:迷うな》

《ゼノ:迷ってねえよ》


 ゼノは、舞台袖に呼んでいた、ミラベルを舞台に呼んだ。


「まず、ミラベルへ入れる五人」


音舞殿の空気が、また一段張る。


「ルミナ」

ルミナが息を止めた。


「ノエル」

白い顔の娘が、静かに目を上げる。


「サニア」

勝ち気な娘が、唇を引き結ぶ。


「ベルナ」

酒場育ちの女が、わずかに肩を揺らす。


「ユノ」


最後の一人が、自分の胸元へ手を当てた。


「以上、五人」

ゼノが言う。

「この五人を、ミラベルに入れます」


 ミラベル側がざわつく。

残った十人側もざわつく。


ミルファが最初に叫んだ。

「ほんとに増えるんだ!?」


「言ってたでしょう」

ゼノが答える。


エレナが前へ一歩出た。

新しく入る五人を見る。


「歓迎します」

真っ直ぐに言う。

「でも、甘くはしません」


ルミナがほぼ泣きそうな顔をした。

サニアは逆に、負けるかよという目になる。

ノエルは静かに頷く。

ベルナはにやっと笑う。

ユノはまだ夢みたいな顔だ。


「この五人は、前へ出した時に明るい」

ゼノが言う。

「客へ手を伸ばせる。広い舞台でも死ににくい。ミラベルの今の光を薄めずに増やせる」


イグニスが短く補足した。


「抜けもいい。明るい曲で立つ」


ミラベルは、十二人になった。


 そして、残った五人の方へゼノが視線を移す。


「ジュリア、カレン、フィア、レティア」

 言ってから、少しだけ間を置く。

「それと、エマ」


エマが目を見開いた。


「は?」


「お前もだ」

ゼノは言う。


「聞いてない」


「今言ってる」


「そういうことじゃなくて!」


そこでジュリアが笑った。

「いいじゃない。面白そうじゃない」


レティアも口の端を上げる。

「こっちは、にこにこ可愛くはやらない方ね」


「そうです」

ゼノは頷く。

「ミラベルと混ぜると、どっちかが死ぬ。だから分ける」


イグニスが半眼のまま言う。


「こっちは歩かせる。踊らせる。重ねるより、切って使う」


ダリオが口元を歪める。

「踊り組みてえな感じだな」


「分かるんですか?」

ゼノが聞く。


「雰囲気だ」


「適当ですね」


「でも合ってるだろ」


「合ってます」


ゼノはそこで、五人の前に立った。


「新しい名は――ノクシア」


短い名だった。

夜。

鋭さ。

黒。

でも、ただ暗いだけじゃない。

灯りを切り取る夜だ。


ジュリアの目が少しだけ細くなる。

レティアは面白そうに笑った。

カレンはその名を頭の中で転がしている。

フィアは静かに受け取った。

エマだけが、まだ少し追いついていない。


「ノクシア……」

エマが呟く。


「嫌か?」

ゼノが聞く。


「いや」

エマは少し顔をしかめた。

「……似合いすぎて腹立つ」


イグニスがそこで、ほんの少しだけ笑った。


「だろうな」


ミラベル十二人。

ノクシアX五人。


光を広げる群れと、夜を切り取る群れ。


ゼノは、その二つの塊を見た。


悪くない。

どころか、かなり強い。


町も作る。

ダンジョンも掘る。

共鳴鈴も回す。

温泉湖も止めない。


その上で、歌まで二つの未来に割れた。


温泉郷は、もう前の温泉郷には戻らない。


それでいい。


戻るより、広がる方が面白い。


――――

次回

第83話 十二人の光と、五人の夜は、最初の一歩から揃わない

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