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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第76話 悪党の目にも涙

 翌朝の王都は、昨日の拍手なんて最初からなかったみたいな顔をしていた。


石畳はきれいに水を打たれ、通りにはもう荷運びの車輪の音が走っている。

朝の匂いはある。焼きたてのパン、煤、馬、冷えた空気。

でも、この街は夜に何があっても、朝にはちゃんと何もなかった顔へ戻る。


 宿の食堂で軽く朝食を食べ、ゼノはイグニスを見た。

 

「行きますよ」


「知ってる」


イグニスはそれだけ言って立ち上がった。

面倒そうな顔はしているが、行かない気は最初からない。


 宿を出ると、まだ通りの店も開ききっておらず、昼より人が少ない。


隣を歩くイグニスは、眠そうな顔のまま機嫌が悪いわけではなかった。

むしろ、何かを考えている時の顔だ。


「本当に来ると思いますか」

ゼノが聞く。


「来る」

イグニスは即答した。

「来ねえなら、昨日のあの歌い方にならん」


「なんで分かるんですか」


「分かる」

短かった。

「迷ってる奴の声だった。でも、捨ててる声じゃなかった」


ゼノはそれ以上聞かなかった。

イグニスがこういう言い方をする時は、大抵当たる。


待ち合わせ場所は、エマたちのいる建物の前だった。


崩れかけた外壁。

半分死んだみたいな木の扉。

昼ならもっと人の気配が薄くなるが、朝の王都はまだ完全には街が動ききっていない。

だから逆に目立ちにくい。


しばらくして、扉が開いた。


最初に出てきたのはリーダー格の男。

その後ろに、左頬に傷のある女。

二十歳くらいの若い男。

そして最後にエマ。


四人とも、昨日より少しだけ無口だった。


来た、というだけで、もう半分は答えが出ている。


「来ましたね」

ゼノが言う。


「腹減ってるだけかもしれねえだろ」

若い男が言った。


「そうだとしても、来たことには変わりません」


傷のある女が、少し眠たそうな目でゼノたちを見る。

「近くの店って、どこ」


「こっちです」

ゼノは顎で示した。


建物から少し離れたところに、小さな食堂があった。

昨日、場所を見ておいた店だ。


王都にしては飾り気がない。

夜より朝の方が似合う店だった。

木の看板。

薄い湯気。

早い時間だから、客もまだ少ない。


 中へ入る。


店は静かだった。

壁際に二人、朝酒をやっている男がいるだけで、あとはまだ空いている。

この時間なら、歌っても目立ちすぎない。


席につくと、若い男が露骨に辺りを見回した。


「……こういうとこ、入るの久々だ」


「前は入ってたのか」

傷のある女が言う。


「前っていうか、もっとガキの時」

「今もガキだろ」


そのやり取りに、エマは少しだけ口元を動かした。

昨日より、顔が死んでいない。


料理を頼む。


厚めのパン。

焼いた肉。

豆の煮込み。

温かい汁。

それから、少しだけ甘い焼き菓子。


出てくるまでの間、誰もあまり喋らなかった。

でも、それは険悪だからではない。

どう喋ればいいのか、まだ全員が測っている沈黙だった。


 料理が運ばれてくる。


湯気が立つ。

匂いが広がる。

それだけで、空気が少し変わった。


最初に手を出したのは若い男だった。

次がエマ。

傷のある女は少し遅れて、リーダーの男が最後。


誰も食べる前の感謝を言わない。

でも、食べ始めた時の静けさで、腹の減り具合は十分分かった。


しばらくして、若い男が小さく言う。


「……うま」


「昨日の俺たちもそうでした」

ゼノが言う。


「王都の飯って、もっと気取ってるかと思ってた」

「それは偏見ですね」

「王都だから」


リュシエルがいたらそう言いそうだな、とゼノは思った。

今日はここにいるのは自分とイグニスだけだ。


エマは黙って食べていた。

でも、昨日路地で肉包みを抱えていた時みたいな荒さはなかった。


食べ物を前にして、ようやく人間に戻る。

そういう瞬間はある。


《視聴者数:1,308,411》


〈コメント:午前中の店いいな〉

〈コメント:これなら歌わせる流れも自然〉

〈コメント:エマたちが少しずつ人間の顔になってくるの好き〉


《ルヴェリア:まず満たしなさい》

《エモーシア:空腹のままじゃ、痛みしか出ないもの》

《フィクサル:ここからだ》


 ある程度食べ終わったところで、イグニスが口を開いた。


「エマ」


エマが顔を上げる。


「昨日の歌、もう一回」


「……今?」

「今だ」


「何で」


「午前だからだ」

イグニスは言う。

「喉が昨日よりまっすぐだ。今のうちに聞く」


エマは一瞬だけ黙った。


「ここで?」

小さく言う。


「人が少ない」

ゼノが答える。

「今なら歌っても迷惑にはなりません」


店の奥で朝酒を飲んでいた男たちも、こちらにはほとんど興味を向けていない。

店主も、歌を止めるほど野暮ではなさそうだった。


エマはゆっくり息を吸った。


昨日と同じ歌だった。

古い。

流行りではない。

旅の夜に火を囲んで誰かが歌いそうな、そういう歌だ。


でも、今日はさらに良かった。


腹が満ちている。

朝で喉が荒れきっていない。

それでいて、乾きはちゃんと残っている。


若いのに、声だけ少し夜を知りすぎている。

可愛くはない。

けれど残る。

聞き終わったあとに、どこへ置けばいいのか分からなくなる類の声だ。


歌い終わる。


小さな店が、少し静かになった。


 朝酒の男の一人が、ようやくこちらを見た。

店主も、皿を拭く手を止めていた。


「……やっぱり、いいな」

若い男がぽつりと言った。


傷のある女も、今度は否定しなかった。

「歌うと、こんな声になるんだね」


 リーダーの男は、しばらくエマを見たまま黙っていた。

それから、低く言う。


「お前、前から歌いたかったのか」


エマが少しだけ目を伏せる。


「……分かんない」

正直な声だった。

「でも、歌ってる時だけは、盗んでる時のこと忘れられる」


その一言で、場が静かになった。


若い男が視線を落とす。

傷のある女は小さく舌打ちする。

リーダーの男だけが、まるで最初から知っていたみたいな顔をした。


「やっぱり行け」

男が言った。


エマの顔が上がる。


「ここにいたら、そのうちもっと下へ行く」

男は続ける。

「盗みの腕が上がるか、逃げ足が上がるか、それだけだ」


「でも」

傷のある女が言いかける。


「分かってる」

男が切る。

「分かってるけど、それでもだ」


若い男が苛立ったように言う。

「何だよそれ。急に物分かりいい顔しやがって」


「うるせえ」

 

「うるさくねえよ。こっちは置いてかれる側なんだよ」


その言葉に、エマが初めてちゃんと若い男を見る。


昨日までの虚勢じゃない。

怒っている。

でも、その怒りの底が寂しさだと分かる顔だった。


「……ごめん」

エマが言う。


「謝んな」

若い男は吐き捨てる。

「余計むかつく」


傷のある女が、そこでエマの頭を小さく叩いた。


「行くなら、ちゃんとやれ」


「痛っ」


「半端な顔で戻ってくんな」

女は低く言う。

「それだけは腹立つ」


エマが目を瞬く。


「でも」

女は続ける。

「本当に駄目なら、戻ってきな。殴るけど」


そこで、エマの顔が崩れかけた。

でも、泣く手前で止める。


リーダーの男が立ち上がる。


「手切れの金はいらん」


「いいんですか」

ゼノが聞く。


「よくはねえ」

男は言う。

「でも、エマを売るみてえで気分が悪い」


その答えに、ゼノは少しだけ救われた。


全部腐っていたら、こんな顔にはならない。


「じゃあ」

ゼノが言う。

「代わりに、何かあれば一度だけこっちへ飛ばしてください。できる範囲なら返します」


若い男が怪訝そうに顔を上げる。

「何でそこまで」


「拾った縁なんで」

ゼノは答える。

「途中で腐られるのは嫌なので」


傷のある女が鼻で笑う。

「変な優しさだね」


「よく言われます」


結局、決まった。


エマは行く。


その決まり方が、妙に静かだった。

大げさな涙も、綺麗な言葉もない。

でも、それでよかった。


店を出る。


建物の前まで戻ると、さすがに言葉が少なくなった。


荷物らしい荷物はなかった。

エマは小さな袋ひとつだけ持っていた。

古い布と、着替えと、自分にとって大事なものが少しだけ入るくらいの重さだ。


リーダーの男は壁にもたれたまま、短く言う。


「死ぬなよ」


「そっちも」

エマが返す。


傷のある女は最後までぶっきらぼうだった。


「変な男に引っかかるな」


「今さら」

エマが言う。


「今さらだから言ってんの」


若い男は、結局最後までまともにエマを見なかった。

ただ、エマがこっちに向かう時に、低く言う。


「……売れたら奢れよ」


エマが止まる。


「高いのは無理」


「じゃあ肉包みでいい」


そこで初めて、エマがちゃんと笑った。


昨日、路地で見た一瞬じゃない。

もう少し長く、ちゃんと年相応の顔で。


「分かった」


それで終わりだった。


泣き崩れない。

抱き合わない。

でも、あのぶっきらぼうさの方が、この連中には似合っていた。


《視聴者数:1,326,907》


〈コメント:うわあ……いい別れだ〉

〈コメント:肉包みでいい、が刺さる〉

〈コメント:こういう見送りの方が泣ける〉


《エモーシア:いい別れ方ね》

《フィクサル:未練はある。だからいい》

《ルヴェリア:ここから育つわ》


 外へ出る。


王都の午前の光が、思ったより眩しかった。


エマは一度だけ後ろを振り返りそうになった。

でも、しなかった。


しない方がいいと、自分で分かっているのだろう。


「じゃあ」

ゼノが言う。

「ここからは別行動です」


エマが顔を上げる。


「別?」


「俺はレオニス王子にに会いに行きます」

ゼノは言った。

「昨日の件と、追加の件で」

ゼノはエマと出会った事で、次の案を考えていた。

レオニスの考えにも応えれる事になる。


「イグニス」

ゼノは横を向く。

「頼めますか」


イグニスは面倒そうな顔を一ミリも隠さずに頷いた。


「宿へ連れてく」


「雑にしないでくださいよ」

 

「知るか」


 エマが警戒したようにイグニスを見る。

「この人に?」


「嫌なら俺が連れていきますけど」

 

「それも嫌」

 

「じゃあイグニスです」

 

「何でそうなるの」

 

「歌うなら、まずこっちなので」


イグニスが歩き出す。

「来い」


エマは盛大に顔をしかめた。

「最悪」


「知ってる」


それでも、ついて行く。


その背中を見送ってから、ゼノは小さく息を吐いた。


さて、ここからだ。


王都で拾った別の声。

それをどう扱うか。

どう育てるか。

どう守るか。


その話をしに、今から王子のところへ行かなければならない。


 ――


 イグニスはエマを連れて宿へ戻った。


廊下を歩く間、エマはずっと不機嫌な顔だった。


「何であたしがこんなとこ歩いてんの」

「知らん」

「知らんって何」

「歩いてるのはお前だろ」

「うっざ」


そのやり取りを、ちょうど部屋から出てきたミルファが聞いた。


「えっ」


目を丸くする。


「誰!?」

声がでかい。


その一声で、ミラベルの七人がほとんど出てきた。


全員が、イグニスの横にいる見知らぬ女の子を見る。


エマは完全に止まった。


「……何これ」

小さく言う。


「紹介だ」

イグニスが面倒そうに言う。

「エマ。拾った」


「拾った!?」

ミルファの声がまた大きい。


「言い方」

エレナがすぐに止める。

「イグニス、もう少し説明を――」


「声がいい」

イグニスは言う。

「以上」


「以上じゃないにゃ」

ミュラが笑う。


ナディアが腕を組む。

「王都歩いてたら、また何か増やしたのか」


「ゼノだ」

イグニスが即答する。


「だろうね」

セレスが小さく言った。


エマは完全に圧倒されていた。


ミラベルを知ってはいた。

でも、こうして目の前に並ぶとまた別なのだろう。


エレナが一歩前へ出て、やわらかく言う。


「はじめまして。歌姫団ミラベルのエレナです」


エマが目を瞬く。


「え、あ……うん」


「うん、じゃない」

セレスが小さく言う。


「いや、だって……」


リィナがその間に入るように微笑んだ。

「緊張していますか?」


「……してない」

エマは反射で答え、それから自分で「あ」と思った顔になる。


ミュラがすぐ笑う。

「してるにゃ」


「してない!」


「してるにゃ」


ミルファがぐいっと顔を寄せる。

「ほんとに声いいの!? 歌うの!? 何系!?」

 

「近い!」

エマがのけぞる。


リーシャが少し困ったように笑う。

「ミルファ、その聞き方じゃ逃げます……」


イグニスが短く言う。

「逃がすな」


「無茶言わないでください」

エレナが呆れた。


でも、その空気のおかげで、エマの肩からほんの少しだけ力が抜けたのは確かだった。


ミラベルは明るい。

華やかだ。

だからこそ、エマとは全然違う。


でも、違うからこそ、混ざらずに済むのかもしれない。


エレナが改めて言う。


「ゼノさんは?」


「王子のとこ」

イグニスが答える。

「あとで戻る」


「……また何か始める気ですね」

セレスが静かに言った。


「始めるだろうな」

ナディアが肩をすくめる。


イグニスはそれを否定しない。


「部屋、空いてるとこ使わせろ」

そう言って、エマを見る。

「まず喉休ませる。歌うのはそのあとだ」


エマが目を丸くする。

「今から歌わせる気だったの?」


「休ませるって言っただろ」


「怖……」


ミュラが笑った。

「大丈夫にゃ。怖いけど、歌には本気にゃ」


「全然庇ってない」

エマが言うと、今度はナディアまで少しだけ笑った。


 その頃、ゼノはレオニスのもとへ向かっていた。


エマと出会った事で、次の段階へ行く決心がついた。

あとは、それを王子がどう取るかだ。


王都と温泉郷、面白い形で繋がるかもしれない。


――――

次回

 第77話 王都の外れに、次の火を置く

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